第130話26-2.白人至上主義悪魔の歴史(後編)
フッドが他の白人同様に先住民を殺し、その居住地を奪って我が物にした後で、ベンドの町は少しずつ内陸部の観光地として注目されるようになった。彼は自分の所有地を「自然教室」として運営しつつ、そのツテを利用して仲間の悪魔たちを集め出した。
当時のアメリカでは、作家のジョン・ミューアが始めた自然保護活動が世間に認知されるようになり、一八九〇年にはカリフォルニア州のヨセミテ渓谷が国立公園に制定されるなど、先進的な考え方としてもてはやされるようになっていた。フッドは以前から人間の目をゲートから背けさせる手段として自然保護活動に目をつけており、たくさんの御託を並べて外見を取り繕った。
その裏で、片足の悪魔は自分の所有するゲートを使用できる存在を、元白人種の悪魔だけに限定した。彼の態度は二つの点で仲間たちから不思議がられた。
一つは、そもそも悪魔の大半は白人なので「ホワイトオンリー」の条件が奇妙に見えた、すなわち、わざわざこの点を強調する必要性が感じられなかったというもので、もう一つは人間を止めて悪魔になったのに、人間時代の偏見や差別感情を引っ張るのはおかしい、というものだったがフッドは条件を絶対に撤回しようとしなかった。
しばらくすると、現実世界では黒人差別を廃止しようという政治活動が盛んになった。一九五〇年代になると、それは公民権運動という名前で知られるようになり、アメリカ国内で大きな論争を引き起こした。
フッドの所有するゲートが悪魔たちから注目を集めるようになったのはこの時期からで、悪魔化した白人の人種差別主義者が彼を師として慕い、そのコミュニティに参加するようになった。片足の悪魔は自分のテリトリーを「ホワイトランド」と呼び、メンバーの団結を維持しようとした。
ところが、フッドにも予想し得ない事態が起きた。ユダヤ人差別である。
片足の悪魔にとって重要なのは肌の色であり、ユダヤ人とはユダヤ教の信奉者に過ぎなかった。すなわち、肌の色が白ければユダヤ教の信者でも白人だった。
けれども、人種論を真に受けていた悪魔たちにとって、ユダヤ人とは特定宗教の信奉者では無くれっきとした人種の一種だった。そこで、リーダーだったフッド自体が「ユダヤ人差別を公認しろ」という突き上げを喰らう羽目になった。
フッドは最後まで首を振らなかったが、ユダヤ人差別を黙認した。すると、差別主義者たちは悪魔の既成勢力がタブーだと考えていた行動に出た。それは、現実世界における政治関与だった。
邪素さえ摂取していれば生きられる悪魔たちにとって、人間は自己の栄養素を産出してくれる得がたい存在であると同時に自分達の母体でもある。そこで、悪魔の大半は自らの存在が露見するのを嫌がると同時に、人間が極端に減少するイベント、たとえば戦争や民族浄化を嫌う傾向がある。
けれども、白人至上主義の悪魔たちは黒人をアフリカに送り返せ、人種隔離政策を継続しろという訴えを世間に広めようとした。それは、人口減少を引き起こす可能性が十分にある政策だった。更に人間の十倍の寿命を誇る悪魔たちの間では古い思想が残りやすく、「宗教が人種だった」という珍説が受け入れられる素地は皆無に等しかった。
そこで「ホワイトランド」の住民は、他のコミュニティへの侵入を拒絶されるようになった。フッド本人は以前からの友人・知人関係を維持できていたが、それでも疎遠になりがちな立場に追い込まれた。
孤立した「ホワイトランド」には、自立した活動が求められた。そこでフッドは引退を決め、後任としてゲーリー・スティーブンソンという悪魔を指名した。
ゲーリーは「ホワイトランド」を「ホワイトプライドユニオン」に改名し、人種差別主義的な主張を明らかにすると共に、現実世界の人間とコミットしてその勢力を拡大していった。それまで、自然保護運動関係の団体からのカスリ――何しろ、フッドが設立した自然保護運動団体は、ミューアの次に古くて権威のあるものだった――が主な収入源だったコミュニティに、白人至上主義団体からの献金が加わりだした。
事態は全てゲーリーの思惑通りに動いているように見えた。しかし、勢いに乗った彼が「白人の優位性を証明する」目的のため、魔界日本の領土の一部を占拠してから風向きが変わった。
フッドは古い知人たちから「魔界日本と戦争するのは危険だ」と何度か注意された。「魔界日本の体制は、棟梁がいなくても瓦解しない。非白人のコミュニティの中では最も攻撃的なグループの一つで規模も大きい。報復されるぞ」と脅されもした。
用心深い片足の悪魔は、アソシエーションにいる友人たちに頼んで、魔界日本の動向をチェックしていた。警告は事実だった。
魔界日本の前棟梁はアソシエーションの名物悪魔、クレア・バーンスタインと契約を結んでいた。彼の失踪後に残されたメンバーはクレアのアドバイスに従って新しい棟梁を選んで体勢を立て直すつもりだった。フッドはゲーリーを呼んで事情を説明し、対処するようにと念を押した。
だが、事態は片足の悪魔が想定したよりも急激に悪化した。新棟梁をいただいた魔界日本が反撃に出てきたのだ。それも、ホワイトプライドユニオンの本拠地に乗り込んで、住民を殺害するという手段を採った。
死傷者の数は約二〇名。この土地に住む悪魔の二%近い損害率だ。
住民の動揺は激しく、彼らの尊敬の対象となっているフッドにも沈静化ができない状況だ。このままでは、コミュニティが消滅しかねない。
フッドは古参住民の要望に応える形でゲーリーと会合を持つことにした。片足の悪魔は地元へ戻ってきた新棟梁に、爆撃で吹き飛ばされた家屋、突入してきた決死隊によって破壊された空港などを案内して回った。彼は絶句するスキンヘッドに向かって、噛んで含めるように説諭した。
「ゲーリー。君を新棟梁に指名してから、私は出来るだけ君の方針に口を差し挟まないようにしてきた。だが、今回ばかりはそういうわけにはいかない」
「分かっています」
「ホワイトプライドユニオンの住民は日本人(ジャップ)の攻撃に怯えている。すぐに目に見える対策をして欲しい」
「それは防衛目的でここに〝魔物〟を大量に配備しろ、ということですよね?」
ゲーリーは血の気を失った顔を引きつらせた。フッドにはその表情の意味が嫌と言うほど分かっていた。
この土地を防衛するために、魔物を配備しなければならないというのは、要するに占領地やそのゲートから魔物を引き抜いてくるということだ。その分だけ、他の場所の戦力が落ちる。
それは軍事的な常識では避けるべきとされる戦力分散の典型的事例だ。ゲーリーは軍事の専門家では無いはずだが、それでも自分が何をさせられそうなのかを理解出来るだけの知能はある。
しかし、住民の要求を拒絶すればどうなるか? 手っ取り早く事を済ませたがる悪魔の世界では、それは単なる失脚以上の破滅的な結末、もっと明け透けな言い方をすれば暗殺による死をスキンヘッドにもたらすはずだ。
「ゲーリー。君は賢い。だから、ここに魔物を配置することで、魔界日本への攻撃が疎かになったり、占領した土地の防御力が落ちることを懸念しているのは分かる。分かってはいるが、今、ここの住民からの支持を失うのは、君にとってもっと危険だ。自分を大事にしたまえ。いいね?」
「はい。師匠(マスター)」
ゲーリーはかすれた声で同意した。片足の悪魔は小さく頷いて彼の肩を叩く。
「誰にでも失敗はある。次のチャンスを待とう」
フッドはそう言いながら、腹の中で「多分、次は無いだろう」と呟くのを忘れなかった。
新しく魔界日本の棟梁になった男、シコーは父親以上に攻撃的な性格だ。この地を襲った時の様子を映像作品として悪魔たちにばらまいている。
シコーはそうすることによって、白人至上主義の悪魔はこうやって殺すぞ、という宣言をしているのだ。人間以上に力の優劣を重視する悪魔にとって、あの映像は決定的な効果をもたらしているはずだ。
このまま手をこまねいていても、待っているのは破滅だ。ゲーリーを、そしてこのコミュニティを救わねばならない。
そのためには何をすべきか?
フッドは真っ暗な魔界の大地をゲーリーと共に歩きながら自問自答を繰り返した。
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