第104話21-4.掃討

「さあ、いよいよ真打ち登場だよ」


 部下たちが派手なネタで客席を温めたのを見計らった麻衣は、黒い手袋に包まれた両手を揉んだ。ゆっくりとした足取りで機外に出た赤毛の女性は、後ろから着いてきたクレアと志光とウニカを振り返って邪悪な笑みを浮かべる。


「敵は格納庫の裏にいるはずだ。襲うぞ」


 彼女はそう言うと、何故か燃える格納庫とは反対方向に向かって走り出した。少年と背の高い白人女性と自動人形も彼女の後に続く。


「志光君。ウニカに囮をさせろ。格納庫と輸送機の間で動いて貰え」


 赤毛の女性の命令に志光は頷くと、自動人形に指示を出した。


「ウニカ。あそこの格納庫の裏側に敵兵がいる可能性がある。輸送機と格納庫の間に立って、相手を引きつけるような動きをして欲しい」

「……」


 ウニカは無言で頷くと、三人から離れて輸送機と格納庫の裏側を結ぶ線上で大げさに動き出した。


 その間に麻衣は爆発のせいで視界不良になった地点を高速で通り過ぎてから走る向きを変え、格納庫の裏手に向かって大回りを始める。WPUの空港に柵は無い。ただ、周囲の地面が平らに整えられているだけだ。


 志光は麻衣の後を追いかけながら、格納庫周辺に視線を注いだ。彼女が予測したとおり、七、八人の敵が格納庫の裏側で大型の対物ライフルを構えて反撃の機会をうかがっていた。


 麻衣は飛ぶように走ると、彼らの斜め後ろから接近した。敵兵の一人が背後を警戒しており、赤毛の女性に気付くと声を上げつつライフルを発射する。


 けれども、強力な弾丸を発射するために銃身が長い銃器で、人間を遙かに超える速度で素早く左右に動く的を狙うには無理があった。


「シッ!」


 敵兵の左サイドに滑り込んだ麻衣は、上半身を回して右腕を伸ばす。青く輝く拳を顔面に受けた敵兵は、瞬間的に体液をアルコールに変えられたせいで急性アルコール中毒を起こして即死した。


 自分達が白兵戦に巻き込まれた事を理解した敵兵たちは、慌てて背後を向いて反撃を試みようとするが、麻衣は意に介せず今度は左腕をすうっと伸ばして上半身を左に回し、敵兵の顔面の前側に拳を引っかける。変則的な左フックだ。


 首が九〇度以上曲がった敵兵は、やはりその場で即死した。そこで麻衣の真横から走ってきた志光が彼女に加勢する。


 少年は青く輝く左手で敵兵の対物ライフルに触れた。加速がついた武器は地面に叩きつけられ壊れてしまう。彼はそこで上半身を回し、銃を落とした相手の顔面に右ストレートを打った。


 頭部を強制的に加速させられた敵兵は、その場でバク転するように回転し、味方を二人ほど跳ね飛ばしてから地面に激突して絶命した。巻き添えを食って転倒した敵兵二名は慌てて立ち上がろうとするが、遠距離からクレアが頭部を撃ち抜いて殺害する。


 一気に五人を失った敵は、それでも何とか反撃をしようとして、一人が麻衣の腹部に狙いを定めてライフルの引き金を引いた。しかし、赤毛の女性は大きくサイドステップして銃弾を避けると、頭を下げて相手に接近し、左肩にライフルの銃身を乗せるような格好から、腹部に右フックを二発続けて叩き込んだ。敵兵は苦痛の余り前屈みになった姿勢で死亡する。


 これで残った最後の一人は恐怖に押しつぶされた。だが、彼が逃げようと背中を向けた途端、スペシャルを使って打ち出された志光のタングステン棒が頭部に刺さって塵と化す。


「戻るよ」


 瞬く間に敵を全滅させた三人は、囮役をしていたウニカと合流してから輸送機に向かって走り出した。彼らの到着を、双眼鏡を手にした麗奈が待っている。


「時間より早いですけど脱出します。早く乗って下さい!」


 三人と一体が後部ランプから機内に乗り込むと、輸送機の警護をしていた分隊が次々に後からやって来た。最後にポニーテールの少女が上がってくると、ランプを閉めて離陸の準備を整える。


「全員搭乗! 離陸をお願いします!」


 麗奈の合図で輸送機が動き出した。麻衣や志光たちが戦っている間に、機首の向きを既に変えていた航空機は、着陸した時と真逆の方向に動き出し、やがて宙に浮く。


 相手が別の空港施設を隠していなければ、これで追っ手が来る心配は無い。後は無事に帰還できれば作戦は成功だ。


「指令機より伝達。損害を報告せよ」

「損害は無し。全員無事です。戦果に関しては不明。後で部下の報告を総合します」


 ウォルシンガムの質問に麗奈が回答すると、機内にわっと歓声が上がった。志光もベンチで溜息をつく。


 どうやら、今回は上手くいったようだ。最終的な状況がどうなったのか、細かいことはまだ分からないが、少なくとも麻衣とクレアと一緒に戦った場所では相手を全滅に追い込めたし、味方から死者は出なかった。


 後はアルコール中毒患者が正気になっているかどうかだ。前回と同じように彼女の抑制が効いていなければ、今度は飛行機から空に飛び出す羽目になる。


 志光は恐る恐る隣席に顔を向けた。麻衣はタオルで頭についた邪素を拭っている。


 彼女は満足そうな面持ちで少年を見ると、右の拳を突き出した。


「さっきのは完璧だったな。やっぱり、戦闘はああじゃないと」

「今回は満足できたんですか?」

「まあね。相手は素人に毛が生えた程度だったけど、戦闘中は生きてる実感がしたよ。命のやりとりをするんだから、本当はもっと骨のある奴と戦いたいけどね」

「僕は生きた心地がしなかったし、今でもちょっとパニックになっているんですけど……」

「場数を踏めば慣れるさ」


 タオルを首に掛けた赤毛の女性は、白い歯を見せると少年の首に腕を巻き付ける。


「帰って一服したら、やることをやろうか?」

「え? ここでその話ですか?」

「当然だろう? 悪魔化しても、人間だった頃の自律神経の仕組みは変わってないんだよ。緊張すれば交感神経が亢進して、弛緩すれば副交感神経が亢進する。戦闘中はアドレナリンが出て興奮するけど、それは性的なものじゃない。動物は安全な場所だと思わない限り、やる気にはなれない仕組みになってるのさ。そして、アタシはもう安全だと思っているわけだ」

「それは食事も一緒ね。私はする前にお腹に何か入れたいわ」


 向かい側で二人の話を聞いていたクレアが、志光の隣に腰を下ろした。そこで麗奈も会話に加わってくる。


「食事、良いですね。作戦が終わったら、私も含めてこの子たちに何か奢って下さいよ」

「もちろん良いけど、魔界にそんな場所があったっけ?」

「現実世界でですよ」

「ああ……そういうことか。見附さんは何が食べたいの?」


 志光に質問されたポニーテールの少女は、親衛隊のメンバーが座っている場所を振り返った。


「棟梁が現実世界でご飯を奢ってくれるって! みんな、何が食べたい?」

 少女たちは一斉に食べ物の名前を言いだしたが、しばらくすると肉という声が大きくなる。

「それじゃ、肉でお願いします! 焼き肉かステーキで!」

「分かった。大蔵さんに美味しいお店を聞いておくよ」


 志光がご褒美の食事を確約すると、複数の「ありがとうございます!」という声が響き渡った。

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