第178話35-4.弾丸使用量

 ここまで運んできた無人の小型ボートは、底部に機雷を呼び寄せる幾つかの仕掛けを持った特注品だった。造らせたのはもちろん湯崎だ。


 ごま塩頭は上陸に適した海岸付近に、ホワイトプライドユニオンが大量の機雷を設置しているだろうと予測していた。そして、彼の予言通り無人のボートは海岸に向かう途中で触雷した。


「この分だと水際地雷も設置してあるはずだ。ボートを放出した一番艦は帰投。二番艦は触雷があったエリアにボートを放出!」


 湯崎の続けざまの命令を、彼の部下が各所に通達していると、スピーカーから大音量で警報が鳴り響く。


「上空に敵接近! 例の特攻野郎です!」

「囮のサーチライトを流せ! 敵機は各員の判断で撃墜しろ! 踏ん張りどころだぞ!」


 見張りと思われる男性の怒声を聞いた湯崎がかっと目を見開いた。魔界迷彩と呼ばれる、黒地に青の蛍光色で不規則なパターンが描かれた軍服を身にまとったごま塩頭は、艦橋の窓に近寄って上空を睨む。


 司も電話を片手に上役に倣った。青く輝く邪素の雨が真っ黒な空から降り注ぐ中を、翼竜を思わせる外見をした黒い魔物が何匹か飛んでくるのがおぼろげながら見える。


 魔界の海と同様に幻想的な光景だ。だが、あの竜がこちらに突っ込んでくれば、爆発を起こして上陸用舟艇が沈むのは、新棟梁就任式の日に起きたテロで証明済みだ。


 魔物が一定の距離まで近づいてくると、上陸用舟艇から一斉に射撃音が響いた。特に艦艇に装備された人力操砲式のガトリングガン、JM61-Mのコピー兵器が奏でる発射音は地鳴りのようで、簡単に聞き分けることが出来る。六本の砲身を電力で強制的に回転させることによって、最高で毎分六〇〇〇発ちかい銃弾を発射できるため、ラハティ対戦車ライフルとは発射速度に雲泥の差があるからだ。


 下から放たれる槍ぶすまのような攻撃に一匹の魔物が引っかかり、空中で派手な爆発を引き起こした。その間にサーチライトを積んだ自律型のFRPボートが上陸用舟艇から流され、上空に向けて目も眩むような光を放ち始める。


 魔物の一匹が、そのボートに向かって上空から突っ込むと爆発した。鼓膜が破れそうなぐらい大きな音と共に、魔界の海に起きた波紋が上陸用舟艇を揺らす。


「あの馬鹿、デコイに引っかかったな! 良い感じだ! 二番艦が放出したボートはどうなってる?」


 満足そうに空を見上げていた湯崎が、司に状況を訊いた。元ガン患者は双眼鏡を両目に当てつつ応答する。


「一番艦が放出したボートが触雷したエリアに到達しました。爆発は……ありません」

「引き続き監視を続けろ」

「了解!」


 司は一心不乱にボートの行方を追った。小型船舶はやがて上陸地点側まで来ると、またしても大きな水柱と共に、上方へと跳ね上げられる。水際地雷に接触したのだ。


 しかし、今度はそれだけでは済まなかった。上陸地点からやや離れた断崖の上から、マズルフラッシュとおぼしき光がパパッと浮かび上がる。恐らく、敵がボートが無人だと気づかずに狙撃しているのだろう。


「二番艦が放出したボートが爆発! それとは別に上陸地点から少し奥の崖からマズルフラッシュらしきものが確認できます」

「無人のボートを撃ってるのか?」

「はい」

「だとするなら、敵さんも悪魔が戦っているんじゃなくて、魔物に戦わせているんだろう」

「ここからでは確認できません」

「上陸地点に敵の姿は?」

「見えません」

「じゃあ、そこは地雷原確定だな。効果的とはいえ、徹底してやがる」


 湯崎は苦笑いしながら、新たな命令を口にした。


「上空からの攻撃が止み次第、二番艦も帰投しろ。三番艦、四番艦は一二〇ミリ迫撃砲準備! 計画通り、上陸地点を砲撃しろ」


 今度は十数分の間を置いて迫撃砲が火を噴き出したが、海岸を監視している司には発射の瞬間は見えない。


 その代わり、上陸地点の海岸や崖に命中した砲弾が爆発を引き起こす様子は確認できた。前装式と言って、砲口から砲弾を挿入するタイプの迫撃砲には、後装式である拳銃や機関銃のような弾倉はない。だから、砲弾を一発一発人力で砲に入れなければならない重労働になるのだが、人間に比べると約一〇倍の腕力がある悪魔にとって、それは造作も無いことだ。


 だから、魔界日本の迫撃砲部隊が攻撃を始めると、狙われた場所には絶え間なく砲弾の雨が降り注ぐことになる。しかし、高波がほとんど無いとはいえ、揺れる船の上で精密射撃など望むべくもない。


 また、速射できるということは、その分だけ砲弾の消費量が多いということだ。一二〇ミリ迫撃砲の砲弾は二〇キロ弱。搭載量が一〇〇トンの船なら理論的には五〇〇〇発まで乗せられる。


 この数は一見すると多そうに思えるが、迫撃砲の扱いに熟練した兵員は最大で一分間に二〇発も砲弾を発射できる。つまり、たとえば一台の迫撃砲で攻撃をするなら約二五〇分で砲弾を撃ちつくすことになる。


 もしも、砲の数が十台なら、二五〇を一〇で割って約二五分。たった三〇分弱ほで、弾切れを起こしてしまうことになる。


 にもかかわらず、湯崎の事前説明によると「この程度の戦闘は子供の遊び」らしい。だとしたら「大人の戦争」とはどの程度の規模なのか? まるで想像がつかない。


 司が着弾に目を奪われていると、湯崎が彼の異変に気づいて肩を叩く。


「おい、阿鉄。どうした? 何か変化があったか?」

「いえ。爆発が激しくて状況を確認できません」

「様子がおかしかったぞ。何かあったのか?」

「いや、これが子供の遊び程度だとはとても思えなかったので……」

「砲撃がか?」

「はい」

「一九一四年から一九一八年まで続いた第一次世界対戦で、フランスが製造した砲弾の数は三億三一〇〇万発という調査がある。ちなみに、小銃や機関銃の弾丸生産数は六〇億発以上だそうだ」

「ろ、六十億?」

「精密射撃が困難な時代の数字だから、現代にそのまま当てはめるのはおかしいかもしれないが、一国だけで一年間に約八三〇〇万発もぶっ放していたと考えると、今の攻撃なんぞおガキ様の遊びみたいなものだろう?」

「確かに」

「ただ、そのお遊びに俺たちや敵の命がかかっている。負ければ俺の立場はない。坊主の立場もだろう。何としても勝つぞ! そのためには、攻撃中の海岸に敵を誘引して、池袋ゲートの守備を手薄にするんだ。いいな?」

「はい!」


 司が気力を取り戻したのを声で察した湯崎は頷いてから元の位置に戻り、状況の確認に意識を集中した。

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