第214話38-13.計画変更
「二つ目のアイデアは無しだ。でも、僕はその魔物のことが全く分からない。阻塞気球なんて言葉は初めて聞いた。イメージも湧かないよ」
「上空にいる魔物は気球型で、八匹が一つに連結しているのよ。その上から被せるように笠の形をした装甲が乗っているの」
「傘って、あの雨の日にさすやつ?」
「違うわ。被り傘よ。時代劇とかで頭に被るやつ」
「あー……何となく分かった」
「良かった。魔物の浮力はたぶん気球と同じような方法で得ているんだろうけど、細かいことは分からないわ。ただ、空に浮く分だけ軽くしなければならないから、下にいる触手に比べれば防御力は低いはずよ」
「それでも迫撃砲じゃ倒せなかった。どこならダメージを与えられると思う?」
「真下から撃つのよ。その部分の装甲は無いわ」
「でも、真下には触手がいる」
「それを何とかするのは、私や麻衣の仕事じゃないかしら?」
志光とソレルが作戦を立てていると、クレアが話に乗ってきた。彼女は手招きで麻衣と麗奈を呼ぶ。
「今、ソレルとハニーが魔物退治の手順を考えていた所なの。さっきの迫撃砲の攻撃が不発に終わったのは見ているわね? 一キロ上空にも阻塞気球に似た魔物がいて、空からの攻撃を邪魔しているのよ」
「なるほどね。でも、そこまで離れていたらアタシらも手が出せないよ。湯崎の旦那がお手上げなら、こっちにはカードがない」
「門真さんにしては珍しく弱音を吐くわね。カードなら貴女の目の前にあるじゃないの」
「目の前? そりゃ志光君がいるけど……ああ、そういうことか」
「そういうことよ」
「でも、いつものタングステン棒で一キロ先まで貫通力が維持できるのかい?」
「美作さんからさっき貰った八角棒を使います」
「八角棒?」
志光は持っていた八角棒を麻衣に手渡した。赤毛の女性は、その重さに少し驚いた顔つきになる。
「重いね。美作の奴、こんなものを作ってたのか。これを一キロ上空まで打ち上げるのは……」
「もちろん、できます。ただ、自分で狙いをつけられません」
「それはソレルの仕事だろう? それで、攻撃はいつから始めるつもりなんだい?」
「ここから撃つつもりは無いわ。敵の下に潜り込みたいのよ」
麻衣から指名を受けたソレルが、生まれたての作戦計画を語り出した。
「敵の魔物は迫撃砲の直撃を受けても墜落しないぐらいタフよ。でも、すべての装甲を厚くしていたら、空に浮かべるのは難しいでしょ」
「なるほど。装甲の薄い場所を狙いたいってことだね。それなら、確かに敵の真下は狙い目かもな。でも、そこには触手が鎮座しているってわけだ」
「そういうことよ。手伝ってくれるわね?」
「もちろん。早いとこ片付けないと、アタシの沽券に関わるからな」
計画内容に同意した麻衣は、首を巡らせ麗奈とヘンリエットを呼んだ。
「正妻二人組。こっちに来い。話がある」
「はい!」
ポニーテールとビキニアーマーは、すぐさま赤毛の女性に元に馳せ参じる。
「触手モンスターの上に、別の魔物がいてこっちの攻撃を邪魔してる。ただし、手持ちの武器じゃ、こちらの攻撃は届かない。今から志光君がそいつをスペシャルで狙撃するから、麗奈はアタシと部隊の指揮を、お姫様は旦那の手伝いを頼む」
「私が具体的にすることはなんですか?」
手短な命令を受けた麗奈が、まず上司に反応した。
「本当かどうかまでは分からないが、空にいる敵の弱点は真下だろうということになっている。だが、そこには触手がいる」
「ということは、私たちは触手を攻撃して倒すか、そうでなければ棟梁の囮になるってことですね?」
「そういうことだ。隊員の数は……一〇人いれば十分だろう。あの工場の広さじゃ、それ以上増やしても交通渋滞が起きるだけだ」
「了解しました!」
「隊員の選抜はもう少し後だ。今はここに残れ」
「はい!」
「お姫さまは、楯で志光君の防御を頼む。アタシと互角にやり合える女だ。できるな?」
「触手は詳しいのでお任せ下さい!」
ヘンリエットが胸を張ると、麻衣は笑って頷いた。彼女は続いて残りの女性たちを呼び、志光も加えて円陣を作る。
「正念場だ! 気合いを入れるぞ!」
「はい!」
少年の元気の良い返答を聞いた赤毛の女性は、今度は凄惨な笑みを浮かべて呪文を唱え出す。
「ここで攻め落とせなければ、魔界日本の名前に傷が付く。狙ってるのは誰にもケチのつけようが無い完全勝利だ。捕虜はとらない。全員殺せ。ただ、あのデカブツを倒すのにはアタシたちの呼吸が合わないと難しい。その点、ここにいるアタシたちは、全員同じ男と寝ている。姉妹みたいなもんだ。連携もバッチリだろう。行くぞ!」
「応!」
円陣を組んだ女性たちは、大声で気合いをかけてから輪を解いた。一人だけ発声しなかった志光は、顔を赤らめながら麻衣を咎め立てる。
「麻衣さん! さっきの話、ここで言うことですか?」
「志光君、何を言ってるんだい? ただの事実だろう? お姫様はどうだか知らないけど、キミは残りの全員と関係を持っているはずだが?」
「まあ、それは事実ですけど……」
「じゃあ、良いじゃないか。それに、いざという時に役に立っただろう? さっきの円陣に一人でもキミと寝ていない奴がいると、一味同心というわけにはいかなくなる。セックスは大事なんだよ」
「僕は桃園じゃないですよ」
「むしろキミは牛耳だろう?」
「う、うーん……」
麻衣の反論に志光は絶句した。少年を軽々と論破した赤毛の女性は、酒臭い口を彼の頬に押しつける。
「空の化け物は任せた。アタシたちは触手を何とかする」
唇を離した麻衣は、片手を挙げると麗奈と一緒に親衛隊のいる場所まで歩いて行った。大型無線機を背負ったクレアは、残された少年が片手で頬を擦っている所に声を掛ける。
「ハニー。通訳兼記録係として過書町さんを呼んでも良いかしら?」
「過書町さんを? 誰の通訳をさせるつもりですか?」
「ホワイトプライドユニオンに生き残りがいたら、殺す前にインタビューをとるのよ。その方がフェイクでは無いことを強調できるでしょう?」
「良いですけど、まだ僕たちは勝ったわけじゃないですよ」
「門真さんの宣言を侮らない方が良いわ。〝九天玄女〟が勝つと断言したら、どんな形であれ勝つのよ」
背の高い白人女性は、そう言うと無線機で過書町茜を呼んだ。二人の会話が途切れたところで、ヘンリエットが少年に近づいてくる。
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