第103話21-3.敵地への突入

 湯崎が志光の作戦参加を認めた時に、一つだけ少年に確約させたことがあった。それは、戦闘で死傷者が出てパニックになっても、決して作戦を中止すると言い出さないというものだった。


「坊主。世間でよく言われる〝素晴らしい作戦〟というのは、だいたい圧倒的少数が数の多い方をきりきり舞いさせると相場が決まっているんだが、名将と名高い東ローマ帝国のベリサリウスなど、ごく少数の例外でしかない。ほとんどの戦闘では、衆寡敵せずと言って数が多い方が数が少ない方に勝つ。ただし、勝っている方の死傷者が少ないとは限らない。数が少ない方が死に物狂いになって、数の多い方に損害を与えるから、勝った方の死傷者が負けた方よりも多いというのは戦場ではよくある話なのさ。で、もしもそういう状況下で指揮官が臆病でビビって撤退を言い出したら、いくら自分たちの戦力が相手より多くても負けが決まってしまう。そうならないためには、味方がどれだけ死んだり傷ついたりしても、動揺しないことが大事になる。歴史に名を残した戦闘指揮官は、だいたいこのタイプだ。他人の痛みに鈍感になれ。それが嫌なら戦場に来るな。そうでなければ、そもそも戦争をするな」


 アルコールが回って脱抑制が始まった麻衣をあやしながら、少年は湯崎の言葉を脳内で反芻した。ここに座っている仲間が死んだ時、自分はそれを無視して戦いを継続することが出来るだろうか?


 そもそも今回の攻撃は、これまでとは意味がかなり違う。今までは、ただ降りかかる火の粉を払ってきただけ、要するに一種の正当防衛だった。だから、自分自身に「仕方の無い事だった」といいわけが出来た。


 しかし、相手の本拠地に乗り込んで見ず知らずの悪魔を無差別に加害する行為に、この弁解は通用しない。また、攻撃する相手の中には現状のホワイトプライドユニオンの方針に反対している悪魔がいるかも知れない。


 けれども、そうした事情を鑑みず、ただ相手の勢力を削ぐという目的のために殺す。そうした行いを、自分は正当化することが可能なのか?


「指令機から通信。一〇分後に作戦の第一段階を開始する」


 志光が思いを巡らせていると、スピーカーからウォルシンガムの声で戦闘準備が告げられた。その場にいた全員が時計を確認する。


 作戦が開始されて、おおよそ二時間半が経っている。計画通りなら、そろそろホワイトプライドユニオンの本拠地上空に近づいているはずだ。


 志光は丸窓から外を眺めたが、斜め下に青く光り輝く魔界の海が見えるだけで、陸地がどこなのかまでは判別できない。


 そのうち、輸送機の側に一列に並んだピアサバードが近寄ってきた。すると、無人機の何機かの直線翼が胴体と分離する。


 翼を失った無人機の後方から、スクリュー型の尾翼が生えた。無人機は鼻先を真下にして、回転しながら下方へと落ちていく。


 爆弾と化した無人機は、立ち並んでいるアーリーアメリカン風の住居の一軒を真上から地下まで貫通し、一、二秒経ってから大爆発を起こした。


「第一段階、成功。第二段階に移行する」


 再びスピーカーから作戦の進捗状況が告げられた。すると、ピアハザードの一機が膨らむ風船のように変形し、アントノフ26によく似た外見になると徐々に高度を下げ始める。


 残りの無人機は、最初と同じように翼と胴体を分離させ、胴体部分が爆弾化して落下する。


 丸窓から顔を離した志光は、ボトルから邪素を補給した。作戦の第二段階が成功する、すなわち敵主力がゲート付近に誘引されない限り、作戦の第三段階は中止される事が事前に取り決められている。敵はゲートを守りに入るのか、それともこちらの撃墜を重視して空港に戦力を集中させるのか……。


「第二段階、成功。各員攻撃準備」


 陰気な男の声が機内に響くと、搭乗員が一斉に邪素を消費し始めた。同時に、輸送機が旋回しつつ降下を開始する。


 やがて、窓からWPUの本拠地が見えてきたが、案の定真っ暗でどこに何があるのかを視認することは出来ない。


「三分後に着地。敵の推定戦力二〇以下」

「やった! 私達の方が多い! 勝つよ!」


 ウォルシンガム三世の情報を耳にした麗奈が雄叫びを上げた。彼女の言うとおり、輸送機には三〇名以上が乗っている。戦力比は約三対二でこちらが有利だ。


「第一分隊は着陸直後に二人一組で屋外へ出て、輸送機の周囲を警護。敵を見つけ次第攻撃。第二分隊は敵の地上にある航空兵器を攻撃、破壊。第三分隊は格納庫に攻撃。第二、第三分隊は、攻撃終了直後に機内へと退避。残りの三人と一体は遊撃で、時間内に戻ってくるように。以上!」

「はい!」


 麗奈の指示を受けた親衛隊のメンバーは一斉に返答をすると、各々が武器を発射できる状態にした。人間であれば着陸時の衝撃に備えなければいけない状況でも、一〇倍の力がある悪魔なら話は別だ。


 志光も両手に意識を集中させた。麻衣の両手からも既に青い光が立ち上っている。案の定というか、ウニカは揺れる機内で服を脱ぎだした。


「行け!」


 輸送機が着陸し、後部ランプが開くのとほぼ同時に麗奈が号令をかけた。ラハティを抱えた少女達が階段を駆け下り、二人一組で輸送機の周囲を警護する。


 続いてパンツァーファウスト3を持った少女達が駆け下りてくると、人間では不可能な速度で滑走路を走り、エプロンで待機している航空機や、翼を持つ蛇のよう外見をした魔物に対して、無反動砲を打ち込んだ。大きな爆発音と共に、反動を相殺するためのカウンターマスが後方にまき散らされる中で、発射された弾頭はロケットモーターで加速しつつWPUの航空機に当たって爆発する。


 続いて輸送機から降りてきた第三分隊の少女達が、格納庫に向かってやはりパンツァーファウスト3の弾頭を打ち込んだ。彼女たちは格納庫の内部で大きな爆発音がするのを聞いてから、風のようにその場を立ち去って機内に戻る。


 その間に敵の反撃は無かった。意表を突かれたせいで、対応策を練る間もなかったようだ。

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