第131話27-1.麻薬密売ルートの解明
女尊男卑国から魔界日本への帰路は快適とは言い難かった。使われた航空機は往路と同じレガシー500の改造機だったのだが、ヘンリエットに抱きつかれたことによって背骨を含む複数の骨を折っていた地頭方志光は、ストレッチャーの上で仰向けになって機内へと乗り込む羽目になったからだ。
悲劇があった瞬間から翌々日の昼まで、彼は女尊男卑国の一室で邪素の点滴を受け、損傷した肉体の回復に努めた。その間に、志光の助言者であるクレア・バーンスタインは、女尊男卑国の指導者、〝女王の中の女王〟であるソフィアと契約を取り交わし、彼とヘンリエットの婚約を口約束から国家間の正式なものへと格上げさせた。
ただし、ヘンリエットは志光たちには同行せず、ドムス内に彼女の居住区を新たに造り、これが完成してから改めて女尊男卑国に正式な迎えを寄越すという流れになった。また、彼女の居住区を造る目的で、室内の設計図が仕伏源一郎からクレアに手渡された。
こうして、偉丈夫の操縦で慌ただしく帰国した一行は、怪我で動けない志光を空港から車両でドムスに運び込み、彼の愛人であるアニェス・ソレルに引き渡した。褐色の肌のまめまめしい介護のお陰で、少年は重症を負ってから四日後にはめでたく全快した。
ところが、ソレルは志光から離れようとしなかった。彼女は「まだ一日は、ここでゆっくりしているのよ」と言って聞かず、少年に箸より重いモノを持たせようとしない。
至れり尽くせりの応対に満足した志光だったが、同時に二つの疑問も抱いていた。一つは普段から尽くしてくれるソレルが、それ以上のホスピタリティを発揮していることと、もう一つは彼女に頼んだ調査は継続して行われているのかという点である。
ドムスにある彼女の部屋で、大きな湯船に浸かりながら、少年は疑問を口にした。すると、褐色の肌は信じられないといった面持ちで彼に質問を返した。
「ベイビー。本気で言ってるの?」
「そうだけど、どうして?」
「どうしても何も、ベイビーに怪我をさせたのは誰?」
「ヘンリエットだ。そのことは説明しなかったっけ?」
「もちろん聞いたわよ。彼女と正式な婚約者になったという話もね。つまり、私にはライバルが出来たのよね?」
「ああ……そういうことか。それでサービス過剰に?」
「過剰じゃ無いわよ。本妻が出来ないことをさせるのが愛人なんだから」
ソレルは笑いながら風呂から上がると、身体を拭いてバスタオルを巻いた。続いて彼女は少年が風呂場から出てくるのを待ち構え、新しいバスタオルに彼の身体にまとわりついた水滴を吸わせる。
身体が綺麗になった志光が湯上がりにボトルから邪素を補給していると、その間に退室した褐色の肌が西洋ノコギリを持って戻ってきた。彼女は恭しく、大工道具を少年に捧げてみせる。
「ヘンリエットは、四肢切断だけは嫌だって言ったんでしょう? 私は良いわよ。したくなったら遠慮なく相談して。痛いのも我慢するわ。愛人だもの」
「ソレル。僕を勝手に四肢切断マニアにするのは止めてくれ」
顔を歪めた志光は片手でノコギリを断ると、ソレルに質問を再開した。
「それより、頼んでおいた調査の件はどうなったの? 僕の看病をしてくれたのは感謝しているけど……」
「私が麻薬密売ルートの監視をほっぽり出して、ベイビーの看護をしているのが気に入らないって言いたいの?」
「ごめん。そういう意味じゃ無い。監視よりも僕の治療の方が大事だね」
「話が合って良かったわ。監視の方はウォルシンガムに頼んであるけど、それまでにだいたいの仕組みは把握してあるわ。厄介よ」
ソレルも志光に倣って邪素を呑むと、続いてワイングラスとグルジアワインを引っ張り出してきた。彼女はグラスを少年に差し出したが、彼は首を振って酒を断った。
「ありがとう。でも、お酒はいいかな。それで、厄介というのは?」
「麻薬を流通させるルートの仕組みが厄介だったのよ。私は白誇連合の関係者が、麻薬を小分けにする場所まで、麻薬の運搬をしていると当たりを付けていたの。だから、そいつを追跡すれば相手のアジトが判ると思っていたわけ」
「常識的に考えればそうなるね」
「結論から言ってしまうと、そういうアジトは無かったわ」
「ごめん。意味が分からないんだけど……」
「でしょうね。結構複雑な仕組みだから、頭の中でよく考えながら聞いて」
「うん」
「まず、麻薬密売のためにレンタカーを借りるの。この役目は、ホワイトプライドユニオンとつながりのある人間がやっているわ。ただし、実際に運転をするのは事情を知らないパートタイマーよ。これをドライバーAとしましょう」
「うん」
「このドライバーAは指定された駐車場まで車を運転して停車させるように指示されているわ。ドライバーAは車を降りたらキーを特定の場所に置くようにとも指示されているけど、そこは魔物が見張っているの。彼の役目はそこまで」
「別の誰かが車に乗るんだね?」
「そうよ。この車は短いと一時間ほど、長ければ二時間ほど放置されるの。そうすると、麻薬を持った悪魔が駐車場に来て、車のトランクに麻薬を置いて退散するわ」
「時間を空ける理由は?」
「ドライバーAが駐車場から離れるのを待っているのよ。車に麻薬を仕込む瞬間を見られてくないんでしょう」
「なるほど」
「次に、ドライバーBが来て、麻薬の小分けに使っている部屋の近くにある駐車場まで運転をするわ。このドライバーBもパートタイマーで事情を知らないの。Bは駐車場に車を停めると、車のキーを指定されたポストに入れて帰る。彼の仕事はここまでよ。その後で、ポストに部屋の責任者が来て鍵を回収して、車のトランクに入った麻薬を部屋まで運び込むという寸法ね」
「部屋の責任者というのは、麻薬を小分けにする作業の責任者ということだよね?」
「そうよ。そして、最後にドライバーCが来て、指定の場所から車のキーを取って車に乗ってレンタカー店まで戻るわ。このドライバーもパートタイマーで事情を知らない。これが麻薬を小分けする場所まで運ぶ一連の流れよ」
「確かに面倒臭いな。なんでこんなややこしいことを?」
「麻薬を小分けするための場所を突き止められても、その場所に麻薬を届けるルートを解明されないためでしょうね」
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