第215話38-14.魔物との戦い

「ご主人様。私はご主人様をお守りすれば良いですか?」

「頼む。後は、さっきの八角棒を返してくれ。あれを使って空の上の化け物を撃ち落とすんだ。できれば予備が欲しいから、ヴィクトーリアからも取り返してきて欲しい。代わりの武器は後で渡すと伝えてくれ」

「承知しました! 棒は私が持っていた方が良いですよね?」

「そうしてくれ」


 志光が同意するとヘンリエットは姉に話をするためにその場から離れた。ビキニアーマーが消えて、最後に残ったのは円陣に参加しなかったウニカだった。


「ウニカ。今度も僕のそばにいてくれ」

「…………」


 志光の願いを聞いた自動人形は無言で頷いた。少年も黙って笑うとペットボトルに入った邪素を補給する。


 数分も経たないうちに、邪素工場へと突入する部隊が再編成された。今回は珍しく麻衣も対戦車ライフルを抱えている。


「作戦開始!」


 麗奈が号令をかけると、親衛隊から選抜された女性たちが一斉に散開して走り出した。志光もウニカ、ヘンリエット、ソレル、クレアと並んで彼女たちの後を追う。


 工場の破壊された入口をくぐり、沈殿池のすぐ側にある広場まで移動すると、先ほどと変わらず巨大な触手モンスターの姿があった。


「思っていたより大きいわね」


 やや離れた場所で巨大な魔物を初めて目にしたクレアが感想を述べた。


「ここにずっといるって事は、やっぱり動けないんですよね?」


 志光は再び自分が抱いた疑問を口にする。


「この図体を維持するだけでも、とんでもない量の邪素が必要なはずよ。動けないというより、邪素製造工場から移動しないことを前提に創られていると思った方が良いわ」


 クレアは少年の仮説にお墨付きを与える。


 二人が言葉を交わしている間に、麻衣たちは射撃の準備を整えた。麗奈が手で合図をすると、親衛隊員たちが一斉に対戦車ライフルの引き金を引く。


 工場の敷地内で銃声が轟いた。しかし、強力なはずの二〇ミリ弾は触手の装甲に当たって弾き返される。


 魔物はすぐさま反撃を試みた。複数の触手が一斉に動き出し、魔界日本の兵士たちを叩き潰そうとする。


 工場の敷地は対戦車ライフルの射撃音と、触手が地面に当たる音で満たされた。魔物の攻撃は単調なもので、触手を振り上げて下ろすだけだったが、その速さや重さは悪魔にとって致命打になりかねないものだった。


 一方の悪魔たちは、魔物の攻撃を躱すのに十分な俊敏さを持ち合わせていたが、触手にとどめを刺せるほどの攻撃力は持ち合わせていなかった。触手モンスターの図体が超弩級なのだ。


 それは現実世界で運用されているどの陸上兵器よりも大きく、悪魔たちが持ってきた個人携帯可能な武器類では、表面の鱗を破壊することも難しかった。


 もっとも、悪魔たちは最初から対戦車ライフルで触手モンスターを仕留められるとも思っていなかった。彼らの狙いは魔物の気を惹くことによって、志光が上空に浮いている二体目の魔物を狙撃できる状況を作り出すことにあった。


「ベイビー。そろそろ始めるわよ。今から〝蝿〟を飛ばすわ」


 魔物の攻撃が届かないギリギリの距離で戦闘の様子を見守っていた志光に、ソレルが狙撃準備を告げた。褐色の肌は全身から青白い炎を立ち上らせ、琉球ホタル石に似た光の粒を作りだす。


 志光も邪素を消費すると、八角棒を顔の位置まで上げた。だが、月も星も無い魔界の空を見上げても、空中を浮遊しているはずの魔物の姿は見えない。ただ、青く光る雨が降っているだけだ。


「クレア! 援護して! こっちに何か飛んでくるわ!」


 〝壁の蝿〟で偵察を始めたソレルは、数秒も経たないうちに背の高い白人女性に救援を要請した。


「分かったわ」


 クレアは重い無線機を背負った状態でも、軽々とラハティ対戦車銃を構えて銃口を斜め上に向ける。


 すると、触手の攻撃を避けた親衛隊員の一人が上空から狙撃され、苦しむ間もなく黒い塵と化した。


「何だ?」


 部下を殺された麻衣が眉間に青筋を立てて敵の姿を探す。


 彼女の視線の先には、四つの回転翼の下に人が乗れる台を備えた大型のドローンがあった。ドローンには悪魔とおぼしき何者かが銃を構えて立っており、下方に狙いをつけている。


「全員、触手の届かないところまで下がって対空射撃を!」


 麗奈が悲鳴を上げつつドローンに向かって対戦車ライフルを撃った。しかし、触手の攻撃を避けながら引き金を引くのは難しく、回転翼機は悠々と上空を旋回し始める。


 またしても裏を掻かれたソレルの美しい面が、羞恥と怒りでどす黒く染まった。志光は彼女の肩を叩いて正気に返す。


「ソレル! 怒ってる場合じゃ無い!」

「ベイビー、ごめんなさい。つい取り乱してしまったわね。大丈夫よ」

「まだ狙撃を続けるのかどうかを決めてくれ!」

「敵が乗ったドローンの数は四機よ。こちらが狙いをつけるだけの時間は与えてくれないでしょうね」

「分かった! それなら一発無駄にする。麗奈!」


 志光は大声で真道ディルヴェ的な正妻を呼んだ。ポニーテールはすぐさま夫に反応する。


「何ですか?」

「今から上空の怪物を狙う。援護を頼む」

「そこから当たるんですか?」

「当たらなくてもやるから、援護を頼む!」

「……! 了解です。クレアさんにも手伝って貰って下さい」

「分かった! クレアさん!」

「大丈夫よ、ハニー。委細承知しているわ」


 少年から声を掛けられたクレアは、片目を瞑って同意する。


「あなたの、そういう無鉄砲なところが好きよ。私に任せておいて」

「頼みます」


 援護要請を終えた志光は、ソレルに指示を出した。


「ソレル。空に浮いてる魔物に当たる角度を教えてくれ。適当でいい」

「頭頂部を真上として、正面に二〇度前後よ」

「ありがとう。助かるよ」


 褐色の肌に礼を述べた少年は意識を両手に集中させてから、八角棒をやや斜め上に掲げて深呼吸する。


「シッ!」


 志光が大量の邪素を消費することで加速した八角棒は、ソニック・ブームを起こしながら真っ黒な空に消えた。爆音を耳にしたドローン乗りたちが、一斉に少年の存在に気づく。


 志光はジグザグに走って触手モンスターのいる場所から逃げ出した。ドローンに乗った狙撃手のうちの二人が彼の後を追う。

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