第65話12―2.マイクロビキニ
「暑いわね。脱ぐわ」
扉の前で立ち止まったソレルは、意味ありげに笑うと服を脱ぎだした。カットソーとショートデニムパンツの下にあったのは、面積が極端に狭い白色をした水着だった。
志光の両目は褐色の肌に釘付けになった。マイクロビキニだ。ここ数日で、女性の下着姿への耐性は身についたつもりだったが、ここまでエロティックな衣裳を目の当たりにするのは初めてだ。
そもそも、手脚が長くモデル体型のクレア・バーンスタインや、スポーツ選手然とした体型の麻衣に比べると、アニェス・ソレルの身体はほどよく脂肪が乗っており、かつ乳房も臀部も規格外の大きさを誇っている。要するに、男受けする肉体なのだ。
それが、よりにもよってマイクロビキニを身につけている。父親の愛人でなければ、一も二も無く挑みかかっていたかも知れない。
志光は目を血走らせながらも、どうにか自制心を発揮した。その様子を見ていたソレルは、視線を斜め上に向けてから、特注サイズのベッドに置いてあった大型タブレットを取ってくる。
「この格好で、ベイビーが落ちないとは思ってもいなかったわ。色気不足?」
「違いますよ。ソレルさんは父さんと〝関係〟があったんでしょう? そういう女性と、僕も〝関係〟を持つのはおかしいかなって……」
「現実世界の倫理観ならそうでしょうね。でも、ここは魔界よ……と言いたいところだけど、悪魔になりたてのベイビーに、こんな説得は通じないわよね」
「そこは解っているんですね」
「私の仕事は情報収集。それぐらいの理解力はあるわ」
「良かった」
志光が胸をなで下ろすと、ソレルも一緒に微笑んだ。彼女はその表情のままで、大型タブレットを少年に差し出してくる。
「でも、ベイビーは私が悪魔だと言うことを忘れてない?」
要領を得ない面相になった志光は、褐色の肌からタブレットを受け取った。液晶画面には、恐らく小学生頃の自分自身が、布団にうつ伏せの姿勢で表示されている。何故か顔が赤い。
「これは?」
「ベイビーが十一歳の時の写真よ。初めて精通した記念に撮影したの。最初は床オ×ニーをしていたでしょ?」
「……なんでこんなものを?」
「私があなたのことをずっと監視していたって説明していたはずだけれど?」
「聞いてますよ。でも、ソロ活動まで監視されているという話は初耳です」
「当然だから、説明する必要も無いと思っていたの。次の画像を見て。これは中学一年ぐらいのオナ×ーね。使っているのは『COMIC LO』だったから、小児性愛者じゃ無いかと気が気じゃ無かったわ」
「僕がどんな本でソロ活動しようが、僕の勝手のはずだ!」
「その通りよ、ベイビー。それで、次に行くわね。この画像は中学二年生の頃のオナニ×で、使っているのは『COMIC 高』。この頃は学生服がポイントだったみたいね」
「僕が何に性的興奮しようが、僕の勝手でしょう!」
「その通りよ、ベイビー。次に行くわね。この画像は中学三年生の頃のオナニ×で、使っているのは『完熟ものがたり』。この辺で、ようやくベイビーについて理解できたの。あなた、基本的に節操がないタイプね。共通しているのは出版社だけじゃないの」
「エロ漫画雑誌の出版社がどこかなんて知りもしませんよ! それで、ソレルさんは一体何をしたいんですか?」
「この画像、魔界日本の幹部連に配っちゃおうかなあ」
志光からタブレットを取り返したソレルは微笑みを浮かべたまま恫喝を開始した。
「止めて。マジで止めて。死ぬ。そんなことしたら死ぬから」
顔を真っ青にした少年は、タブレットに手を伸ばそうとする。
「無駄よ。このタブレットを壊しても、画像データは複数の記録媒体に保管してあるわ」
「汚いぞ!」
「お褒め言葉をありがとう。でも、ベイビーも悪いのよ」
「どうして?」
「だって、これだけオカズに一貫性が無いってことは、私が相手でも十分に〝出来る〟ってことでしょう? 私だってその気になるわ」
「出来るのとするのとは違う!」
「その通りね。そこで、私からの提案。今から三時間だけ、私と一緒にお風呂に入って。そうすれば、さっきの写真は公開しないでおいてあげるわ」
「お風呂に三時間も?」
「そうよ。さあ、いいから中に入って」
着せたばかりのバスローブを志光から引き剥がしたソレルは、彼をバスルームに押し込んだ。少年が所在なげに立っている傍らで、彼女は立てかけてあった銀色のエアーマットをタイルの上に置く。
「これは?」
「ローションマットよ。上下のどちらにも枕になる部分がついているでしょ?」
「いや、そういう意味じゃ無くて、これは何に使うんですか?」
「もちろん、ベイビーが寝っ転がるために使うのよ」
褐色の肌はそう言いながら、今度は中央部に凹みのあるバスチェアを置いて志光に勧めてくる。
「これに座って。身体を洗ってあげるわ」
「あの……これ、なんで真ん中に凹みがあるんですか?」
「後で解るわ。いいから座って」
「はい」
少年が椅子に腰かけると、ソレルは彼の背中からシャワーをかけ、石鹸をこすり、泡立てネットでできた泡で全身をくまなく洗ってくれる。くまなくだ。
志光は、その過程で椅子の中央が凹んでいる理由を悟った。これは駄目なサービスだ。こんなのを受けていたら、確実に骨抜きにされてしまうだろうし、もう自分は虜になりかけている。
にもかかわらず、ソレルはだめ押しとばかり弾力のあるたわわを少年の背中にべったりと押しつけてくる。
「どう、ベイビー? 気持ち良い?」
「凄く良いですけど、これ、なんなんですか?」
「ソープランドのサービスよ」
「そ、ソープ? あのソープランドの?」
「ええ。ソープ嬢から教わったの。でも、こんなのは、まだ序の口よ」
褐色の肌は風呂場のタイルから立ち上がり、志光の前に立つと、見せつけるようにマイクロビキニを脱いだ。彼女は続いて風呂桶に大量のローションを垂らし、その上から熱湯をかけると、それらを手で縦方向に回転させて混ぜ合わせる。
「さあ、そこのマットに寝て。今からお姉さんと忘れられないぐらい良いことしましょうね」
ソレルの猫なで声を聞いた少年は催眠術にかかったように風呂椅子から立ち上がり、仰向けの姿勢でマットに寝転がった。ソレルは嬉しそうに頷いてから、風呂桶に入ったお湯とローションの混合物を彼の胸元にかけた。
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