第213話38-12.頭上の敵
ところが、砲弾のほとんどが空中で爆発した。志光が首を傾げていると、無線機からソレルの呻き声が聞こえてくる。
「ベイビー、聞こえてる? あの触手の上に変な魔物がいて、迫撃砲を引っかけて爆発させているわよ」
「それで砲弾が空中で爆発しているように見えるのか」
「そうよ」
「じゃあ、このままだと、ホワイトプライドユニオンはいつまでもこの島に居座るってことにならないか?」
「そうなるし、まだゲーリーが生きているなら、次の触手モンスターを製造する時間もできるはずよ」
「その通りだ」
ソレルの読みを肯定した志光は唸り声をあげた。
この池袋ゲートとつながった島は、千葉から行ける魔界日本の本島に比較すれば、政治的にも経済的にも価値が低い場所だったはずだ。少なくとも自分はそう思っていたし、周囲の幹部たちも同様の主張をしていた。
しかし、魔物の製造を念頭に置いた場合、貧弱な規模でも邪素製造工場があることは大きな意味を持つ。原材料として使われるブラックマテリアルを幾らでも製造できるからだ。
この点で人間と悪魔では籠城の意味がかなり違う。悪魔は邪素があれば餓死しない。そして、魔界では雨という形で邪素が降っており、島の周囲には邪素の海もある。つまり、兵糧攻めが難しい。
この戦争で、ホワイトプライドユニオンの勝ち目は失われているが、まだ負けたわけではない。延々と引き分けを続けるという手段もある。
そんなことをされたら、魔界日本の評判は地に落ちる。魔界において、それは他国との同盟解消や侵略を引き起こす危険がある。
何しろ、ここでは現実世界のような整備された国際的なルールが無い。また、そんなものを作りたがっている悪魔もいない。
辛うじて、アソシエーションがその役割を担っているわけだが、それも何らかの強大な軍事力を背景にしているわけでは無い。
つまり、棟梁にとって魔界で舐められるようになるのは酷く危険だ。
また、戦争が長引けば戦費が嵩(かさ)む。魔界の国々には近代国家のようなきちんとした行政機関が無いので、税収を期待することは難しい。下手をすると、魔界日本の棟梁である、この自分が破産するという状況すら考えられる。
志光が難題に頭を抱えていると、クレアが近づいて彼に大型無線機のヘッドセットを差し出した。
「湯崎さんからよ。ハニーに話があるそうよ」
「ありがとうございます」
背の高い白人女性からヘッドセットを受け取った少年は、それを装着してマイクに語りかける。
「地頭方です。湯崎さんですか?」
「坊主か? 聞こえるか?」
「聞こえます」
「マズいことになったな」
「僕もそう思っていました」
「ソレルの偵察で、敵が阻塞気球のような怪物を使っているのが解った。これじゃ、迫撃砲が下の魔物に届かない」
「ソサイ? 僕が見たのは大きな触手のモンスターだったんですけど」
「そいつの上に、もう一匹いるんだよ」
「え! それがソサイって魔物ですか?」
「ソサイの〝そ〟は阻害のそ。〝さい〟は塞ぐの音読みだ。要するに、幾つもの気球にワイヤーなんかをつけて空に浮かべて連結して、そこに飛行機やらミサイルを引っかけて墜落させる仕組みだ」
「ああ、それの魔物版なんですね?」
「そうだ。状況が飲み込めたか? 敵は一匹じゃない」
「何て事だ。でも、ソレルも二匹の魔物に気づいてなかったですよね?」
「敵はおっぱいの能力に気づいているからな。欺瞞工作をしていたんだろう」
「湯崎さんみたいなスペシャルですか?」
「巨大な魔物を認識できなくするってことか?」
「そうです。もし、そういうスペシャルが使える敵がいるなら、対策を考えないと」
「坊主。冗談はよせ。そんなのが相手にいたら、俺たちはとっくに全滅してる。俺のスペシャルだって、相手に俺という存在を〝認識できなくさせる〟だけだ。つまり、俺以外の存在を〝認識させなくなる〟わけじゃない。解るな?」
「はい」
「今回はおっぱいの落ち度だ。あいつもかなり焦ってる。坊主に合流するつもりらしいぞ」
「ソレルが?」
「阻塞気球を排除しなければ、こっちの攻撃はどうにもならない。それをどうにかするのは、麻衣や麗奈の仕事だ」
「ホワイトプライドユニオンの本拠地を攻撃した時の武器が残ってないんですか? あれなら貫通力があるはずですけど」
「ピアサバードの事か? あれは馬鹿みたいに金がかかる。美作に問い合わせないと正確なことは分からないが、もう残っていないはずだ。それに、敵が一度攻撃された武器の対策を練っていないとも思えんな」
「なるほど」
「とにかく、こっちからじゃ指示の出しようが無い。そっちで作戦を立てて、こっちに伝えてくれ。頼んだぞ」
「分かりました!」
志光はそう言って無線を切ったものの、対応策を思いつくわけでもなく途方に暮れた。
これまで魔界日本側の攻撃が上手くいっていたのは、ソレルという偵察役が機能していたからだ。だが、敵もこちらの事情を察していたようで、入念な欺瞞工作をしてくるようになった。
このままでは、ソレルの偵察した情報に沿って作戦を立てるという方法が成立しなくなる。
志光が煩悶していると、遠くから聞き慣れたバイクの音が聞こえてきた。やがて白いライダースーツを着たソレルが現れ、派手なブレーキングで二輪車を止める。
ヘルメットを外した褐色の肌は、珍しく取り乱した面持ちになっていた。彼女は志光に近づくと、その場で土下座する。
「ベイビー、ごめんなさい。私の不手際よ。こんなミスをするなんて……」
「ソレル。今は責任問題を追及している場合じゃ無いんだ。工場にいる魔物を排除する方法を一緒に考えてくれ」
「……ありがとう。お手当分はきっちり働くわ」
差し伸べられた志光の手を握ったソレルは、決意の眼差しを少年に向けた。彼女の様子を見たクレアが無言で肩をすくめる。
「それで、空に浮かんでいる敵は?」
「高度が八〇〇メートルから一〇〇〇メートルの高さにいて、上から降ってくる攻撃を邪魔しているわね。この高さだと、一一〇ミリ個人携帯対戦車弾が当たらないのよ」
「対戦車ライフルは?」
「届くけど貫通は難しいでしょうね」
「他に使えそうな武器は?」
「ベイビーのスペシャルか、私が飛行機で体当たりするか」
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