第212話38-11.怪物

「見えるわよ。とんでもなく大きな触手モンスターが」

「嘘でしょ? さっきは何も無いって言ってなかったっけ?」

「ベイビー。残念だけど、私にも見えるの。突然現れたのよ」

「ひょっとして、WPUの棟梁が自作したとか?」

「多分。これだけの大きさの資材を持ち込めるはずが無いから、ブラックマテリアルを加工できる3Dプリンターを持ち込んだんでしょうね。原材料なら、邪素製造工場に幾らでもあるわけだから」

「ああ! そういうことか。ありがとう」

「どうするの?」

「僕も偵察に参加して対策を考える。迫撃砲で始末できるなら、みんなを近寄らせない」

「気をつけて。今までとはわけが違うかもしれないわよ」

「ありがとう」


 ソレルに礼を言った志光は無線機のマイクから口を離した。少年はウニカと麗奈に指示をする。


「ウニカ。僕と一緒についてきてくれ。触手モンスターを見に行ってくる。麗奈はその間に部隊の再編成を頼む」

「解りましたが、親衛隊を連れて行った方が良いと思います」


 ポニーテールは心配そうに魔界日本の棟梁と視線を交わした。そこに、ヘンリエットが加わってくる。


「ご主人様! 私も行かせて下さい。触手モンスターと聞いて、黙っているわけには参りません」

「……触手も好きだったっけ?」

「何を言ってるんですか、ご主人様? 絡みついて身体を拘束して、穴という穴に侵入するヌルヌル触手が嫌いな女子なんかいません!」

「女子の概念、狭っ!」

「ひょっとしたら、アニメ版の『うろ○き童子』に出てきた触手よりも大きいかも……」

「解った。連れて行くから、今はアニメの話は止めよう。麗奈の助言にも従う。一緒について来てくれるメンバーを選んでくれ」


 志光が決定を下すと、麗奈は指揮権を麻衣に返してから、何人かの親衛隊員に声を掛けた。彼女たちの大半は、少年と顔見知りだった。


「お待たせしました。行きましょう」


 麗奈のかけ声で、一同は工場に向かって歩き出した。爆撃、砲撃のリスクを避けるため、各人は一定の距離を保っている。


 しかし、敵は何の攻撃もしてこなかった。志光は首を左右に振って警戒しつつ、工場の入口に到着する。


 工場は向かって左側が邪素を溜めて青色と黒色に分離する浄水場のような役割を果たすエリア、右側が分離した青色の邪素をペットボトルに詰める工場と、ブラックマテリアルを保管するエリアに分かれている。


 工場の規模からすると、とんでもなく大きな触手モンスターが入るのは難しそうだ。そうなると、邪素を分離する場所に行った方が良いのだろう。


 浄水場のような場所は、邪素の海から邪素を汲み上げる取水塔、汲み上げた邪素の量を調整する着水井(ちゃくすいせい)、邪素を分解するためにシリカゲルを投入する薬品混和池、そして混和した邪素を黒い成分と青い成分に分離する沈殿池などで構成されていた。


「ソレル。敵の場所は?」


 志光は麗奈が持って来た液晶タブレットで、工場の敷地内を確認しつつ、ソレルに質問する。


「沈殿池のすぐ側にある広場よ。ベイビーの目の前にあるのが分離した邪素を一時的に溜めるプールがある建物で、その裏側になるわ。一〇メートルも離れていないから気をつけて」


「了解」


 褐色の肌に頷いた少年は、建物の裏手に回り込んだ。


 そこは地図によるとちょっとした広場のはずだったが、巨大な何かが居座っていた。


 何かは底の浅い椀をひっくり返したような形状をしており、表面はブラックマテリアルでできた鱗状の装甲で覆われていた。何かと地面の接点には、やはり鱗に覆われた太い触手が何本も見える。


 何かの高さは十数メートルぐらいだろうか? その上部の周辺にも、やや短めの触手が五本ほど生えている。


「何だこりゃあ」


 志光は口を半開きにして触手モンスターの威容を見上げた。大きいとは聞いていたが、ここまで巨大だとは想像もしていなかった。ひょっとすると、ホワイトプライドユニオンは、この化け物を作るために籠城戦をしていたのだろうか?


「これ、ソラシナ・クトルゥをモデルにしてますね!」


 少年のやや後ろから怪物を眺めていたヘンリエットは、興奮した口調でまくし立てた。


「ソラシナ・クトルゥ? クトルゥってあのクトルゥ神話の?」

「はい。シルル紀にいたナマコの仲間で、姿形がクトルゥ神話に出てくる神々を思わせるという理由で命名されたはずです」

「こんなデカい化け物が、シルル紀にいたの?」

「いえ、本物はもっと小さいです。手の平に乗るぐらいだったかも」

「ヘンリエット。君は古生代にも詳しいんだね」

「いいえ。詳しいのは触手です!」

「また、嬉しそうな顔をして……」

「二人とも、こんなところでボケないで下さい! コイツをどうするんですか?」


 志光とヘンリエットが夫婦漫才をしていると、麗奈が二人を一喝した。正気に戻った少年はポニーテールに愚痴を垂れる。


「どうしろと言われても……。麗奈だって、ここまで大物だとは思ってなかっただろう?」

「でも、これだけ図体が大きければ、目を瞑っていても弾は当たりそうですね」

「解った。一旦退却して湯崎さんに砲撃を依頼しよう」


 志光が参加者に撤退を促そうとしたところで、モンスターが動き出した。鱗の生えた太い触手が漆黒の空に振り上げられ、続いて一行の真上に振り下ろされる。


 その場にいた志光、ウニカ、ヘンリエット、麗奈と彼女の部下たちは、一足飛びで敵の攻撃を避けた。触手は黒い大地を叩いてひび割れを作る。


「全員逃げろ!」


 志光の命令で、一行は一目散に工場の入口まで駆け戻った。しかし、触手モンスターが追いかけてくる気配は無い。


「あいつ、動けないのか?」


 破壊した工場の門から飛び出した志光は、後ろを振り返って様子を確認した。あの魔物の姿形は見えず、動いている音も聞こえない。


「クレアさん!」


 志光は無線機でクレアを呼び出した。背の高い白人女性からすぐ返事がくる。


「どうしたの?」

「自分の目で怪物を見てきました。確かにでかい。でも、アイツは動けないかもしれない」

「動けない? 移動手段が無いということかしら?」

「ええ。湯崎さんに頼んで、迫撃砲を集中して頂けませんか? 場所は沈殿池のすぐ側にある広場です」

「了解。湯崎さんに連絡するから、ハニーはこっちに戻ってきて」

「お願いします」


 無線を終えた志光は、一同を連れて元来た場所に舞い戻った。そこで少年が背後を振り返ると、迫撃砲の砲撃が開始される。

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