第106話22-2.ラブホテルでの密会

「俺は実証主義だ。目の前で起きたことしか信じられない。地頭方さんにも、大蔵さんと似たようなことをやって貰う。それで納得が出来たら話をするよ。なんせ、今回のネタはとびっきり危ないやつでさ。こうやって風俗を使うフリをして密会しないと、命が幾つあっても足りるような状況じゃ無いんだ」

「風俗を使うって、どういう意味ですか?」

「男性が一人でホテルに入って、そこから無店舗型の風俗店から女性を呼び出して、やることをやるんですよ」

「はあ……ちょっと想像がつかないですね」


 大蔵の説明に志光は皆目見当も付かないという顔つきになった。ヨレヨレのスーツを着た男は苦笑して首を振る。


「棟梁がデリヘルに詳しかったら俺が驚きますよ」


 二人が話をしている間に、文覚はゴルフクラブを入れるケースから一メートルほどの異形鉄筋を引っ張り出してくる。


「これ、曲げられますよね?」


 銀縁眼鏡から鉄筋を渡された少年は、息を吸ってから吐くのを止めて腹部に力を入れた。続いて彼は棒の両端を持って力を込める。


 異形鉄筋はあっさりU字に曲がった。少年は変形した棒を文覚に返却する。


「はい、どうぞ。これでいいですか?」

「凄えな、おい。これ、ゴリラでも曲がらないぞ」


 銀縁眼鏡は子供のようにはしゃいで異形鉄筋を引っ張った。志光は笑いながら掌を天井に向ける。


「信用していただけましたか?」

「もちろんですよ! こんなの普通の人間にゃ無理ですからね。それじゃ、ちゃちゃっと話を始めますか」


 文覚は帆布でできたようなカバンから、ボロボロになったノートを取り出すと、指で眼鏡の位置を直した。


「お尋ねの件なんですが、俺の調べた範囲ではだいたい一年前に池袋で流れた噂が関係しているような感じですね」


 池袋! 銀縁眼鏡の話を聞いた志光は無表情を装った。


 池袋と言えば白誇連合に占領されたゲートがある場所だ。そこでどんな噂があったのか?


「その噂というのは、どんなものだったんですか?」

「一年前ぐらいから、池袋でオピオイド系鎮痛剤の密売が盛んになったんですよ」

「オピオイド系というのは何ですか?」

「要はモルヒネとかヘロイン、あるいはそうしたケシの実から生成される鎮痛剤の一種ですね。合成品も出てますよ」

「それは麻薬の一種ですか?」

「もちろん。ただ、アメリカでは医師が処方できるから、依存症になって過剰服薬で死亡するケースが後を絶たない。一説によると、アメリカの薬物死亡事故の四〇%以上がオピオイド系鎮痛剤の過剰服用が原因と言われてますね」

「じゃあ、密売されていた薬物もアメリカ製だったんですか?」

「ええ。しかも外国人が出入りするバーで取引されていたみたいです。ただ、この話には続きがありましてね」

「と、言うと?」

「池袋を縄張りにしている旭拝会という暴力団が、金欲しさでこの話に首を突っ込んだ。要するに、売り上げの一部をみかじめ料として支払えということです」

「みかじめというのは?」

「用心棒代の一種ですね。そうしたら、バーに行った組員が行方不明になった」

「死んだんですか?」

「死体は出てません。最初は理由が解らなかったが、別の組員がやっぱりバーに行ったきり帰ってこなかったので大騒ぎになった。この段階で旭拝会の会長は、自分の子分が殺されたと思ったんじゃないかな?」

「それで、どういう対応を取ったんですか?」

「アメリカでは、マフィアの構成員に暴力を振るった奴は殺されます。日本ではそこまでいかないと言われていますけど、そこで尻尾を巻いたらつけ込まれるだけですからね。若頭が組員を連れて、そのバーに行った……きり戻ってこなかった」

「全員がですか?」

「全員です。しかも、入った後の目撃者がいない」

「バーなのに? 営業していなかったんですか?」

「その通り。ヤクザが強請りに来る日に限って営業していないんですよ。で、それから半日も経たずに旭拝会の会長も行方不明になった。怖いのはここからです……」

「何が怖いんですか?」

「会長から助けを求める電話が子分のところに何回か来たそうです。それで、会長の家に行くと……」

「やっぱり消えた?」

「ええ。だから、一時期〝ホラーハウス旭拝会〟という怪談が暴力団関係者の間で広まった。これが二つ目の噂ですよ。そのうち、行方不明になった組員の連れ合いが我慢出来なくなって警察に相談した。そこで事情を調べたら、旭拝会の関係者がほぼ全員消えていた」

「警察はどうしたんですか?」

「そりゃあ会長の家に事情聴取に行きましたよ。そうしたら、急に家から出火して全焼した。もちろん放火です。これは新聞記事にもなった」

「うわあ……」

「結局、旭拝会のシマは別の暴力団が継いだんだが、クスリ関係には手を出さずに見過ごしています。あまりにも怖い噂が広がりすぎて、組員にやらせようとすると足抜けしようとする奴が後を絶たなかったそうですよ。で、ここから三つ目の噂話になるんですが、旭拝会の会長宅がホラーハウスになったという噂話が出てから、六本木のバーやクラブで大麻とコカイン、メタンフェタミンの密売が盛んになった。これも、最初は外国人がよく出入りする店がスタート地点です」

「池袋と一緒ですね」

「ただし、流通していたのは最初が大麻、次がコカインやメタンフェタミンでオピオイド系じゃ無かった」

「じゃあ、文覚さんはなんで同じだと思ったんですか?」

「六本木に縄張りのある灰城組の組員が、みかじめ料を請求しにバーに行って……旭拝会の関係者と同じように行方不明になったんですよ」

「その暴力団も、関係者が全員消えたんですか?」

「ええ。さすがに、警察も解散届を出さないで都内の暴力団が二つも消滅したことをおかしいと思ったらしく、組対が動きました。後はコカインが出回ったのでマトリもですね」

「すみません。解散届、そたい、マトリの意味が解らないんですが……」

「解散届は暴力団を廃業する時に警察に届け出る書状みたいなものですね。暴力団対策法、通称暴対法によって警察から監視対象として指定されるので、解散時に届け出をすることで、この指定を解消させるんですよ」

「そたいは?」

「組織犯罪対策部の略称です。警察組織について説明していると長くなるので端折りますが、暴力団や外国人による犯罪を取り締まる部署ぐらいの意味にとっておいてください」

「最後のマトリは?」

「麻薬取締官の略称ですよ。マトリは警察官じゃ無くて、厚生労働省の職員なんです。ただ、警察と協力して動いている場合が多い」

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