第108話22-4.東京駅への移動

「新垣さんから電話でした」

「ああ、なるほど」

「そろそろここから出ないと」

「解りました」


 少年と短いやりとりをしたヨレヨレのスーツは銀縁眼鏡に頭を下げた。


「文覚さん、申し訳ない。急用が出来ました。ここからは一時間以上空けて退室するか、ついでに宿泊しちゃってください」

「いいっすよ。こっちこそ、今日はありがとうございました」

「それでは失礼します」


 えびす顔の文覚も頭を垂れたところで別れの挨拶をした志光は、大蔵と一緒に八〇六号室を出て、リネン室から従業員用エレベーターに乗った。籠が下に向かって動き出すと、ヨレヨレのスーツが口を開く。


「文覚さんの情報、どうでしたか?」

「重要だと思うけど、隠語が多くて分かりにくい。ノートを持ってくれば良かった」

「一応、スマホで録音しておきました」

「ありがとうございます。後で音声データを下さい。でも、これで白誇連合が日本で麻薬の密売をしているのは確定的かなあ?」

「恐らく。後は証拠を掴むだけですね。ところで話は変わりますが、新垣さんはなんと仰っていたんですか?」

「男尊女卑国に入ったばかりの悪魔が東京に来るから、見学の世話をして欲しいって」

「はあ……あちらはゲートが関西よりでしたっけ?」

「新垣さんもそう言ってました。一時間後には東京駅に着くと言っていたから急がないと」

「ホワイトプライドユニオンとやりあったばかりだから、電車を使うのは危ないですね」

「うん。ソレルに車を出して貰います」

「私はどうしますか?」

「興味があるんですか?」

「いや。あそこの男連中はモテるのばっかりだからむしろ勘弁願いたいですな」

「じゃあ、後は別行動で」

「了解」


 一階でエレベーターを降りると、ゴミ集積場を抜けてホテルから屋外に出た二人は、横断歩道を渡って坂を上り、ゲートへの入り口がある駐車場まで移動した。


「それじゃ、俺は一足先に」


 大蔵はそう言うとベージュ色に塗装された金属扉の鍵を開け、その奥にある鉄扉をくぐって地下へと降りていく。残った志光がスマートフォンを取り出すと、拳示からメールが届いていた。少年は液晶画面に指で触れ、空手家のメールを開けると添付された画像ファイルを閲覧する。


 そこに映っていたのは、天使のような顔立ちをした絶世の美少年だった。この世に存在する女性の99%以上が、霞んでしまうぐらい可愛らしい。


 これはショタ好きの男性、女性が放っておかないだろう。悪魔化した際に、顔まで変形した可能性もあるが、仮にそうだったとしても元が良くなければここまで愛らしくなるのは不可能ではないか?


 志光はあんぐりと口を開け、しばらく菊虎の顔写真を眺めてから、続いてソレルの電話番号を呼び出した。


「もしもし、ベイビー?」


 何度かコール音が鳴った後で褐色の肌の声がスピーカーから聞こえてくる。


「終わったよ。解っていると思うけど」

「もちろんよ。私がベイビーを監視していないわけがないでしょう? これから東京駅に行くのよね。車の運転は私がするわ。地下の監視室にいるから少し待っていて」

「さすが」

「虚栄国で暇潰ししたいと言っていた美作を一緒に乗せてもいい?」

「いいよ。東京駅で落ち合う客人も、そっちで引き取ってくれると嬉しいかな」

「いいわよ。それで、相手は誰なの?」

「男尊女卑国の瀬川菊虎っていう悪魔だよ。新垣さんから頼まれた。見たことも無いぐらいの美少年だ」

「…………マズいわね」

「どうして?」

「今、スピーカーで話をしていたから、美作が聞いてるのよ」

「別に変なことを話してないと思うけど」

「美作は美少年大好きなのよ」

「ああ、バイセクシャルだから……」

「もう、凄い顔になってるわよ。男尊女卑国に選ばれたんだから、相当なご面相なんでしょう?」

「うん。写真は見せられないけど、相当だね。それで、美作さんをメンバーから外せないの?」

「無理ね。もう私の腕にしがみついてるわよ」

「うわー……」

「部下の管理は上司の仕事よ。頑張って」

「仕方ない。ウニカも連れてこれる?」

「側にいるから、このスマホから命令して」

「ウニカ。ボクの警護を頼む」

「ウニカが反応したわ。それじゃ、上に行くから待っていてね」


 ソレルはそう言うと、電話を切った。しばらくすると、彼女は美作純がへばりついた状態で駐車場に現れる。二人の背後から、珍しく面倒臭そうな顔をしたウニカがついてきた。


「棟梁」


 紫髪の少女は、少年の姿を見るなり驚くほどの速さで顔をくっつけてきた。


「その菊虎ちゃんの写真、見せて下さい」

「いや、新垣さんとの約束で見せられないんですよ。ごめんなさい」

「ボクはこれまで、魔界日本のために粉骨砕身で働いてきましたよね?」

「はい。そうですね」

「それでも、その写真は見せられないんですか?」

「約束なので」

「じゃあ、生身を見ても良いですよね? 生身も駄目って話はしてないんですよね?」

「それは、まあ……してないですね」

「ボクも車に乗ります。乗せないなら、今から魔界日本の全生産ラインをストップしてストライキに入ります」

「なんでそこまで……美少女になりたかったんじゃないんですか?」

「ええ。男性器のついた美少女になりたかったんです」

「……バイですもんね」

「そうです。同性愛者からコウモリのように嫌われることもあるバイですよ! 一部の腐女子から〝見た目が美少女なら女性枠〟みたいな扱いをされるバイセクシャルですよ! でもね、ボクが好きなのはペ×スがついた少女なんですよ! 女装子とかニューハーフとか! 解りますか?」

「解りません」

「じゃあ、解らなくても良い! 解らなくても良いから、車に乗せて下さい! 男尊女卑国がスカウトするレベルの美少年とお近づきになれなかったら、悔やんでも悔やみきれない!!」


 鼻先数センチで喚かれ、ツバを飛ばされた志光は純から顔をそむけ、その拍子にウニカと目を合わせた。


「ウニカ。美作さんを車にお連れしろ」


 志光に命じられた自動人形は嫌そうな表情を維持したまま、紫髪の少女を背後から抱きかかえ、ソレルがドアを開いた超高級SUVの後部座席に押し込んだ。続いて運転席に褐色の肌が、助手席に少年が乗り込むと、車は駐車場から発進する。

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