第53話9-4.アニェス・ソレルからの電話

「一般信者を媒介者側のエリアに誘導することは可能ね?」

「ディルヴェの元信徒だったら簡単ですよ。私と茜ですけど。今日はイベントもないから、信者の数がそもそも多くないはずですし」

 背の高い女性の質問に反応したのは麗奈だった。茜も同意の印に首を縦に振る。

「見附さんには、戦闘に参加して貰わないと困るわ。信者の避難は過書町さんと大蔵さんの担当でお願いするわ」

「分かりました。事務方が前面に立っても足手まといですしね」

 大蔵はそう言うと茜を見た。眼鏡の少女も中年男を見返して頷いてみせる。

「避難階段と一般信者と媒介者を分けている出入り口の二カ所が監視エリアになるわ。過書町さんは武器を持っていなかったわね」

「慣れていないので……」

「茜。これを持って」

 麗奈はそう言うと、一旦対戦車ライフルを下ろし、スクールバッグを茜の手に握らせた。

「この中に、対戦車手榴弾が入っているから。使い方は分かるよね?」

「一応は……」

 眼鏡の少女は不承不承という感じで二つめのバッグを提げる。

「練習を思い出して! それと半分は大蔵さんにあげて」

「分かったわ」

「志光君。銃の装填を手伝って。準備が出たら、私達は一階に戻るわよ」

「分かりました」

 クレアの指示を受けた志光は、床下収納に入っていたアモカンを引っ張り出した。すると、背の高い女性が持っていたスマートフォンが、着信を奏で始める。

「あら……」

 画面を見たクレアは独りごちると、多機能携帯電話を耳に当てた。彼女は通話相手と言葉を交わしてから、片手で志光を呼び寄せる。

「志光君。貴方と話したいと言っている人がいるわ」

「こんな時にですか?」

「こんな時だからでしょうね」

「どなたですか?」

「話せば分かるわ」

 クレアから差し出されたスマートフォンを受け取った少年は、スピーカー部分に耳をつけた。すると、落ち着いた女性の声が聞こえてくる。

「地頭方志光君? 初めて話をするわね。私の名前はアニェス・ソレルよ」

「初めまして、ソレルさん。地頭方志光です。お名前は伺っております」

 返事をした志光は深く息を吸った。アニェス・ソレル。これまで何度も聞いた名前だ。

 美作は魔界の実力者だと言っていた。果たして、どんな人物なのだろう?

「うふふ。残念だけど、私と志光君は初めて会ったわけでは無いわ。一方的に私が貴方のことを知っているの。イチローから頼まれて、ずっと監視していたのよ」

「僕をですか?」

「ええ。イチローの私生活に関わっていたから、私は他の魔界日本の幹部連とは事情が違うのよ。それで、確認なのだけれど、志光君は新棟梁に就任するつもりなのよね?」

「はい。そうです」

「ここで殺されるつもりは?」

「さらさらありません」

「私を頼ってくれれば、敵を撃退できる可能性が高まるけれど?」

「頼りたいです。どうすれば良いですか?」

「対価が欲しいわ。おいくらいただけるかしら?」

 ソレルの質問を聞いた志光の脳内で美作の「ソレルはキミを試す目的で無理難題に近いことをふっかけてくるはずだ。それを倍返しぐらいの条件で受け入れるんだ」という言葉が蘇った。少年はゆっくりとした口調で条件を提示する。

「僕が悪魔にならなかった時のことを考えて、父は六億の遺産を用意してくれました。その全額をソレルさんにお支払いします」

「……全額?」

「はい。それだけの価値のある女性と伺っています」

「誰から聞いたの?」

「美作さんです」

「そう……それで、あの子の言うことを、そのまま実行したのね?」

「そうです。お嫌ですか?」

「まさか。素敵よ。気に入ったわ」

 電話から聞こえるソレルの声が熱を帯びた。彼女は嬉しそうに話を続ける。

「でも、六億は遠慮しておくわ。手切れ金だったら嫌ですもの。〝虚栄国〟のようにね」

「どういう意味ですか?」

「それは後で話すわ。まず、今の状況を説明するわね」

「はい」

「貴方たちの敵は四体の魔物と一人の悪魔よ」

「僕達の敵は、四体の魔物と一人の悪魔なんですね」

 志光はわざと周囲に聞こえる大声でソレルの言葉を復唱した。クレアと麗奈は少年の発話を耳にすると、何度も軽く頷いてくれる。

「魔物は対物ライフルで射撃が出来るわ。使っているのはダネルの二〇ミリよ」

「魔物は対物ライフルで撃ってくるんですね? 種類はダネルの二〇ミリで間違いないですか?」

「間違いないわ。敵の位置は、その施設を囲むように四方に展開しているの。特に本部機能のある建物は、三方向から狙撃の対象になっているわ」

「敵はこの施設を四方から囲むように展開しているんですね? 敵が建物の中に入ってくる可能性はありますか?」

「敵は四体しかいないから、損害覚悟で突撃する可能性は低いと思うわ」

「敵は四体しかいないから、損害覚悟で突撃してくる可能性は低いんですね?」

「そうよ。その調子よ、ベイビー」

「ありがとうございます。それで、僕達はどうすれば良いと思いますか?」

「建物の中にいる利を活かすのよ。その建物は前方後円墳を模したものでしょう? だから正面に方を見て右から左か、左から右に動けば最短で反対側の辺に移動できるわ」

「正面に方を見て右から左か、左から右に動けば最短で反対側の辺に移動できるので、そのどちらかにいる敵を攻撃すれば良いんですね?」

「そうよ。どちらかの敵に二人以上で攻撃を仕掛ければ、短時間だけど数的優位が作れるはずよ」

「片方に二人以上で攻撃をかけて数的優位を作るんですね?」

「そうよ。そして、敵を倒したら反対側のサイドに移動すれば敵を出し抜けるわ」

「ありがとうございます」

「貴方たちがどちらか一体を倒すか釘付けにしたら、私も加勢するわ。私は白いライダースーツを着てバイクに乗っているから誤射しないでね」

「僕達が魔物のどれか一体を倒したら、ソレルさんが加勢してくれるんですね? その時は白いライダースーツでバイクに乗ってくるから誤射しないようにしろと?」

「そうよ。じゃあ、私は敵に気づかれない場所で待機しているわ。クレアによろしくと伝えておいてね」

 ソレルはそう言い残すと電話を切った。志光はスマートフォンをクレアに返す。

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