第211話38-10.敵の反撃

 次の瞬間、轟音と共に鉄扉が吹き飛び壁が崩れた。工場の敷地から、奇妙な四つ脚の怪物が複数匹現れる。


 背丈は低く、頭部が逆三角形をした化け物を見た志光の脳裏にアメリカの農場で襲撃された時の記憶が蘇った。間違いない。あの突進が得意な魔物だ。


 運動エネルギーを利用して突っ込んでくるだけの単純な攻撃方法しか無いので遠距離での戦闘には不向きだが、接近戦、それも開けた場所なら話は別だ。


「全員待避! 敵が突っ込んでくるぞ!」


 志光は無線機の発話ボタンを押して、親衛隊員に警告した。だが、少年の注意喚起が終わる直前に魔物が突進を開始する。


 その圧倒的なスピードに、それまで魔界日本が優勢だった戦局が一変した。サイのような魔物は掻楯に突っ込んでは蹴散らし、逃げ惑う親衛隊員を追いかけ回す。


 そこに追い打ちをかけるように、工場へ逃げ込んだはずのWPUの戦闘員たちが戻ってきて対戦車ライフルを撃ち始めた。突進する魔物の頭部は頑丈なので、対戦車ライフルも弾き返す。従って、魔物に誤射をしてしまっても同士討ちにはならない。


 志光たちの所にも、魔物は突進をかけてきた。少年と麻衣、麗奈にクレア、ウニカと要蔵は咄嗟にその場から散る。


 ところがヘンリエットだけは大きく脚を開いてライオットシールドを前面に突き出した。ビキニアーマーを着た少女は、真っ直ぐに走ってきた怪物に対して上半身を回し、後ろ手に持った金砕棒を斜めに振り下ろす。


 怪物の頭部に付いた衝角のような突起物と、金砕棒の先端が当たって火花が散った。金砕棒はやや曲がりつつも突起物を折る。


 とてつもない衝撃で足を止められた魔物に、ヘンリエットは立て続けに金砕棒を叩きつけた。逆三角形だった頭部を見る影も無く変形させられた魔物は、黒い塵となって消える。


「おおっ!」


 幼妻の活躍に志光は目を見張った。しかし、少年の側でまたしても見せ場を奪われた麻衣は、濁った瞳でビキニアーマーを睨みつける。


「……志光君。何を喜んでいるんだ? アタシが先を越されたのは、これで三回目だぞ。ヘンリエットの活躍はアタシたちの手柄にカウントされるのか? それとも女尊男卑国にカウントされるのか?」


 一見して赤毛の女性の泥酔具合を察した志光は、咄嗟にでまかせを口にする。


「もちろん、僕の妻ですから魔界日本の戦果になりますよ。でも、僕は麻衣さんがもっと凄い活躍をするのも知ってます」

「…………だよな。どうすれば、今までの分を帳消しにできるほどインパクト

のある活躍ができると思う?」


 麻衣の質問に、志光は対戦車ライフルを撃っている敵兵を指差して解答する。


「あれはどうですか? こっちの混乱に乗じている敵兵を叩けば目立つと思うんですが」


 赤毛の女性は少年の示した方向に首を曲げ、酩酊した顔で頷いてみせる。


「なるほど。三度目の正直だ。行ってくる」


 麻衣は両手に意識を集中させ、青白く輝かせると大股で歩き出した。赤毛の女性を発見した敵兵が頭部に狙いをつけて対戦車ライフルの引き金を引くが、彼女は拳一個分だけ頭の位置を変えることで弾丸を躱す。


 続いて麻衣はファイティングポーズをとり、一回のステップインで悪魔から見ても常識を越える距離を軽々と移動すると、ライフルを構えた敵の顔面に左手を伸ばす。


 前方への飛び込みと、腕の力が合わさった運動エネルギーを受けた敵兵の背骨は折れ、上半身が後方へ直角に曲がって絶命した。麻衣は続いて最初に殺した悪魔の隣にいた敵兵の顔面に右のロングフックを放つ。


 側頭部に拳を叩きつけられた悪魔の体液の一部が、瞬時にアルコールに変化した。敵が急性アルコール中毒で黒い塵に変わると、麻衣は遠くまで届く声で雄叫びを上げる。


 今度はホワイトプライドユニオン側がパニックになる番だった。麻衣が接近戦を仕掛けてくるため、突進する魔物を呼び戻すこともできなければ、射撃する間も与えられない。


「仕伏。これは撮影しなくて良いわよ。私が霞むから」


 後方で麻衣の戦いを見ていたヴィクトーリアは、苦虫を噛みつぶしたような面持ちでビデオカメラを構えた仕伏に言い付けた。


「いやいや! これは我が国に帰ったら人気が出る映像ですよ!」


 しかし、偉丈夫は上ずった声音でツインテールの命令を拒否し、赤毛の女性をレンズで追い続ける。


 その間に、アルコールで脱抑制を起こした凶暴な悪魔の無慈悲な殴打に耐えきれなくなった敵兵は、元来た場所に逃げ帰っていった。麻衣は彼らの後を追って工場の敷地に侵入する。


 すると、どういうわけか要蔵も彼女の後を付いていった。取り残された志光と麗奈、クレアは互いに顔を見合わせる。


「どうするの? 門真さんを放っておくわけにはいかないでしょう?」


 口火を切ったのは背の高い白人女性だった。志光は彼女に反論する。


「でも、今の麻衣さんに近づきたいですか? 僕は怖いんですが」

「ハニーは近づかなかったのに殴られたじゃない」

「それなら、クレアさんが行って下さいよ」

「私は嫌よ。本格的な格闘技なんて習ってないし、彼女を止める方法も知らないわ」

「僕も素人に毛が生えたぐらいですよ」

「ヘンリエットさんは? 互角にやり合ったんじゃなかったのかしら?」

「やり合いましたけど、夫の僕が妻に突入を命令するんですか? 棟梁としての威厳が……」

「こういう時に限って、どうして性別役割なんて持ち出すのかしら? それだったら、最初から自分で麻衣を止めに行けば良いでしょう?」


 珍しくクレアと志光が言い争っていると、破壊された工場の門から麻衣と要蔵が駆け戻ってきた。二人とも何故か真っ青な顔になっている。


「???」


 魔界日本の棟梁は言い合いを止めると赤毛の女性の帰りを待った。麻衣は彼の元に戻ってくると、工場に人差し指を向ける。


「変な化け物がいた」

「変な化け物?」

「触手が生えたモンスターみたいなのだ。とんでもなくでかい」

「はあ」


 麻衣の説明に志光は首を捻った。触手が生えたモンスターごときで、この女性が逃げ帰ってくるとは思えない。しかし、現実には彼女だけでなく要蔵まで尻尾を巻いて戻ってきているのだ。


「ソレル。工場の中に何か見える?」


 志光は二人に返事をする代わりに、偵察をしているソレルに問い合わせた。褐色の肌も困惑した口調で少年に返答する。


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