第121話25-1.正装

 女尊男卑国までの空の旅は快適だった。同国が所持するビジネスジェット、レガシー500の改造機は騒音も少なく、機内空間も広々としていたからだ。


 飛行機に乗ったのは、仕伏源一郎、ヴィクトーリア、地頭方志光、クレア・バーンスタイン、門真麻衣、見附麗奈、過書町茜、そしてウニカ自動人形の七人と一体だった。女尊男卑国の空港は、格納庫が一見すると中世から近世の要塞のようになっていたが、仕伏の話によると防御力は期待できず「某テーマパークにあるお城のようなもので、雰囲気重視の建物」ということらしい。また、女尊男卑国の主要な建築物のほとんどが地下にあるため、魔界日本と異なり地上の風景は荒涼としている。


 エンジンが停止してしばらくすると、七名と一体はレガシー500を降りた。格納庫には屈強そうな半裸の男性が十数名おり、一行を盗み見してくる。そこで仕伏が何か気付いたような顔をして、志光に語りかけた。


「地頭方志光様」

「はい。なんですか?」

「すっかり忘れていたのですが、我が国では男性の正装がブリーフかブーメランパンツ一丁を決まっていまして……格納庫から出る前に着替えていただきたいのですが」

「はあ?」


 唖然とした少年は、思わずヴィクトーリアに目を向けた。ツインテールの少女は、さも当然と言わんばかりに二度ほど首を縦に振る。


「将来の義理の姉の命令よ。脱ぎなさい」

「いや、そう言われても……」


 志光とヴィクトーリアがやりとりを交わしている間に、仕伏はさっさと衣類を脱いで下着一枚の姿になった。偉丈夫が半裸になると、ツインテールの少女はブレザーのポケットから銀色のブーメランパンツを引っ張り出してくる。


「ほら、良いからこれ履いて。そうじゃないと、お母さんに会わせられないわよ」

「ま、待て! 待てったら!」

「いいから、いいから。早く脱ぎなさいよ」


 邪素を消費したツインテールは、抵抗する志光からその怪力で衣服を剥ぎ取った。全裸になった少年は、股間を手で隠して助けを求めるが、魔界日本から連れてきた女性陣と人形は、麗奈を除いて見世物でも見るような目付きで眺めているばかりでヴィクトーリアを注意しようとしない。ポニーテールの少女は少年に駆け寄ろうとするのだが、麻衣が片手で制止する。


「分かった! 分かったから、その下着を渡せ!」


 とうとう観念した志光は、ツインテールからブーメランパンツを奪うとささっと履いた。こうして準備を終えた一行は、格納庫から地下に入る。


 女尊男卑国の内部は中世から近世の地下牢(ダンジョン)を模しているらしく、まるでファンタジー系のRPGの世界に紛れ込んでしまったかのようだ。ゲームと違うのは構成員で、男性は全員がパンツ一枚という異様なものだった。一方の女性陣は、下着か水着に近い姿かミニスカートが定番のようで、股間は隠すどころかむしろ男性達に見せつけることによって彼らの視線をコントロールしている。


 また、彼らの人数は予想以上に多かった。地下通路は真っ直ぐ歩くのが難しい程度に混んでいる。


 志光はダンジョンを見回しながら、心中で「仕伏が偽物だという可能性は無くなったな」と呟いた。ただ、自分達を殺す、あるいは捕らえるためだけに、これだけの規模のセットと役者、それも悪魔たちを集めるのはコストがかかりすぎる。クレアも納得したようで、少年と一瞬だけ目を合わせると、ちらっと微笑を見せてくれる。


「地下の一階から三階までは、特定の女王を持たないマゾ男性、特定の奴隷を持たない女王たちの居住区です。彼らは自由の代償として女尊男卑国の中では低い地位に甘んじております。また、新入りのマゾ男性や女王も、このフロアにいる事が多いのです。彼らはここで〝遊び方〟や〝支配の仕方〟を学習し、更に上位の存在になりたい場合は、お互いのパートナーを固定します」


 仕伏は一同にそう解説しながら、どんどん地下に降りていった。続いてヴィクトーリアが彼の言葉を補足する。


「野心のある女王は、このフロアにいる段階で頻繁に現実世界へと出て行って、自分の配下となりそうな優秀なマゾ男性をスカウトすることもあるの。そこで、八人から一〇人の男性を見繕ったら、ここより深い場所での生活を始めるのよ。ちなみに、今の私も上階暮らしなの。志光みたいに、いい人がいれば良いんだけど……」


 ツインテールはそう言うと、志光に秋波を送った。少年は反射的に顔を背けて素知らぬふりをする。


 仕伏が言っていた通り、女尊男卑国は男性の比率が圧倒的に高い。地下通路ですれ違う悪魔の大半はパンイチの男性だ。


 よほど肝が据わっているか、あるいは頭のネジが何本も外れていない限り、ここを楽園だと認識するのは難しいだろう。しかし、この場所は活気がある。つまり、頭のネジが外れた連中がたくさんいるということだ。


 一行は地階に続く階段を降り続けた。女尊男卑国は広い空間が複数の通路で連結されており、まるでアリの巣のような構造になっている。


「地下四階以降は、特定のパートナーとグループを作っている女王様とマゾ男性達の居住区ですが、武器弾薬の貯蔵庫、発電所、その他重要施設と並立しています。申し訳ないのですが、詳しい地図は部外者の皆様にはお教えできません」


 仕伏はそう言いながら、通路を右へ左へと移動しつつ、やがて後続の悪魔たちを分厚い鉄扉の前まで誘導する。


「ここがソフィア女王様の執務室です。格納庫の方から既に連絡をしているので、この奥で待っておいでのはずです」


 仕伏はそう言うと、金属製の扉を叩いた。数秒後に、扉が内側から開かれる。


 女王の執務室は、赤い絨毯や金色のカーテンで装飾が施されてあった。室内には数人の男性が石の床に正座している。


 ソフィアとおぼしき女性は、一段高い場所にある金色のソファに座っていた。彼女は薄いピンクのロングヘアをギブソンタックに結い、赤い羽織を模したナイトガウンのような衣裳を身にまとっていた。


「女王様、ただ今帰還しました」


 仕伏はそう言うと、その場で膝を着いた。


「お母様、ただ今戻りました」


 ヴィクトーリアはソファに座った女性に向かって軽く頭を下げてから、志光の脇腹を肘でつつく。

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