第8話 今への別れと過去への旅立ち(2✖✖✖年編)

会合も終わり夜も更けた頃、レスター家の広い家に与えられた一室にいる濃は夜更けであるのもかかわらず眠りにつくことができず、用意されたベッドに腰かけたままじっと深く考えているようだった。

手にはメイソンから渡された紙切れがあり、頭の中は会合の時に聞いた話とメイソンとの別れ際にした話の内容がずっとぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。


「このメモの場所、ここから歩いて三十分ほどですね」


現在地とメモの場所を頭の中に叩き込んだ周辺地図と照らし合わせながら何度となく確認もする。

そして今日の出来事を思い返すのがもう何度目かわからなくなっていた丑三つ時に、濃は勢いよくベッドから立ち上がった。


「気持ちは固まりました」


心の中にずっと抱えていたわだかまりや疑問。

それをずっと抱えたまま生涯を終えることになると思っていた。

しかしそれは今日、突然違う道を選択する機会が訪れた。

枝分かれした道をどう行くか、今の今まで悩み続けていた少女だったが、一つの決断と共に行動を起こすことにした。


「もう、お別れですね」


部屋の中に用意されたベッドや机などの家具に触れながら、奉公に出てきてからずっと世話になっていた部屋を懐かしむ。

荷物の中にある家族の写真を取り出しては、目と心に刻みつけるように凝視して再び荷物に戻す。

そして目を閉じて数度の深呼吸。

それにより心は決まり、腹をくくる。


「行きましょうか」


パッと目を開くと同時にスッとベッドから立ち上がる。

そして部屋の電気を消し、できるだけ物音を立てることなく自室を抜け出した。

普段から広い家に少ない人数しかいないためもともと静かな廊下がいつも以上に静けさを感じる。

その静けさを壊してしまわないようにひっそりと足音を殺して歩く少女。

普段から幾度となく通っている屋内に今日この時に限って別れを惜しむかのような感情が湧き出てくる。

自分の年齢から考えればそう長い時間ではないかもしれないが、ここへ来てからの濃密な時間を思い返せばそれも致し方ないのかもしれない。

しかしそのような感情ではもう少女の決意を止めることはできなかった。

少女はそのまま物音をほとんど立てることなく玄関を出て、豪邸の屋外へと到達した。


「どこへ行く気です?」


「ひぃっ!」


いきなり声をかけられて殺し切れなかった悲鳴に似た驚きの声が少しだけ漏れる。


「り、リズさん」


声をかけてきたのは仲の良い同僚のリズ。

彼女は起き抜けなのだろう。

普段のメイド服とは違い、パジャマ姿で濃の後を追ってきていた。


「電気がいつまでたっても消えなかったから気になっちゃったの」


普段と違う行動が彼女に違和感を与えたらしい。

濃の一人で静かにこの場所を去るという思惑はあっけなく打ち破られてしまった。


「それで、どこへ行く気?」


リズは再び濃に問いただすように質問を投げかける。

その質問に答えないわけにもいかず、少女は同僚の彼女を無言の手招きで呼び寄せ、他の誰にも聞かれないように豪邸から離れた場所で理由の説明を始める。


「ここへ行こうと思っています」


「ここって?」


「新型のタイムマシンがあるそうです」


「ああ、会合の時に話していたあれよね?」


「はい、そうです」


「そんなところに何の用事で?」


リズの質問に正直に答えるか一瞬悩んだが、仲の良い彼女にこの行動まで見られてはこれ以上の隠し事はもう無意味だと思い観念したのか、濃は自らの心の内をリズに打ち明けた。


「タイムマシンを奪い、過去へ行こうと思います」


「・・・は?」


濃の突拍子のない解答にリズはしばらく自分が今聞いた言葉を理解できなかった。

しかし少しの間をおいて、濃の言った言葉を理解した。


「何をバカなことを・・・」


「はい、馬鹿げていると思います

 ですがそうするほかないという考えに至り、決断しました」


「過去に行って・・・何をする気なの?」


「・・・歴史を変えます」


濃の答えにしばし静寂の時間が流れる。


「それが可能だと思っているの?」


「不可能ではないと考えています」


「その根拠は?」


「我が国のもう一面を上手く引き出して生かすことができれば、国際社会に多少なりとも影響を与えることが可能なはずです」


「日本のもう一面?」


「はい、そうです」


濃の言葉にリズは首をかしげる。

それもそのはずだ。

日本という国をイメージするとき、思い浮かぶのは一つの職業ともいえる地位を表す存在が真っ先に来るからだ。


「リズさん、日本と聞いて真っ先に思い浮かぶのは何ですか?」


「えっと・・・『公家』だったかな?」


「その通りです

 ですが日本にはその公家に相対するもう一つの勢力が日本と言う国を支配していた時期があるのです」


「・・・初耳ね」


「無理もありません

 世界史とは欧州の歴史そのものです

 東の果ての二等民族の島国の歴史に興味を持つ人など皆無ですから」


中世時代、日本では一つの大名勢力が天下統一を果たし、朝廷を中心とした公家勢力が誠治の全てを牛耳る結果となった。

これによりその後は異国との外交交渉も国内の統治も全て公家たちが行い、命令に従わぬものは天下を統一した一大大名勢力により滅ぼされていく。

天下統一後の統治とその後の結果を見れば、それが正解であるかどうかと言われれば正解と答える自信はない。

しかし最悪の事態には陥っていないことから失敗とも言い難い。

もし違う歴史があったとするならば、二等民族の地位すら失っていたかもしれない。

だがそれは逆を言えばそういった民族に対する等級制度そのものがない世界の可能性だってありうるのだ。

ならばそれに挑んでみたい。

ただのタイムマシンではなく新型のタイムマシンであれば、歴史の『if』をいくつも見ることが可能な装置であれば、それは不可能ではなくなる。


「私は『公家』とは違う『武家』に可能性を託してみたくなりました」


「・・・その『武家』ってのは『公家』とどう違うの?」


日本の歴史に詳しくないリズには公家と武家の違いが判らない。

濃は少し考えて、彼女が最もわかりやすい解説を考え出す。


「貴族と騎士を完全にわけ隔てて考えてください

 貴族が公家で騎士が武家です」


「へぇ、じゃあ武家が国家運営をするということは軍事政権ということ?」


「えっと・・・当たらずとも遠からず、でしょうか」


「ふーん、なるほどね

 少しわかった気がする」


この場で完全に理解することなど不可能だ。

しかし無知よりかははるかに理解が進んだ瞬間でもあった。


「それで、濃はどういう世界を思い描いているの?」


リズの問いは至極まともでもっともだ。

日本が変わっただけでは世界が変わるわけがない。

しかし日本が発端となって世界が変わるというのであれば、どういう未来を導き出したいのかが重要となる。

その完成予想図があるのかという問いに、少女は今までにない強い眼力を持って答える。


「人種にかかわらず、全ての人が一緒に話して笑って毎日を過ごせる世界」


それは理想でしかない。

しかし全ての物事は理想を描くところから始まる。

そしてその理想に挑戦するチャンスが目の前になるのであれば、それを逃す手はない。


「そう、じゃあ・・・それを応援しようかな」


リズは少しだけ頬を緩ませてそう言った。

その言葉に濃は安堵のため息が漏れる。

ここで彼女に反対されてしまえば、二度と行動を起こすことは無理となるだろう。

その危機を脱した安心感から漏れたため息だった。


「でも、一つだけ、これだけはやらせてもらうね」


「え?」


リズの言葉の意味が分からずキョトンとしている濃。

しかしその次の瞬間、軽快な「パシン!」という音が鳴ったかと思えば、一瞬遅れて少女の左ほほに痛みが走った。


「え、えぇ?」


何が起こったか全くわからなかった濃は目をパチパチさせて状況を理解しようとする。

起こった出来事はリズが濃の頬をひっぱたいた、ただそれだけだ。

しかしなぜひっぱたかれたのかわからない少女は混乱したまま立ち尽くすしかない。


「次、勝手なことをしたらひっぱたくって言ったでしょ?」


「・・・あ」


黒人少年たちに弁当を差し出した時のことだった。

あの時は下手をすれば黒人少年たちの手によって殺されていた可能性も否定できない。

それをリズは叱った。

濃は自らの命以上に他人の苦しみを見て見ぬ振りができない性格だ。

しかし自分の無力さを痛感して何もできないという現実に打ちひしがれ、日々重苦しい負の感情を抱えて生きている。

それを間近で見ていたリズは知っており、タイムマシンを奪って勝手に使うために起こした行動は自らの命の危機を顧みない行動とまったく同じだ。

故に彼女は言った言葉を現実のものとして、少女のことをひっぱたいたのだった。


「少しは私のことを信用してよね

 私は濃のこと、裏切ったりしないから」


「リズさん・・・

 ありがとうございます」


母国から遠く離れた大英帝国。

その国出身ではないリズという信頼できる同僚の存在に濃の胸は熱くなった。


「じゃあ行くわよ」


「・・・え?」


「どうしたの?」


「い、いえ、リズさんも?」


「ああ、私は見送りに行くだけ

 一人で行くより二人で行った方が成功しやすいかもしれないでしょ?」


ニコッと微笑むリズに申し訳なさを感じながらも、頼もしい感覚を同時に感じていた。

濃はリズに対してぺこりと首を垂れる。


「ご迷惑をおかけします」


「気にしなくていいからね

 私がしたくてするだけなんだから」


仲の良い二人らしく、まるでどこかへ遊びに出掛けるかのような雰囲気で二人はレスター家からタイムマシンが保管してある地図の場所へと向かっていく。

レスター家から歩いて三十分ほどの場所へ徒歩で向かった二人。

まるで買い物に出かける友達のように夜道を歩いていたが、突如道路を走っていた車が急ブレーキと共に二人の隣に停車した。


「な、なに?」


「濃、私の後ろに」


運転手が何者かわからない車の突然の停車に足を止めて身構える二人。

警戒する二人の前に車の扉を開けてさっそうと降りてくるのは見覚えのある白人男性だった。


「ラファエロ?」


「ラファエロさん?」


二人して車から降りてきた人物が知人で会ったことに驚きを隠せなかった。


「やぁ、二人とも

 数時間ぶりかな」


深夜だというのに彼の陽気な性格は相変わらずだった。


「こんな時間にどこへ行くんだい?

 女性二人での夜道は危険だ

 僕が車で送り届けようじゃないか」


満面の笑みで車の後部座席の扉を開けて中へ案内しようとするラファエロ。

そんないつも通りの調子の彼に流されそうになる二人だったが、そもそもの疑問が解決していないため容易に彼のペースにはまってはいけないと自分達の心に言い聞かせていた。


「ラファエロ、こんな時間にあなたこそ何をしているの?」


「僕かい?

 僕はただ帰宅するために車を走らせていただけだよ

 今日はイレギュラーの仕事が入っちゃったからね

 後片付けや明日の仕込みがこんな時間までかかっちゃったのさ」


何もおかしなことはないだろうと、いつもの調子で話すラファエロ。

言われてみればそもそも会合は今日の予定ではなかった。

ラファエロが自分の仕事を完遂するうえで急な予定変更の影響を受けてしまい仕事が遅れに遅れ、帰宅がこの時間になってしまったようだ。


「さぁさぁ、乗りなよ」


「え、ですが・・・」


「話は車の中で聞くよ」


ラファエロのいつもの調子に流されるわけではないが、彼の思いの外強引な誘いに押し切られる形で二人は車の後部座席に乗り込んだ。

ラファエロは笑顔で運転席に戻り、濃から行き先を聞いて車を走らせる。

車内では濃とリズの目的をラファエロが聞くという当然の会話が行われた。

会話が進むにつれて二人の行動の理由を聞いたラファエロはいつになく真剣な表情へと変わっていく。


「歴史を変えて世界を変える・・・か

 僕は今までそんなこと考えたことなかったね」


「それが普通でしょう

 誰も生まれ育った世界が常識という認識になります

 それを疑ったり改変したりしようと思わないのが一般的ですから」


「そうだよねぇ

 じゃあそんなことを考える濃は常識にとらわれない人間ってことかな

 ちょっと変わった娘だとは思っていたけどここまでとは予想外だよ」


「えっと・・・それは褒められているのでしょうか?」


「もちろん

 独創性は個性だからね」


「あ、ありがとうございます」


闇の中を走る車の中、静寂の世界とは正反対に思いの外会話が弾んでいた。

しかしそんな会話も目的地へと近づくにつれて少なく小さくなっていく。


「もうすぐ着くけど、どうやってタイムマシンを奪う気だい?

 さすがにそんな重要な物、おいそれと触れられる場所にはおいていないだろう?」


「はい、それなのですが・・・

 はったりと口車と勢いを使いつつも正攻法で行こうかと思っています」


「・・・それは正攻法なのかい?」


「はい

 正面から行けば正攻法に当たると思います」


「うーん、まぁいいか」


ラファエロは完全に納得したわけではないが、濃が腹をくくって博打に出るという覚悟を察してか、それ以上彼は言葉を続けることはなかった。

濃に指示されて到着した場所は伝統的な石造りの外観を残す建造物。

歴史的建造物ということで最近耐久性などの観点から修復作業を行うことが通達されている伝統的なオペラハウスだが、修復作業の準備はされているがまだ作業自体は始まっていない。

修復作業を始める前にタイムマシンの一時的な保管場所として選ばれたのだろう。


「偉い方々に話をしたっていうことは、きっと大勢にお披露目があるんだろうな

 それにはこういった施設の方が都合はいいんだろうね

 昔から立地条件のいい場所なら交通の便も悪くないし、修復作業が行われると言っておけば人払いの意味もある」


手の込んだことをするのはそれだけタイムマシンというものの存在が重要だということの証明に他ならない。

しかしその重要性を会合に集った面々の中では発表したメイソン以外の人間にははっきりとは理解されていなかった。

それが功を奏したかのように、とてつもなく重要なタイムマシンというものが一時的に置かれているにもかかわらず、警備の数はそう多くはなかった。


「人目は避けたいのでしょうか?」


「かもね

 まぁ、何を考えているか知らないけど、警備の数が少ないのはこっちにとってはラッキーだよ」


近くの駐車場に車を停め、三人は車を降りてオペラハウスの正面玄関へと向かう。

眠そうな表情で警備に当たる二人の警備員と目が合うなり、濃はにこやかな表情を見せてゆっくりと三人で二人の警備員のもとに歩み寄る。


「お疲れ様です」


「ああ、ありがとう

 それでいったい何の用事かな?」


警備員は突如現れた濃とリズとラファエロの三人を不審に思う。

時間はまだ明け方には少し早い時間で空は夜のままだ。

そんな時間にやってくる人間は怪しいに決まっている。


「こちらに保管されている物のお披露目が行われるのでそのお手伝いとした準備に参りました」


「ああ、それはご苦労なことだな」


警備員はそう言いながら空を見上げる。

闇夜が広がる空はどう考えても人が訪れるにはおかしい時間帯だと告げているかのようだ。


「こんな時間に、か?」


「こんな時間だからこそ、ですよ

 早く来て完璧な準備をしなければ来賓の方々に対して失礼に当たりますから」


「ん・・・言われてみればそうだな」


警備員は濃の言葉に疑問や不信感は抱くものの、言っていることにおかしなことはないためその疑惑の目も少しずつ薄らいでいく。


「しかしお披露目はもう少し先だと聞いていたが?」


「予定が変わったそうです

 昨夜遅くに関係者を集めての会合が急遽前倒しで行われたのはご存知ですか?」


「いや・・・初めて聞いたが・・・」


「それで予定も前倒しとなりまして、失礼ながらこの時間に来ることになりました」


「そうだったのか

 しかし・・・」


空はまだ暗く時間にしてみれば日の出に二時間前くらいだろう。

そんな時間では本当に予定が早まったのかどうかの確認を行うこともできない。

つまり三人を中に入れるかどうかの判断は警備員に委ねられることとなる。


「メイソン様から指示も受けています

 こちらへ行くように、と」


濃はメイソンからもらった紙切れを警備員に見せる。

紙切れはメイソンからもらった時にあった「招待する」と言う添えられた一言を破りとったものであった。


「むむむ・・・」


タイムマシンの保管場所の地図が書かれている。

それはこの場所を教えたことに間違いはないというれっきとした証拠。

それを出されては、警備員も建物の中へと入ることを拒み続けることができない。


「何とかして確認を・・・」


「だがこの時間では・・・」


最終判断を上司などに求めようとする警備員。

このままここで時間をつぶされてはいずれ連絡が取れる責任者の誰かとの接触が可能な時間になってしまうかもしれない。

濃はこれ以上、時間をかけてはいけないと強行突破に近い強引な手を使うことにした。


「すみません、こちらも準備の予定があってきているのです

 確認等は後でやっていただいてもらえますか?

 中にいますので何かあればすぐに駆け付けていただいて結構ですから」


濃はそういうと二人の警備員の間をするりと抜けて中へと入って行ってしまう。

それを一瞬遅れて止めようとする警備員をリズとラファエロが制止する。


「じゃあ準備作業に入らせていただきますね」


「さぁて、今日も忙しそうだねぇ」


ニコニコしながらリズとラファエロも警備員を半ば押しのけるようにして正面玄関を突破する形で中へと足を踏み入れた。


「ははは、重罪人だな

 死刑は免れないかも・・・」


「そんな半端な覚悟で着いてきたの?」


「いや、覚悟はしていたけどいざそうなるかもってなるとね

 でも君みたいな女性と一緒に死ねるなら天国でも楽しそうだ」


「ラファエロ・・・ふふっ、相変わらずで安心した」


相変わらずの減らず口を聞いてリズも緊張が少しほぐれたような気分だった。

そしてオペラハウスのエントランスを通った三人はそのままホールへと入っていく。

音響を考えて作られた広い空間の中央奥にはステージがあり、そのステージには様々な機械が置かれている。

濃はすぐさまステージの機械の下へと駆けていくが、リズとラファエロはそれとは正反対に出入り口の施錠を急いだ。


「これがタイムマシン?

 こっちの大型の機械は・・・

 あ、こっちの手首に巻き付ける用の様なマジックテープ付きの小さなタブレットが小型化したものかな?」


濃はすぐさま機械に触れながら一秒でも早く理解できる限りを理解しようと、機械の傍らに置かれている資料などにも目を走らせてはタイムマシンの理解を急ぐ。

その頃にはすべての扉を施錠し終えたリズとラファエロ。

二人がさらにホール内の物を使って扉が開けにくくなるように工夫をしてから、ステージにいる濃のところへとやってきた。


「とりあえず出入り口は全て封鎖したけど、人数をかけての強行突破をされたら長くはもたないと思うよ」


「ありがとうございます

 リズさん、ラファエロさん

 タイムマシンのだいたい仕組みもわかりました」


「早いね

 どうやって時間を跳ぶんだい?」


「あ、その専門知識は説明している時間も勉強している時間もないので割愛します」


「あれ?

 そっか、まぁいいや」


「今は機械の構造とシステムだけを頭に入れました

 簡単に言えば変えたい時代をタブレットで設定するだけです

 時間を跳べるのはタイムマシンを装着している一人が基本で、二人以上の場合は微弱な電流が流れるらしいので手をつないだり接触したりしていれば何人でも可能のようですが、その代わりエネルギー消費は増大するようです」


濃はタブレットを着物の下の左手首に装着して身振り手振りを加えながら説明をしていた。


「大きい機械は旧式のようですね

 比較対象として持ってきたようです

 つまり新型の捜査は簡単ですから、どうぞお二人も」


タブレットは濃が今装着している一つだけではなく、まだ他にもいくつか存在する。

つまりタイムマシンを使って過去に行ったとして、他のタイムマシンがここに残っていては追手に追いかけられる可能性が残ってしまう。

もちろん設計図やデータなどは別で控えているだろうが、少しでもタイムマシンを使った人間の安全を確保するならば、ここで旧式もろとも破壊してしまう必要性があるのだ。


「濃は先に行って」


「え?

 ですが・・・」


「後から行くから

 他のタイムマシンは壊さないとね」


リズはそう言いながらもタブレットの装着を拒んでいるように見える。

後から追いかけるならタブレットくらいは装着してほしいものだが、それをしないということはタイムマシンを使うつもりがないということだろう。

そしてそれはラファエロも同じだった。


「だったらなぜ・・・」


「僕たちはどこまで行っても『白人』だからね」


「・・・え?」


ラファエロの言葉に濃は硬直する。


「いつの時代に行くにせよ、白人が作り出した世界に白人が言っても意味がないんだよ

 行ったところで僕たちができることはたかが知れている

 白人は結局白人でしかなく、この結果を知っている以上白人が過去に行っても変えられるのは自分の国を二等民族じゃないようにするくらいさ」


「この世界は白人の技術や文化の進化によって生まれた優位性が原因なはずなの

 けれどそれをぶち壊しにすることはとても難しい

 文化や宗教によって違う考え方を持っていた白人が他の人種を差し置いて近代化してしまう流れはもうだれにも止められない

 その流れの中で無理やり方向転換できるのは白人以外の国の人だけだからね」


リズはそう言って濃の肩を優しく叩く。


「後は任せた」


ニコッと微笑むリズの表情は実に印象的だった。

一切の憂いも後悔もないと言わんばかりの濁りのない笑顔。

その笑顔を見ているとより一層今生の別れと言うものを鮮明に感じ取ってしまい、濃の瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。


「白人の絶対支配に一矢報いてやってくれよ」


ニヤッと笑みを浮かべたラファエロにも後悔や迷いというものが感じられなかった。

濃は無言のままリズとラファエロに縋るように抱き着き、しばらくは無言のまま涙を流し続けた。

それは別れを惜しむ最後の時間。

しかしその最後の時間もそう長く続きはしない。


「おいっ!

 ここを開けろ!」


「くそっ!

 応援を呼べ!」


ホールの出入り口を無理やり開けようと蹴ったり体当たりしたりする音が聞こえる。

これ以上の時間の猶予はないという最後通牒だ。


「リズさん、ラファエロさん・・・」


「バイバイ」


「頑張ってね」


濃は二人から離れて少し距離をとる。

そして左手首に巻き付けたタブレットを操作する。


「お世話に・・・なりました・・・」


濃は最後に涙をこらえながら、深々と頭を下げて最後の挨拶とした。

その次の瞬間、まるでそこには誰もいなかったかのように少女の姿は影も形もなく消えてしまっていた。


「いっちゃった・・・」


濃がいなくなったことに僅かばかりの喪失感を感じていたリズだったが、そんな感傷や余韻に浸っている時間もほとんど残されていない。


「ところでタイムマシンを全部壊すっていうのは賛成だけど、どうやって壊す気?」


素早く心を整理したリズがラファエロに視線を向けた時、ラファエロは悪ガキのような表情を見せて一方向を指さした。


「な、なに?

 あの危険すぎるマークの付いた頑丈そうな入れ物・・・」


「僕は恐らく旧式のエネルギーだと推察するね

 あれならこのオペラハウスごと木端微塵さ」


もういろいろと吹っ切れてしまったのだろう。

ラファエロはこの状況を楽しむかのように大笑いしていた。


「こんな状況でよく笑えるわね」


「人生楽しまなきゃ損、だよ」


「・・・そうね

 じゃあ、最後に大きな花火でも打ち上げてやろっか」


リズとラファエロが互いの顔を見ながら歯を見せて笑う。

そしてその数分後、安定した世界の中心ともいえる大英帝国の首都ロンドンの一角で巨大な爆発が起こった。

多くの物が木端微塵となってしまったがため、どれだけ捜査を行っても全容の解明は困難を極めるほどの大爆発。

犯行に及んだ人間はドイツ人一名、イタリア人一名、日本人一名の三名と言うことだけが確定こそしたが、その死体までは確認することはできなかったため、事件は犯人の特定を持って解決という扱いにされることとなった。




そして奇しくも犯行に及んだ三人の国籍は、異なる歴史を歩んだ先で共に手を携える三国だということを知る者は誰もいなかった。

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