第5話 民族等級制度2(2✖✖✖年編)

リズの運転する車に乗って街道を進んで目的地へと向かう。

世界で車を所有している人種は一等民族、そして二等民族以下の一定以上の階級にあたる一部の人達だけである。

もちろん階級の規制は二等民族が一番緩く、等級が下がれば下がるほど規制は厳しくなる。

それ以外の人は特別な許可がなければ所有するどころか乗ることも許されず、ましてや一部の人は触れることすら許されない。

下等民族にとって車とは成功者の象徴であった。


「車の室温は?」


「あ、ちょうどいいです」


車を運転するリズは車のエアコンを調整したり、窓を開けて空気を入れ替えたりすることを考えていたようだ。

しかしそれは濃の返答により行われることはなかった。


「そう、窓を開けなくていいのは何よりね」


「・・・そうですね」


窓の外は車が走れば走るほど風景が少しずつ変わっていく。

レスター家がある高級住宅街から、古くからの伝統が受け継がれている中流階層の住宅街。

そして本来ならそこからさらに下の貧困層の住宅街があるのだが、これは植民地支配後の大英帝国では徐々に解消されていき、近年では大英帝国内の白人に貧困層はいなくなってしまった。

その代わり狭い地域に下級民族を押し込めたスラム街などができてしまっている。

下級民族に貧困層を肩代わりさせることで、白人達の支配と優位をさらに絶対的なものとしているのである。


「今日は平和ね

 この前は信号待ちの時に見えるところで処分が行われていたから、今日は何もなくて気分がいいわ」


「そう・・・ですね」


処分とは白人達が不要になった下等民族を文字通り殺して廃棄物として処分することである。

濃は大英帝国に来て何度かその光景を見たことがあるのだが、何度見ても慣れることはない。


「私は・・・白人だからかな

 まだ心の傷が浅い気がするわ

 あなたに比べれば、ね」


リズは戦争に負けたという理由だけで二等民族になってはいるが、もともとは欧州内でも大きな力を有したドイツが故郷だ。

そのドイツの力を恐れたが故に大英帝国によって二等民族という地位を政治的に与えられたのであり、民族として劣っているという考えはドイツ人には一切ない。

しかし有色人種である日本人の濃は同じ二等民族と言ってもその地位を与えられた意味合いはまるで異なる。

少し運命が違っていれば、少し生まれる地域が変わっていれば、スラム街に住む人達と同じ生活を送っていた可能性もあるのだ。

それを考えれば考えるほど心は苦しくなるため、少女は下等民族とされている人達が虐げられている状況を直視することも耳にすることもできなかった。


「以前、車で鉢合わせたのは・・・悲惨なものでした」


思い出したくない記憶。

しかし心の中に一人で抱えて閉ざしてしまうにはあまりにも大きな心の傷。

心の負荷を軽減したくなったのか、濃は何も考えることなく無意識に口が動いてしまっていた。


「過酷な肉体労働に駆り出された黒人の方々です

 おそらくはアフリカ方面の出身でしょう

 十人ほどの彼らは街頭に連れてこられるなり、そこで銃殺されました」


濃は決して白人が行う有色人種への殺害行為を「処分」とは呼ばない。

自らも有色人種であることから彼らとに親近感が湧くからなのか、それとも全ての人の命は出自や肩書にかかわらず平等だと考えているからなのか、もしくはその両方なのかはわからない。

だが彼女はその行為を受け入れがたいことと認識しているがゆえに、決して白人達が言う言葉をそのまま使用することはない。


「銃殺された十人ほどの遺体ですが、同じく連れてこられた黒人の方々の手によって片づけをさせられていました

 余った人手を減らすためなのか、それとも業務や仕事に支障が出るレベルで何か問題を起こしたのかはわかりません

 ですが殺すだけ殺して、同じ人種の人達に片づけをさせるというのは・・・」


「うん、もうわかった

 無理して喋らなくてもいい」


喋りたくて喋っていたわけではない。

ただ無意識に胸の中の苦しみを吐き出したくて本能が口を動かした。

しかしそれは胸の中の苦しみを一時的に軽減するも、よみがえった記憶によって再びその苦しみは重みを増す。

結果、濃の胸の内は軽くなったのか重くなったのかわからない。

ただただ車内の空気を悪くしてしまっただけであった。


「すみません

 自分でもどうしていいのかわからなくて・・・」


胸の中の苦しみから自分を解放する方法が見つからない。

思いついた方法ではそれは成し遂げられなかった。

ならばどうすればいいのか、答えの出ない疑問により一層胸が締め付けられる。


「そう深く考えない方がいいかもね

 濃は賢いから、きっとすぐにいい考えが浮かぶよ

 だから気持ちは軽く視野は広く、それで後は時間と状況を見て行けばいいと思う」


リズの言葉に応えは一切含まれてはいない。

ただリズなりの答えを導き出すのに有効そうな考えが語源化されていた。

それは解決とはいかないまでも、協力的な味方がいるという事実を作り出すことで濃の心を僅かばかり気楽にしてくれた。


「ありがとうございます」


「何もいいことは言えてないから礼はいらないよ」


リズは特に恩着せがましいことを言うわけでもなく、自らの言葉に酔うこともなく、ただただ思ったことを口にしただけで大したことはないというかのように、表情を変えることなく前を見て車を運転している。

そのリズを助手席に座る濃は、人種も出身地も年齢も違うただの同僚であるにもかかわらず、なんとなく心が近寄っている姉を見るような眼で彼女を見ているのだった。


リズが走らせる車はそのまま食料品が購入できる店へとやってきた。

一等民族ともなれば注文すれば自宅まで届けてくれるサービスは当たり前のように享受できるのだが、自分で品を選びたいこだわり派の人や宅配の仕事に携わる下等民族が信用できないという人たちの要望でこういった店は成り立っていた。


「ほら、急ぎなら早く買って帰らないとね」


「はい、急ぎましょう」


駐車場に停車された車から降りた濃。

その少女の視界に駐車場の掃除や荷物運びをさせられている下等民族の人達が捉えられる。

肌の色や風貌から東南アジア方面の人達だろうか。

到着した車から降り立った濃にも彼らの視線は集中しており、お互い一瞬だけ時が止まった。

しかし、その時はすぐに動き出す。


「おい、あれ見ろよ」


「あ?

白人じゃないのにどうして車に乗ってんだよ」


「あれだろ

 日本人だろ」


「ああ、白人に媚び売って自分達の保身に走った日本人か」


「白人以外で唯一の二等民族だろ?

 日本人様は良いご身分だな」


濃に聞こえるようにわざと言っているのだろう。

下等民族は上等民族への暴力や暴言などを禁じられている。

その禁を犯した者は当然罰せられ、最悪処分に該当する。

しかしこの状況は仲間内での会話が聞こえただけと言い訳ができる。

それでも上等民族への侮辱となるが、相手が一等民族ではなく二等民族の日本人と言うことを考慮しても最悪の処分には至らない。

彼らにとってこれが最大限の現況への反抗なのだ。


「濃、早く行くよ」


「あ、はい」


彼らの言葉が聞こえていたのか聞こえていなかったのかは定かではない。

だがリズのおかげで止まってしまった濃の時間は動き始めた。

ともに時が止まった彼らは先に恨めしさや憎しみなどの感情により時は動き出していた。

このままリズが声をかけなければどれだけの時間を彼らの言葉による責め苦にさらされていたかわからない。

濃は足早に先を行くリズの後を追いかけて駐車場から店の中へと入っていった。


店内では多少注目は集めるものの駐車場での様な事はなく、リズと濃は滞りなく買い物を済ませて店を後にする。

駐車場には次の仕事に移ったためかもう彼らの姿はなく、車に乗り込んだ後は特に何事もなくレスター家の豪邸への帰路を車で簡単に走破することができた。

レスター家の豪邸へと帰って着た濃はいつも通り手際よく重箱弁当作りに取り掛かるのだが、普段通りの表情の下には一切悟らせないように覆い隠した消えない心の傷があるのであった。

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