第120話24-6.対魔忍

「どうしたの?」

「女尊男卑国のソフィア女王は地頭方一郎と会ったことがあるという話なのだけれど、記憶にある?」

「あるわよ。でも、私は直接見てないわ。イチローから話を聞いただけね」

「貴女と知り合う前の話だったの?」

「いいえ。私が同行しなかっただけ。理由は分かるでしょ?」

「男を服従させる女は嫌い? 貴女は意外と保守的なのよね」

「女らしい女といって欲しいわね」

「では、ここにいる仕伏氏を本物だと認めるの?」

「本物? ああ、彼が女尊男卑国の使者を偽った敵の刺客じゃないかと思ってるの? その可能性はゼロじゃないけど、私には本物に見えるわね」

「情報担当の貴方がそう判断しているのなら間違いなさそうね」

「そもそも、怪しかったら見附がドムスの内部に案内していないわよ」


 ソレルはそう言うと、執務室の入り口に立っている見附麗奈を顎で指し示した。ポニーテールの少女は室内を監視しているものの、特に警戒している様子はない。


「そういえば、麻衣も動いてないわね」


 クレアも得心した面持ちで、執務室にいる赤毛の女性がリラックスしている様子を確認する。


「仕伏さん。疑って申し訳なかったわ。私を女尊男卑国に連れて行って下さるかしら?」


 背の高い白人女性は仕伏に向かって謝罪の言葉を述べた。


「もちろんでございます。伝説の猛女をエスコートできるとは光栄至極」


 偉丈夫はクレアに向かって深々と頭を下げる。


「私も同行させて下さい。外交担当として、女尊男卑国とつながりを持ちたいです」


 そこに茜が顔を出してきた。眼鏡の少女は、何故か笑いを必死に噛み殺している。


「過書町、どうしたの?」


 ソレルは不審そうな顔つきで茜に質問した。眼鏡の少女は横を向き、震える声で回答する。


「さっきの写真、カンナビスという意味の大麻じゃなくて、魔物に対抗するという意味の対魔です。実はゲームで『対魔忍アサギ』というのがありまして……ククク」


 ついに耐えきれなくなった茜は声を殺して笑い出した。その場にいた残りの悪魔たちは、事情が分からず途方に暮れたような面持ちになる。


「あの、過書町さん。その話のどこが面白いの? ヘンリエットさんがしているコスプレは、要するに忍者モノのゲームが元ネタってことでしょう?」


 志光は困惑した口調で眼鏡の少女に説明を求めた。彼女は必死になって平静を装いながら、どうにか言葉を口にする。


「ヘンリエット様に……ヒヒッ…………直接会わないと分からないですけど……多分、そういうことだと思いますよ……クククッ!」

「意味が分からないよ。そういうことって、どういうことなの?」

「だ、駄目です。もう、駄目。言えません」


 茜はそう言うと、身体を丸めてその場にしゃがみ込んだ。泣くように笑う眼鏡の少女を目の当たりにした少年は、あきらめ顔でクレアに声をかける。


「クレアさん。さっき、女尊男卑国に行くという話をしていませんでした?」

「ええ。ソフィア女王に会って、この縁談が本当かどうか確かめてくるわ」

「僕も同行して良いですか?」

「あなたが?」

「本気か坊主? クレアと仕伏の話を小耳に挟んでたんじゃないのか? WPUの本拠地を襲った時もそうだったが、お前は親父以上にトンパチだな」


 クレアと志光のやりとりを聞きつつ、ヴィクトーリアの股間を食い入るように見つめていた湯崎が感嘆の声を上げた。少年はごま塩頭に質問する。


「トンパチって何ですか?」

「〝蜻蛉の鉢巻き〟の略語だよ。目の大きい蜻蛉に鉢巻きを巻いたら、額がないから目にかかって何も見えなくなるので支離滅裂な飛び方をするだろう、ということさ」

「僕が支離滅裂に見えますか?」

「大将ってもんは、一番後ろにどっしり構えているのが普通なんだよ。それを、誰よりも先頭を走る気満々なんだから、命が幾つあっても足りないクチじゃないのか?」

「そうかも。でも、前にも言ったとおり、僕は知らない相手からそう思われたいんですよ」

「なるほどな……ブブッ!」


 湯崎が得心していると、彼の顔の上にヴィクトーリアの臀部が降ってきた。ツインテールがごま塩頭を足に挟んで窒息させる遊びに興じ始めたので、志光は会話を中断してクレアに向き直る。


「そういうわけで、女尊男卑国に同行させてください」


 少年が頭を下げると、背の高い白人女性は何故か嬉しそうに微笑んだ。それから、彼女は執務室の外にいる麗奈に向かって振り返る。


「もちろん、いいわ。ただし、ボディガードを連れて行きましょう。麗奈もその方が喜ぶはずよ」

「見附さんが?」


 志光はそう言うと、入り口に立っている麗奈に視線を向けた。


「あの子の性格じゃ、要人警護の任務から外したら拗ねるわよ」

「ああ……そうかも」


 少年が納得していると、何故か羞じらいを顔に浮かべた仕伏が少年に小声で話しかけてきた。


「よろしいですか? 私の方からご提案というかお願いがありまして……」

「何ですか?」

「門真麻衣さんを同行させていただけませんか?」

「麻衣さんを? どうして?」

「我が国の男性に人気だからです。彼女に殴り殺された悪魔は数知れずとうかがっております」

「ああ……女尊男卑国では人気になりそうですね」

「さすが棟梁。お分かりいただけましたか? 私も彼女を国に連れて帰ると株が上がります。縁談の話も、よりスムースに進むかと」


 志光は偉丈夫の様子を伺いながら、この男性が女尊男卑国からの使者に違いないと確信した。詐欺にしては、彼の態度は出来すぎている。どうやら、麻衣に本気で殴られてみたいようだ。


 少年はだめ押しをすべく、仕伏に小声で返答した。


「一応忠告しておきますが、手加減無しで彼女に殴られたら大怪我するのは避けられませんよ。僕なんて、一時的でしたが半身不随にされました」

「なんですと! 彼女から本気で殴られた? 何と羨ましい……」

「ソレルから邪素を大量に点滴して貰って、何とか元の身体に戻れましたが、あれは危なかった。羨ましいような状況じゃないですよ」

「いやいや、ご謙遜を。それで、どうやってそこまで彼女を怒らせたのですか?」

「怒らせてないですよ。彼女は酒乱なんです」

「では、酔った勢いで?」

「そうです。いわゆる脱抑制ですね」

「どの程度の酔いで脱抑制が起きるのですか?」

「アルコール度数の高いお酒で起きます。前は七五%ぐらいの蒸留酒で酔ってましたね」

「六〇%ぐらいでも起きますかね?」

「いや、未成年なのでお酒に関してはあまり詳しくなくて……」

「おおっと失礼! 下らぬ質問をしてしまって申し訳ありませんでした」

「いえいえ。でも、繰り返しになりますけど麻衣さんにアルコール度数の高いお酒を飲ませるのは止めてください。絶対に、絶対ですよ」

「分かっております。決して飲ませません」

 仕伏はそう約束しつつも、何故かほくほく顔で志光の手を握った。

「それでは、ヴィクトーリア様と帰路の計画を話し合いたいので、一旦お話を中断させてください。失礼」


 偉丈夫がそう言って少年の側を離れると、代わりにクレアが近寄ってきた。


「ハニー、大した悪党じゃないの」

「僕は仕伏さんが本物のマゾヒストかどうかを確かめたかっただけですよ」

「彼、絶対にアルコール度数の高いお酒を用意するわよ」

「僕もそう思うけど、両国の友好のために必要でしょう? 僕の結婚と一緒で。ソレルは愛人を自称していたから覚悟していたけど、クレアさんと麻衣さんが結婚に賛成するとは思ってなかったなあ」

「あら? 拗ねてるの?」

「拗ねてないですよ」

「拗ねてるじゃない。仕方ないわね」

「何が仕方ないんですか?」

「現実世界の規範を捨てきれないところよ」

「言いたいことは分かりますけど、完全に捨てるのは無理でしょう?」

「無理よ。でも、この件に関しては捨ててちょうだい。私が予想した通り、貴方は政略結婚することになった。そのお陰で、貴方の魔界日本における地位は、より強固なものになるでしょう。でも、私と貴方の関係とは別個の問題だし、その点はソフィア女王に言質を取っても良いわ」


 クレアはそう言うと、志光の横顔にキスをした。


「そんなことしないでください。まずはヘンリエットさんに会って話をしてみます。婚約を決めるのはそれからです」


 苦笑した少年は、背の高い白人女性に首を振った。

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