第102話21-2.離陸
「確かに、麻衣さんに感化されているのかも知れないですけど、それだけじゃないんです」
「それだけじゃない、というのは?」
「白誇連合は、魔物を創ってそれらに戦闘を任せることで悪魔の損害を最小限に留めようとしているわけじゃないですか」
「そうだな」
「そこに、僕が乗り込んで戦えば、どういうイメージで捉えられると思いますか?」
「無策、無謀、感情的……そうでなければ勇気のある奴だ」
「最後の一つが良いですね」
「なるほど。魔界日本の棟梁は、白誇連合の棟梁よりも勇気がある奴か。ただ、軍事関係者なら、そういう肯定的な評価をしてくれるとは限らないぞ」
「軍人にどう評価されるかが重要じゃないんです。どのみち、僕は正式な軍事訓練は受けていませんし」
「……解った。坊主を作戦に加えるよ。ただし、門真と行動を共にしろ。後は自己宣伝をしたければ、カメラで撮影するのを忘れるなよ」
こうして湯崎が折れたことで少年は作戦への参加を認められたが、そもそも彼はパンツァーファウスト3の射撃訓練をしたことが無いし、今更やったとしても命中率が劇的に向上するはずもない。志光に出来るのは、スペシャルを使って物体に加速をつけることと、ボクシング、それも左右ストレートを打つことだけ。以上の事情から、彼が麻衣と一緒になって鉄砲玉役を仰せつかるのは避けられなかったし、それを誰も不思議だとは思わなかった。ついでに、ウニカが同行することも自動的に認められた。
少年がベンチに座って胸部に装着したアクションカメラを弄っていると、輸送機が離陸を開始した。飛行機は大きな翼面から邪素を噴射しながら、真っ暗な空へと飛翔する。
「ハニー。ピアサバードが飛んでいるのが見えるわよ」
輸送機が空港を飛び立ってしばらくすると、向かい側の席からクレアが声を掛けてきた。旅客機としても使われているだけあるのか、あるいはエンジンを改装したお陰か、輸送機の内部は比較的静かで、ヘッドフォンを使わずともやりとりが出来る。
「おー……」
身体を捻って丸窓を覗い志光は感歎した。ピアサバードがプライベートジェットの後を付いて飛んで行くのが見える。合計で九機という説明を受けていたが、ぱっと見では正確な数までは分からない。ただし、無人爆弾機の図体が大きいことだけは分かる。
何しろ翼長が三〇メートル近いアントノフの三分の二程度の長さがあるのだ。あんなものが高高度から落ちてきて、更に爆発したらどうなるかなど想像も出来ない。
志光が飛行機の窓に齧り付いていると、鼻をつくようなアルコールの刺激臭が漂ってきた。眉根に深い皺を刻んだ少年が顔を九〇度曲げると、そこには琥珀色の液体が入ったビンを片手に持った麻衣の姿があった。
「麻衣さん。それ、なんですか?」
「これかい? これはロンリコ151だよ」
「ロンリコ151?」
「ラム酒の名前だね。ちなみに、151というのは一五一プルーフという意味だ。英米で使われるアルコール度数を表す単位で、1プルーフはだいたいアルコール度数0.5%ぐらいだね」
「じゃあ、そのお酒はひょっとするとアルコール度数が75.5%もあるってことですか? ほとんどがアルコールじゃないですか!」
「24.5%はアルコールじゃないよ」
「ちなみに、なんでたった24.5%しか不純物がないお酒を、この飛行機の中に持ち込んだんですか?」
「そりゃあ、戦闘中に酒を飲むわけにはいかないからだよ。アタシは普段、アルコール度数10%のお酒を飲んでいるだろう?」
「ストロングゼロですね」
「そうそう。それを止めて戦わなければならないわけだから、事前にその分だけアルコール度数が高い酒を飲んでおく必要があるわけだ。今回の戦闘時間を考えると、アタシの計算では約七から八倍のアルコール度数のお酒を事前に飲んでおく必要があるんだよ」
「そこが全く理解できません」
「キミはお酒を飲まないから仕方が無い」
「いや、そういう問題じゃないでしょう! 酔った勢いで、僕に重症を負わせたのを忘れたんですか?」
「覚えているよ。あれは敵が悪い。あの程度の敵しかいなかったから、つい間違えてキミを殴ってしまったんだ」
「いやいやいや! 僕だって認識して殴っていたじゃない……あっ!」
志光が反論している間に、麻衣はビンに口をつけると、ラム酒を一気飲みし始めた。途端に麗奈と彼女の部下が、赤毛の女性から距離を取り始める。
数分もすると、麻衣の目が据わってきた。ロンリコのビンは既に半分ほど空になっている。
「指令機から通信。麻衣はできあがっているか?」
志光が戦々恐々としていると、輸送機の操縦を担当しているウォルシンガム三世の声がスピーカーから聞こえてきた。志光は赤毛の女性の腕が首に巻き付いた状態で、マイクに向かって唸り声をあげる。
「できあがっている! 早く作戦を始めないと機内の搭乗員が犠牲になる!」
「了解。指令機に伝達する。ちなみに、女主人から〝湯崎が執拗にセクハラしてくるが、対応はどうすべきか?〟という通信が棟梁宛てに来ているが、返答はどうするか?」
「作戦に支障を来さない程度に殴ったり蹴ったりしろと伝えてくれ」
「了解。伝達する」
陰気な青年の返答を聞いた志光は天井に目を向けた。麻衣も湯崎も頭がおかしい。もっとも、それぐらい肝が据わっていなければ戦争は難しいのかも知れない。
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