第87話17―2.格闘技と魔力の融合
「フックの対策法は?」
「フッカーは相手のストレートを避けて、ステップインしながらフックを打ってくるか、近寄って相手のストレートに合わせてカウンターでフックを打ってくる。相手を殴ろうとして腕を伸ばした瞬間は、ガードが外れるから狙いやすいわけだ。これを避ける方法は幾つかあるが、一番無難なのが前から言っているようにバックステップだ。後ろに下がってフックを空振りさせろ」
「それでも相手が接近してきたら?」
「本格的なボクシングでは、ウィービングという技術を使う。頭をUの字に回してフックを回避するんだ。教科書通りのフックは、手と肘が肩の高さまで上がってから横方向に振られるので、膝を曲げて頭を下げれば避けられる。ただし、相手が変則派の場合は自殺行為になる」
「どうして?」
「たとえば、ガードを上げず拳が肩よりも低い位置にある構えなら、ウィービングで頭を下げた敵の顔面に拳をねじ込むのは造作ない。タイソンが、まさにこのタイプだ」
「じゃあ、やはり接近されないようにバックステップするのが重要なんですか?」
「その通り。相手はキミより体格が良いから腕も長いけれど、フックが主体ならリーチ差はそれほど気にならない。もちろん、キミがストレートで対応しなければ圧倒的に不利になるけどね」
「それでも捕まるケースは?」
「ある。タックルと首相撲だね」
「タックルって体当たりのことですか?」
「いや、レスリングの技名で、正確にはテイクダウンという。色々な方法があるが、よく使われるのが両足、あるいは片足に対するタックルだ。レッグダイブとも呼ぶ」
「具体的にはどうやるんですか?」
「両足タックルなら、相手の下腹部あたりに胸を張った状態で飛び込んで、両手で膝裏を押しつつ、同時に肩で上半身を斜め上方向に持ち上げる。これでバランスを崩した相手は後ろに引っ繰り返る。素人なら、それで後頭部を地面に打ってオシマイだ。柔道では双手刈りと呼ばれる技だが、あまりにも効果的なので事実上禁止されてしまった」
「柔道の有段者でも躱せない技を、どうやって僕が躱すんですか?」
「がぶりという方法を使うんだが……無理だよな?」
「無理です。それで、もう一つの首相撲というのは?」
「相手の首に両手を回して後頭部を拘束する方法だ。その状態で相手の頭部を無理矢理下げさせ、顔や胴体に膝蹴りを入れるのが、ムエタイなどの格闘技ではよくある攻撃方法だね。相手の頭が下がらない場合は、片手で押さえてもう片方の手で肘打ちやアッパーを入れる。反則だが、ボクシングでもよく見られるテクニックだ」
「レスリングにもあるんですか?」
「あるよ。首を押さえた状態で相手を転がすこともできるし、投げ飛ばすこともある。そこからタックルに移行する方法もある」
「外し方は?」
「押さえつけてくるものなら、後頭部に手を回して指を引っ張れば外せる場合がある。瞬間的なものは外せない。たとえば、左フックを打つフリをして相手の後頭部に腕を巻き付け、固定した状態で右アッパーを打った直後に固定していた手を外すなんてのは私もよくやるけど、あれは相手が至近距離で大振りのフックを打ってきた瞬間に、自分からクリンチや体当たりをするぐらいしか対処法が無い」
「じゃあ、どっちも避けられないじゃないですか」
「そうだね。でも、違うやり方がある」
麻衣はそう言うと意味深な笑みを浮かべた。
「キミがボクシングを練習している理由は? ボクサーを目指していたっけ?」
「いいえ。僕がボクシングを習っているのは、自分のスペシャルを有効に使うためです」
「いよいよ、そのためのトレーニングを始める日が来たって事だよ。今のキミは、四種類のパンチを何も考えずに打ち分けることが出来る。運動の自動化ができているからね。そこにスペシャルを加えることで、生身の人間では不可能な破壊力を生み出して、上手に使いこなすんだ。それがタイソン対策にもなる」
赤毛の女性は手を何度か叩いてトレーニングルームにいた女性陣の気を惹いた。彼女は危険を避けるという目的で、自分の部下達を部屋の一角から遠ざける。
「今のうちに邪素を消費して」
「はい」
麻衣から命じられた志光は、息を吸ってから吐くのを止めて、腹部に力を入れた。少年の全身がうっすらと青いオーラを帯びると、赤毛の女性が握力を鍛えるためのエクササイズボールを持ってくる。
「とりあえず、ありものだけどこれで試してみよう。スペシャルを発動させて」
「はい」
少年が視線を両手に落とし、指先の感触に意識を向けると、両手が青く輝きだした。
「これを投げるから、左ストレートで叩くんだ」
床に片膝をついた麻衣は、そう言うとボールを真上に投げた。
「シッ!」
歯の間から息を吐き出した志光は、ステップインしながら左の拳でエクササイズボールを叩く。
異常な加速力を与えられたボールは、あっという間に壁に当たって四散した。二人の練習を見学していた女性陣から驚きの声が上がる。
「やっぱりな。邪素を消費した練習は、ここじゃ出来ない。大工沢と美作に相談して、専用の道具と場所を作って貰おう」
麻衣は立ち上がると志光に拳を突き出した。少年は彼女の拳に自分の拳を合わせ、自信ありげに笑ってみせる。
ようやく、目指す形が見えてきた。ボクシングテクニックを利用して、触れた物体を加速させる自分のスペシャルの効果を最大限にする。これなら、相手が組み付いてくる前に、手で触れて後方へと吹き飛ばすことが可能に違いない。
翌日、志光は大工沢に会いに行き、簡易の特別練習場を作って貰う約束を取り付けた。それは、ドムスの屋外に両支持型通路用シェルターを十数メートル分設けるという形で実現した。
あり合わせの材料を使っただけだったので、工事は四日ほどで済んだ。それから麻衣と志光は邪素を消費した練習をする際に、その場所を利用するようになった。また、彼らの警護として、見附麗奈を含む数人の女性が見張りに立った。
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