第107話22-3.新垣からの電話

「そういえば、コカインやメタンフェタミンは、モルヒネやヘロインと違うんですか?」

「コカインやメタンフェタミンは摂取すると気分が高揚する麻薬なのでアッパー系、モルヒネやヘロインは気分が落ち着くのでダウナー系と言って、クスリの効果で分けてるんですよ。日本で一番需要があるのはメタンフェタミン系で、覚せい剤とかシャブという名前で呼ばれているんです。その名の通りで、炙って気化してから吸ったり、注射をすると意識が覚醒するような感覚になる。マトリが動いたのは、コカインの密売量が増えたというタレコミがあったからだと思いますよ。コカインは南米に生えているコカの葉が原料なので、アメリカと比べると日本への密輸ルートが確立されづらいと言われていた」

「覚せい剤はどこの国で作られているんですか?」

「一五年ぐらい前までは北朝鮮産が多いと言われていたんですけど、最近はメキシコ産が多いみたいですね。石材などの輸入品に隠す方法で、一〇〇キロ単位の密輸が摘発された例があります」

「ありがとうございます。それで、警察や麻薬取締官は何か成果をあげているんですか?」

「灰城組の方は、旭拝会の時と全く一緒で、組対が踏み込む前に関係者宅が放火で焼失してオシマイ。マトリの方は内偵で白人の密売人を二人逮捕しましたが、どちらも黙秘権を貫いています。よっぽど元締めが怖いんでしょう。捜査官はメキシコの麻薬カルテル関係者じゃないかと疑っているみたいなんですが……」

「何かおかしいところでもあるんですか?」

「ええ。バイニン、要するに密売人が白人しかいないみたいなんですよ。それどころか、六本木の不良黒人もどんどん消えている。これが四つ目の噂ですよ。白人が中心の組織が、メキシカンの下で働きますかね? まあ、金になりゃあ、何でも良いのかも知れないですけどね」

「ありがとうございます。もの凄く参考になりました」

「お役に立てましたか? そりゃあ良かった」

「最後に一つだけ質問をさせて下さい。目撃者の証言に、黄色い雨合羽を着た大男を見た、というのはありませんでしたか?」


 志光の発言を聞いた文覚は、少し首を捻ってからノートを読み直した。それから彼ははっとした表情になると顔を上げる。


「ありますね。旭拝会の関係者の一人が、行方不明になる前に〝黄色い雨合羽を着た大男が、事務所の近くをウロウロしていて薄気味悪い〟と知り合いに漏らしていたって話をメモに取ってありました。大したことじゃ無いと思って忘れていた」

「ありがとうございます。たぶん、事件にとっては些細なことなんですけど、僕にとってはとても大事な情報だったんです」

「……何か裏を知ってるんですか?」

「残念ですが、お教えできません。その代わり、対価をお支払いします」


 志光が視線を向けると、大蔵は背広の内ポケットから封筒を取りだして銀縁眼鏡に手渡した。中に入っていた一万円札の数を数えた文覚は相好を崩す。


「こんなにもらっちゃって良いんですか? 一時間も話してないのに?」

「はい。もの凄く貴重なお話を聞かせていただいたので……ああ、そうだ。ホテル代もお支払いさせて下さい」


 少年の合図でヨレヨレのスーツを着た男は、更に数万円をテーブルに乗せる。そこで、唐突に志光のスマートフォンが呼び出し音を奏でだした。彼が困惑した面持ちで発信者を見ると〝新垣拳示〟と表示されている。男尊女卑国を率いる悪魔の一人で、空手の達人だ。


「もしもし」


 スマートフォンを耳に当てた少年は、大蔵と文覚から距離を取った。すると、銀縁眼鏡が入り口近くにある螺旋階段を指差した。


「もしもし、新垣です。初めて電話をさせていただきました。ただ今、お話をしてもよろしいでしょうか?」

「初めまして、地頭方です。現実世界に出ていらっしゃったんですね。もちろん話は出来ます。どのようなご用件でしょうか?」


 志光は空手家と会話をしながら文覚に頭を下げ、入り口近くにある螺旋階段に足を掛けた。


「実は我が国に期待の新人が加わってくれたのですが、東京見学がしたいと言っているんですよ」

「東京見学? ということは、東京の出身では無いんですか? 外国人とか?」

「日本人で広島の出身です。具体的な場所は言えないのですが、男尊女卑国が日本に所有しているゲートは関西以南の地区が多く、連泊できる場所も無いので困っています。もしもよろしければ、そちらの助力をお願いしたいのですが」

「もちろんです! 名前と連絡先、容姿を教えていただきたいのですが」


 志光は拳示と話をしながら階段を上りきった。上階は驚くほど広い風呂場で、大きな窓からデッキチェアが置いてあるテラスが見える。


「名前は瀬川菊虎(せがわきっこ)。連絡先と容姿はメールで送りますが、それは棟梁を信用してのことです。内密にお願いします」

「解りました。他の者には見せません」

「それで、瀬川はただ今東京に向かっておりまして……」

「えっ! 随分早いですね」

「数日前から何度かお電話させていただいたのですが、繋がらなかったんですよ。ずっと魔界にいらっしゃいましたか?」

「はい」

「何かあったんですか?」


 少年は拳示の鎌掛けに苦笑した。彼は空手家に事実を告げる。


「ホワイトプライドユニオンに意趣返しをしていました。相手の本拠地まで行って、何人か殺して帰ってきましたよ」

「ほほう……棟梁ご自身が、ですか?」

「はい」

「なるほど……この話は内密ですか?」

「いいえ。どなたにお話しいただいても結構です」

「なるほど、なるほど……おっといかん。それで瀬川なのですが、実は一時間後に東京駅へ到着する予定でして」

「解りました。東京駅ですね。到着次第、僕のスマートフォンに電話してもらえますか?」

「菊虎に伝えておきます」

「ありがとうございます」

「それでは」


 拳示との会話を終えた志光は螺旋階段を降りた。部屋の入り口には既に大蔵と文覚が立っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る