第122話25-2.母親チェック

「正座して」

「え?」

「ここでは男性は女性より高い位置にいちゃいけないのよ。それが決まりなの」

「ええ?」

「いいから、さっさとその場で正座するか四つん這いの格好になって!」


 ツインテールはそう言うと、少年の両肩に手をかけ無理矢理跪かせた。彼に同行した魔界日本の女性陣は、やはり麗奈を除いて彼がヴィクトーリアに翻弄される様子を面白そうに伺っている。


「初めまして、魔界日本の皆様方。妾の名前はソフィア。女尊男卑国の女王の中の女王である。よくぞいらして下さった」


 少年の準備が整うと、ソフィアがソファーから腰を上げた。ギブソンタックはゆっくりと段を降りて来訪者の前まで近づいてくる。


 志光は彼女の面相を見上げて感歎した。理屈では分かっていたが、外見年齢が驚くほど若い。とてもヴィクトーリアが娘だとは思えない。人間よりも老化が遅い悪魔ならではの現象だ。


「何か?」


 少年の視線に気付いたソフィアは、膝を曲げると彼の頭を撫でた。苦笑した志光は、当たり障りのない話題を口にする。


「日本語がお上手ですね」

「妾の一族は、代々アジア系の男性を何人かスカウトするのが習わしでな。その中でも妾は特に日本人を選んだのだ。娘のヴィクトーリアも日本語は堪能だったろう?」

「はい。ひょっとして、ヘンリエットさんも?」

「そうじゃ。ただ、もう仕伏から聞いているとは思うが、あの子はマンガやアニメに傾倒した。それだけであれば、大きな問題にならなかったものを……」


 ギブソンタックが大きな溜息をつくと、仕伏が下から彼女に声を掛けた。


「女王様。わざわざ魔界日本から来てくださった皆さまを紹介させて下さい。そこに座っているお方が地頭方志光様。魔界日本の現棟梁です。後ろに立っている女性の方々ですが、向かって左からクレア・バーンスタイン様、門真麻衣様、過書町茜様、見附麗奈様、そしてウニカ様でございます」


 偉丈夫に紹介された女性達が、ソフィア女王へ挨拶を述べた。ギブソンタックは改めて彼女達をねぎらってから、仕伏の前にしゃがみ込む。


「どうだ? 地頭方志光殿をここに連れてきたということは、お前は彼を妾の娘に相応しい男だと見なしたということになるが?」

「少なくとも、クレア・バーンスタイン様、門真麻衣様は相応しいと見なしています。ここにいらっしゃいませんが、アニェス・ソレル様も同意見でした」

「ふむ。なるほど……ということは、後は妾が検分すれば良いだけか」


 ソフィアはそう独りごちると、手の平を天井に向けた。


「地頭方志光殿。お立ちになって下さい」

「は、はい?」


 志光はギブソンタックに言われるままその場から立ち上がった。すると彼女は少年に近寄り、自然な動きで彼が履いていたブーメランパンツに手をかけると、一気に下まで引き下ろす。


 続いてソフィアは志光の股間の前でしゃがみ、男性器をためつすがめつし始める。


「ちょっ、ちょっと!」


 驚いた少年は股間を手で隠そうとしたが、ギブソンタックは彼の手首を難なく捕まえた。彼女の膂力はヴィクトーリアのそれを遙かに凌駕しており、とても振りほどけそうにない。


「これなら問題なかろう」


 しばらく観察していたソフィアは、志光の手を離して立ち上がった。改めてブーメランパンツを履き直した少年は、後じさりつつ女王の中の女王に問いかける。


「そこ、そんなに重要ですか?」

「当たり前じゃ。妾の娘が膣欠損や膣閉塞であれば、むしろ逸物は無用の長物じゃが、そうでなければそれなりのモノを持っていなければ困る」


 ギブソンタックは当然だと言わんばかりの口調で返答すると、下着に挟んであった紙片を引っ張り出した。


「ここまで急に話が進むと思っていなかったので、まだ草案の段階なのだが、ヘンリエットから婚姻するにあたっての条件を聞き書きしておいた」

「ヘンリエットさんからの条件?」

「うむ。まず、現実世界にも住居があること。そこではネットでの通販が容易に可能か、あるいは秋葉原や池袋などの商業区域に三〇分程度で行ける立地にある事。妾はよく分からぬのだが、この秋葉原というのは有名な場所なのか?」

「有名です」

「そうか。では、次。その住居には、五〇インチ以上のサイズのテレビと観賞用のソファが用意されている部屋が、最低でも一つはあること。これは貴殿と一緒にアニメを見るのに使いたいそうだ。また、この部屋には常時ネットに接続されたパソコン及びにTV録画用のレコーダーも欲しいと書いてあるな。この他に、総面積が一〇〇平方メートル以上の保管所が欲しいそうだ。これらは魔界にあっても構わない。ただし、書籍と衣類、映像データを管理したいので、できれば温度・湿度管理機能をつけて欲しいとのことだ」

「なるほど……」


 女王の中の女王が読み上げる条件にいちいち頷きながら、志光は「これは典型的なオタクが想像しがちな理想の生活なのでは?」という所感が湧き上がってくるのを抑えきれなかった。


 自分はどちらかというと書籍とゲームの比重が高いオタクだが、ヘンリエットはアニメや漫画が好きなので、テレビやレコーダーにこだわっているのだろう。一〇〇平方メートルの保管所は一般人からするととんでもない広さだが、買った漫画とコスプレ衣装を併せて保管するなら、十年程度で埋まってしまう恐れすらある。


 何より、今の自分であればこの程度の条件を呑むのは容易い。悪魔化して得をしたことの一つだ。


「ヘンリエットさんが提示した条件を書状にしていただけませんか? 正式な婚約を取り交わす際に、サインさせていただきます」

「娘の言い分は過大ではない、ということかな?」

「はい。まだ悪魔になる前の私だったら、この条件を聞いた瞬間に縁談のお話を断っていると思いますが」

「それはそうだろうな。貴殿の年齢で、湯水のように金を使えるのはおかしい」


 ソフィアは笑うと娘に向き直った。


「ヴィクトーリア。地頭方志光殿をヘンリエットの部屋にお連れしなさい。失礼のないようにな」

「分かりました、お母様」


 ヴィクトーリアが手を胸に当てて母親に会釈すると、室内にいたマゾ男性の一人が中腰で籠を持って志光のそばまでやって来た。

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