第7話 会合(2✖✖✖年編)

ラファエロを中心に夜の会合の料理を準備する濃。

リズを始めとした他の使用人たちも来客を迎え入れる準備を行う。

慌ただしく忙しく準備をしているといつの間にか時間は経っており、気がつけばもう夕刻を過ぎている。

まもなく主人との会合に参加する来客の到着時刻となり、粗相の無いように隅々まで再度チェックを入れて一息つく。


「お客様のご到着です」


大きく開け放たれた玄関扉から見知らぬ男性が数名、レスター帝のエントランスへと足を踏み入れる。

若くて四十代、上は七十歳くらいだろうか。

みんな高級そうなスーツを身に着け、一流の人間であるということが見た目からでもよくわかる。

その集団を使用人たちは迎え入れるのだが、主人以外の人はほとんど見知らぬ者達ばかりである。

とにかく会合用に用意された部屋へと案内しなければならないと思う中、濃は一人歩み出てお客の中の一人にまず視線を向け一礼、その後来客全員に声をかける。


「いらっしゃいませ

 どうぞ、奥へご案内いたします」


濃を先頭に部屋へと客を案内する。

扉を開けて部屋へと来客を誘導するその最後に、濃がまず真っ先に視線を向けて一礼をした人物が部屋へ足を踏み入れる前に一度足を止めた。

年齢は五十代程度の彫りの深い白人男性と、他の来客とそう大差があるわけでもないのだが、わずかな時間ではなるが濃がその男性を第一にとしたのには理由があった。


「俺のことを知っているのか?」


「いえ、恥ずかしながら無知ですので、失礼ですが存じておりません」


「ではなぜ俺に視線を合わせた?」


「それは・・・」


「遠慮はいらん」


「はい

 勝手ながら、最上位の方とお見受けいたしましたので失礼の無いように、と思いついそうなってしまいました」


言葉にはしないが客を地位で判断した、そしてそれを行動に移してしまったことを謝りつつも、相手を直感で今日集まった人たちの中で最上位の人間だと察知したことを告げる。


「若いがいい眼だ

 ブライアンは良い者を雇用したな」


五十代の白人男性は濃を一瞥するとそう告げ、部屋の中に足を踏み入れて行く。


「メイソン殿、こちらへ」


部屋に入った五十代の白人男性。

彼の名を呼び座席に案内するのは他ならぬこの豪邸の主であるブライアン・レスター。

世界の覇者ともいえる大英帝国でも指折りの地位にいる彼がここまで腰の低い態度をとるとなれば相手は想像を絶する大物なのだろう。

その相手の地位も気にはなったが、濃にはそんなことを考えている暇はない。

次は彼らをもてなす料理を運んでこなければならないのだ。

じっくり考えている暇はないため、濃は一使用人としてこれより仕事に取り組む。


濃はラファエロと共に料理を用意する。

途中から料理はラファエロ一人に任せ、濃はリズ達他の使用人と同じように配膳に役割を変更する。

途中から配膳に役割を変えた濃が料理を手に会合が行われている部屋へと入っていく。

裕洋とした部屋の中央に豪奢なテーブルと椅子、小型のシャンデリアともいえる照明が部屋を明るく照らし、壁に掛けられた装飾品や芸術品を煌びやかに魅せる。

部屋の中では大きなテーブルについている主人と来客の前にある空いた皿を下げて次の料理が配膳されていく。

テーブルには酒の類も用意されているが、真面目で固い話をするためなのか、酒を口にする人は少ない。


「つまり、今まで多くの人間が疑問に思っていた歴史の『if』がわかるということですか?」


濃がテーブルに料理を配膳している時、驚くべき会話が耳に入って来た。


「そうだ

 今まで我々が所有していたタイムマシンだが、それは過去へ行って帰ってくるというだけのものであった

 さらに言えばエネルギーの確保の難題から長時間の滞在も難しく、さらに現代からナビゲートを行わなければ正確に現代に帰ってくることも難しかった

 タイムマシン自体も今までは大型で持って移動するにも足かせとなり、過去の人間に見つかった時のリスク管理も考えれば行動範囲も限られていたが、その問題も小型化に成功したことで解決したといえよう

 未来へ行くことは変わらず不可能ではなるが、従来のように分権の欠落などによる歴史上の事実の不確かさを見て確認して帰ってくるということ以上のことが可能となった」


先ほど濃と言葉を交わした五十代の白人男性、今回の会合で集まったメンバーの中で最高位の地位を持つ男性はさらに言葉を続ける。


「エネルギーはいつの時代でも確保が簡単な太陽光を活用しエネルギー効率を向上させたことで省エネ化にも成功した

 小型化したタイムマシンは手のひらサイズのタブレットになったことで衣服の下に隠して現地人の中に紛れることもできる

 現代からのナビゲートも不要でタブレットを直接操作することで現代への帰還を挟むことなくさらに別の時代へも行ける

 そして今回はさらに新機能を搭載してある」


「新機能とは?」


「現地で時間のマッピングが可能なのだ

 例えばちょうど千年前に行ってそこで時間のマッピングを行ったとしよう

 歴史に残る大きな戦いで敗者側が勝利するように暗躍し、その勝者が変わった世界を見た後にまたマッピングした時間に戻ってくることができる

 つまり『if』を見た後に『if』が起こらない歴史へと戻すことが容易にできるというわけだ

 その間『if』を見た時間の年齢もマッピングした時に戻るようになっている」


「なんと画期的な・・・

 過去の違った歴史を見るときに経過する時間を気にすることなく帰ってくることが可能とは驚いた

 さすがはメイソン殿だ」


会合に集まった一流の人間達も驚く大発明。

しかしそれを作り上げたメイソンと呼ばれた五十代の白人男性はその称賛に照れることも頬を緩ませることもなく、ただただ冷静に周囲の賛辞が止むのを待っていた。

その間にメイソンは一つ、ため息にも似た一息をつくのだが、会合に参加した人間がその一息に気付くことはなかった。


会合はその後つつがなく終わりを迎え、会合に参加した面々はそれぞれが雇用している運転手が高級車で迎えに来て、順番にレスター家の豪邸を後にしていく。

その見送りに忙しい使用人たちの中にも濃の姿があった。


「おい、娘」


見送り作業中の濃は廊下で突如呼び止められた。

声の主は此度の会合の主賓ともいうべき人間、メイソンである。


「はい」


「配膳の時、表情が少し曇っていたな

 何を思っていた?」


「え?」


突然の問いに濃は返答に困って言葉がつまってしまう。

刹那の沈黙の時、濃の脳内にはその時の自身の記憶と思考が一瞬で蘇る。

しかしそれを言葉として発していいものか、頭の中は高速で様々な記憶と感情が入り混じって処理落ちしているかのような状況であった。


「隠すことはない

 だいたいのことはわかっている

 気にせず話してみろ」


話せと言われてすぐに話せるものではない。

しかしこのまま黙っているわけにもいかず、濃は言葉を選びながら自らの考えを言葉にしていく。


「あの・・・歴史の『if』を見られるということは・・・その、『if』を史実にすることも可能となるわけですよね?

 それはあまりにも危険なのではないかと思いまして・・・管理や取り扱いには十分注意が必要なのではないかと・・・」


タイムマシンには歴史を変えるという危惧がどうしてもついて回る。

それにブライアン・レスターを始めとした国家の重要ポストに就くような人達が気付かないはずがない。

気付かないはずがないはずなのに、彼らは一様に今回のタイムマシンの出現を称賛して器具を言葉にする者は誰もいなかった。


「正しい意見だな

 奴らに聞かせてやらなければならん

 馬鹿の相手はいつも疲れる」


メイソンが少女の雇用主であるブライアン・レスターを含む会合出席者に対しての発言に濃の表情は強張る。

他の誰かに聞かれていないかと周囲をキョロキョロと見る少女のそんな変化に気付きつつも、メイソンは自らの発言に何らおかしな点はないというかの如く変わらない様子で言葉を続ける。


「俺の身を気遣ってか?

 それとも主への忠からか?

 そのようなことは不要だ

 俺は何も間違ったことは言っていない

 危機感を持たぬ平和ボケをした者共に正当な評価など値しない」


彼の発する言葉は極めて辛辣。

しかし真実をついている。

人間は人間ではあるが生物であることに変わりはない。

危機感や注意力と言うものを失ってしまっては、自然界の法則で言えば絶滅への道を歩み始めることと同じこととなる。

既に白人至上主義が世界を完全に支配している状態にあるがため、そう簡単に一等民族という地位にいる者達の地位が脅かされることはない。

しかしそれは長く続けば続くほど慢心を生み、足元をすくう存在が現れればあっという間に崩れ落ちてしまう砂上の楼閣化してしまう。

メイソンという人間は圧倒的で絶対的な地位と権力を保持していても、乱れた世の感性や感覚というものを失ってないのだ。


「世は常に移ろい行くものであり、停滞した者に未来などない

 人の世は人が構築するが、構築した世を破壊するのもまた人だ

 あの者共はもはや自らの牙城を崩す存在が現れないことを祈る行為すら忘れてしまっている愚か者に他ならない」


メイソンの言葉は必要以上に厳しいものがある。

しかしそれは彼が完全なリアリストであるがゆえに出てくる言葉である。

今の安定した世の中が未来永劫続くはずはなく、安定した世を安定した世のままにしておくには些細な変化にも順応していく必要があるのだと彼は言っている。


「俺は今からホテルへ戻るが、明日はここにいる

 俺にとって年齢も性別も人種も大した意味は持たない

 今宵話したタイムマシンに興味があれば来てみるがいいだろう

 才あるものへは常に門扉は開かれているべきだからな」


メイソンはそう言いながらポケットから紙切れを取り出して濃へ渡した。

地図と共に「招待する」という一言が添えられており、これが招待状の代わりとなるようだ。


「ありがたく頂戴いたします

 ですがお伺いできるかどうかはまだ・・・」


「構わん、好きにしろ

 平和ボケの肥えた豚共よりは役に立つことを見越しての招待だが、そもそも当人にその気がなければ足手まといでしかない

 俺が目指すものを作り上げるための一翼を担う気があるのであれば、明日ならばいつでも良い」


メイソンはそう言い残すと、濃から視線を外して玄関へと向き直る。

そしてそのまま何も言葉を発することなく、彼はレスター家の豪邸を後にした。

廊下に残された濃は手の中に渡された紙切れを持ったまま、去っていくメイソンの姿が車に消え、車が完全に見えなくなるまでしばらく立ち尽くしているのだった。


「目指すものを作り上げる、ですか

 タイムマシンを作ったのもあの人のようですし、科学者か何かなのでしょうが・・・」


そこに自分が加わって役に立つのか、その疑問は尽きない。

頭は悪くないという自負はあるものの専門的な知識は皆無に近い。

ましてやタイムマシンなどと言う今まで創作物の中でしか接したことの無いものが現実にあると言われ、それを作った当人からの誘いとなれば想像を絶する専門的な知識がなければ存在意義すらないことになる。

しかしあれだけのリアリストである人物が声をかけたということは、それなりの何かを濃に見出したことにも他ならない。


「今は雇われの身ですし、どうしたものでしょうか」


ひとまず紙切れを着物の懐にしまい、濃は他の使用人が行っている会合の後片付けに参加することにする。

しかし頭の中の隅っこには常にたった今起こった出来事が離れることなく残っているのだった。

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