第66話13―1.朝チュン・その3

 特注の大型サイズベッドから、半身を起こして見るアニェス・ソレルの寝室は、家具も壁紙も白色で統一されていた。ゲートの監視室も似たような色合いだったので、恐らく彼女は白色やクリーム色が好きなのだろう。


 地頭方志光は大きく伸びをした後で首を回し、昨晩の浴室で行われた数々の行為を思い返すと自己弁護を開始した。


 そう。最初は父親と肉体関係のあった女性とは、決して〝合体〟しないと誓っていた。いや、正確には嫌悪感で萎えてしまうのでできないと思っていたのだ。


 しかし、現実には肉体的快感が勝った。全く問題無く最後までできたどころか、愛撫だけに限れば、今までの結合経験の中で一番気持ちが良かったと評価せざるを得ない。


 まさか、熱湯で溶かしたローションで、あんなことやこんなことをされるとは思ってもいなかったのだ。気持ちが良すぎで何度も変な声を上げてしまったぐらいだ。


 初心を曲げるのは負けを認めたのも同然だが、あれは仕方の無い事だった。そう。ソレルが上手すぎるのが悪いのだ。


 志光が他罰的な言い訳を脳内で繰り広げていると、彼の隣で寝ていたソレルが起き上がった。褐色の肌は無言でベッドを抜け出し、洗面所で顔を洗ってからメイク道具が一式置いてある場所で化粧を済ますと、冷蔵庫まで行ってペットボトル入りの邪素を取ってベッドに腰かけた。


「お早う」


 彼女はそう言うとボトルのキャップを外し、志光に手渡してくれる。


「お早う、ソレル」


 志光は当然のように容器を受けとり、ボトルの中身を嚥下した。ソレルは少年の頬にキスをすると、全裸のままベッドの上であぐらをかき、全身から青いオーラを立ち上らせる。


 志光は無言で彼女の行為を見守った。しばらくすると、青いパチンコ玉のような〝蝿〟が幾つも形成され、寝室から飛び去っていく。


「何かを監視する……つもりなのかな?」

「そうよ。昨日、ウォルシンガム三世に命令して、ある情報を流しておいたの」

「どんな情報を流したの?」

「あなたが虚栄国にいるという事実を明かしたのよ。クレアにも同じ報告をしてもらったわ」

「……ひょっとして、クレアさんを監視している奴をあぶり出すため?」

「ええ。もしも相手が彼女を尾行しているなら、この虚栄国でウロウロしているか、押っ取り刀で駆けつけている最中のはずよ」

「なるほど……」

「ベイビーにして貰いたいのは囮役。私がエスコートするわ」

「僕が囮?」

「ええ。ここを出て、私と歩くだけよ」

「いいよ。武器は?」

「相手が武装していたら、私か私の部下が気付くから、持っていく必要は無いわ」


 志光が同意をすると、ソレルはもう一度彼の頬にキスをしてベッドを降りた。彼女は隣室のクローゼットに入り、何枚もの下着を抱えて戻ってくる。


「好きなのを選んで。ベイビーと一緒にいる時は、あなたが好きな下着を履くわ」


 ベッドの上に置かれたショーツ類を見聞した少年は、サスペンダーマイクロショーツを選んで褐色の肌に渡す。


「これが良い」

「一番刺激が強いのを選んだわね」

「ソレルに対しては、自分の気持ちを正直に言うことにしたんだ」

「どうして?」

「日々のソロ活動まで監視されている相手に、取り繕っても仕方が無いからだよ。それで、その下着を履くのは嫌なの?」

「嫌なら最初から持ってこないわ。もしもベイビーが選べなければ、私がそれを選んでいたと思う。相性は最高ね」

 ウィンクをしたソレルはサスペンダーマイクロショーツを穿き、アッシュの毛髪をかき上げて蠱惑的なポーズをとった。

「エロいよ」


 志光が褒め言葉を漏らすと、彼女は満足げに頷いて再びベッドから離れる。


 次に戻ってきた時、褐色の肌はシースルーのイブニングドレスに身をまとい、タキシード一式を抱えていた。


「立って」


 全裸の少年を立たせたソレルは、かいがいしい態度で彼に下着と靴下とトラウザーズを履かせ、シャツを羽織らせ、サスペンダー、蝶ネクタイ、ベスト、ジャケットと、次々と身につけさせていく。最後に革靴を履かされた志光は、彼女のエスコートで鏡の前に行き、服に着られている自身を見る羽目になった。


「似合ってない」

「そのうち慣れるわ」

「それで、こんな格好をしてどうすればいいの?」

「私と虚栄国を歩き回るだけでいいわ」

「時間がかかりそうだね」

「まさか。この国の主な建物は1つだけ。大きさは、大型ショッピングモールぐらいよ。地下二階、地上四階のね」

「なるほど。それで、ここは?」

「地下二階よ」

「悪魔は地下が好きだよね」

「外を見ても詰まらないから仕方が無いのよ。だって、常夜に青い雨が降り注いでいるだけですもの」


 肩をすくめたソレルは、少年の左腕に自らの右腕を巻き付けた。


「そろそろ行きましょう」


 彼女はヒールを履いた足をベッドルームの出口に向ける。


 ソレルの部屋も、魔界日本の幹部達の私室と同様に、出入り口は分厚い鉄扉だった。部屋の外が、天井の高い通路なのも、その奥に螺旋階段があるのも一緒だ。しかし、階上に行っても狭い通路が続く点がドムスとは異なっていた。


 志光は周囲を見回しながら、ソレルに疑問をぶつけてみた。


「ここは地上じゃ無いよね? ドムスの時は階段を上ったら一階だったんだけど……」

「私の私室は地下二階にあるの。地下一階は虚栄国を運営するための資材置き場や私の部下の住居に使われているわ」

「警備をしている悪魔が見当たらないけど?」

「不要よ。この通路はくねくね曲がっているでしょう?」

「うん」

「それぞれの通路に、悪魔でも吹き飛ぶ量のIEDが仕掛けられているわ。即席爆弾の事ね。私は〝蝿〟で敵を監視して、ここまで侵入してきたら爆弾の起爆装置を作動させる。それで終わりよ。この通路に味方がいるだけ邪魔なのよ」

「なるほど……」


 褐色の肌から事情を説明された少年は、通路の壁や床、天井に目を凝らすが、どこに爆弾が仕掛けられているのかはさっぱり解らない。そのうち、通路はエレベーターの出入り口がある場所で行き止まりになった。

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