第119話24-5.婚約者

「仰る通りです。ヘンリエット様は十二歳です」


 まだ見たことが無い婚約者の年齢を知った志光の目が激しく瞬いた。執務室の床に仰向けの姿勢になった湯崎が愚痴をこぼす。


「何だ。オッパイが期待できないのか。がっかりだな」

「いや、湯崎さん。そういう問題じゃないでしょう?」

「じゃあ、何が問題なんだ?」

「年齢に決まってるでしょ! 十二歳ですよ! 現実世界なら、同意でもあんなことやこんなことをしたら逮捕されちゃう年齢じゃないですか!」

「確か十三歳未満との性行為は、同意があっても強姦になるんだったな」

「そうです」

「法定強姦のこと? 魔界日本では、現実世界の法律は適用されないわよ。それより、覚悟はしていたとはいえ、愛人よりも本妻の方が若いのはショックよねえ……」


 ソレルは憂鬱そうな面持ちになると溜息をついた。志光はあんぐりと口を開けたまま褐色の肌が座っている場所に顔を向ける。


「ソレル。年齢を気にするなら、年齢差じゃなくて実年齢を気にした方が……」

「十二歳なら、ベイビーも問題なくできるんじゃないの? だって、ベイビーは中一の時に『COMIC LO』でソロ活動していたじゃないの」


 志光の頬がみるみる赤くなった。事情が理解できないクレア、麻衣、仕伏、湯崎、ヴィクトーリアは狐につままれたような顔をする。


 唯一人意味が分かった茜は、生ゴミを観るような冷たい目で少年を見た。


「うわ……キモッ」

「ち、違っ!」

「口を慎みなさい、過書町。相手を選ばないのはモテる男の必要条件よ」


 志光が弁解を始める前に、ソレルが茜をたしなめた。しかし、眼鏡の少女は自説を曲げようとしない。


「相手が子供はないです」

「貴方が強情を張ると、この縁談も無かったことになりそうだけど?」

「それは……」

「職務放棄したいの?」

「いいえ」

「そもそも、あなただって少年同士のBLでソロ活動しているんだから、棟梁を責めるのは筋違いでしょう? お返事は?」

「…………はい」


 茜を一方的にやり込めたソレルは、志光に向かって片眉を上げた。少年は褐色の肌に下唇を突き出してから顔を元の状態に戻し、仕伏に向かって手を挙げる。


「どうぞ」


 偉丈夫から指差された少年は立ち上がって口を開いた。


「さすがに十二歳と結婚して夫婦生活を営む、というのは僕の体面に傷がつくので、あくまでも婚約に留めるというのは可能ですか?」

「もちろん可能です。婚約だけして正式な結婚は後回しでも、ソフィア様も理解を示して下さると思います。むしろ、喜んで結婚まで持ち込む方が正気を疑うでしょう。仮に貴方が疑われても構わないというのであれば、一気に婚姻関係まで進んでも何も問題はありませんが」

「いや、婚約だけの方が良いです。ウチの外交担当も理解を示してくれそうにありませんし」


 志光はそう言うと、ふて腐れている茜をうかがった。仕伏は笑いながら少年をなだめにかかる。


「我々が〝普通〟という言葉を使うのは酷くおかしいですが、過書町様の価値観が〝普通〟なのは事実でしょう」

「〝普通〟って意外と大事だったりしますよね?」

「ええ。意外と大事ですね」


 志光と仕伏は乾いた笑いをあげた。そこでクレアが片手を上に伸ばす。


「ハニーの許嫁の写真はないの? 一緒に来た子を見れば美人なのは見当がつくけど、具体的な顔立ちが知りたいの」


 背の高い白人女性の要求を聞いた偉丈夫は、持ってきたブリーフケースの中から封筒をとりだした。続いて彼は封筒から写真らしきものを抜いてクレアに渡す。


「この子がヘンリエット?」

「はい、間違いございません」


 仕伏が太鼓判を押すと、クレアの周囲に麻衣とソレルと茜、そして志光も近寄った。背の高い白人女性が手にした写真には、一人の少女の姿が写っている。


 偉丈夫が言ったとおり、恐らく年齢は十二、三歳だろう。髪の毛は薄いピンク色で長い。顔立ちはヴィクトーリアによく似ており可愛らしい。ただし、小豆色のレオタードを着て、腕にメッシュの手袋を填めており、背中に日本刀を背負っているため、未来風の忍者に見える。


「……この格好は?」


 少年はヘンリエットの衣裳に関する疑問を口にした。仕伏は少し困った顔になると、事情を説明し始める。


「申し訳ありません。コスプレの一種なのですが、私が漫画やアニメに詳しくないのでタイトルが分からないのです」

「僕もこの格好を見たことがないなあ」

「確か、大麻がどうのこうのという名前だったような……」

「大麻って、あの葉っぱを吸う大麻ですかね?」

「いや、そこまでは私も断定しかねます。しかし、この写真でヘンリエット様の容姿についてはお分かりいただけたと思うのですが」

「可愛いわね」


 クレアはソレルに写真を渡して考え込む仕草をした。他のメンバーが写真を回し見ている間に、仕伏は彼女に声を掛ける。


「何かご不満な点でも?」

「いいえ。ただ、貴方が女尊男卑国の正式な使者である証拠が必要だと思っていただけよ」

「魔界日本と敵対関係にあるグループが寄越した詐欺師が、私かも知れないと仰りたいのですか?」

「そうよ。女尊男卑国は独自性が高くてアソシエーションにも関係者がいない大国の一つよ。騙されていたとしても、それを証明する手立てが乏しいわ」

「なるほど、一理あるお話です。どうすれば信じていただけますかな?」

「ソフィア女王と会うことはできるのかしら?」

「可能ですが、我が国に来ていただかねばなりません。もしも、それが罠でクレア様が囚われの身になる、ということも考えられますが?」

「それでも、私が女尊男卑国のトップと会わないよりはマシよ」

「思いきりの良い方ですな。さすが、噂に聞いただけのことはある」

「噂?」

「ソフィア女王様から、貴女の本名がクララ・ベルンシュタインとうかがっております」

「あら」


 クレアは目を細めると、仕伏の顔を覗き込んだ。


「その名前を知っているということは、ソフィア女王は私の親しい人と会ったことがあるのね? その人の名前は?」

「地頭方一郎氏ですよ。だから、我々は迷わず航空機でここまで来ることが出来た」

「その話は初耳よ。貴方はソレルのことを知っているの?」

「あの褐色の肌をした御婦人ですな。もちろん、事前に調べさせていただきました。ただし、ソフィア女王様は彼女について何も話されていません」

「ソレル!」


 背の高い白人女性はソレルの名を呼んだ。褐色の肌は少し驚いた表情で二人のやりとりに参加する。

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