第38話6-7.腰のキレを増す練習
「どうしたんですか?」
「志光君がお前の着替え姿をガン見していたから注意したんだよ」
「え? ということは、私に興味があるって事ですか?」
ポニーテールの少女は目をギラリと輝かせると、床に腰を落としている少年の顔を上から覗き込んできた。視線を逸らした志光は、小声で己の欲望を肯定する。
「ま、まあ……興味はありますよ」
「嬉しいです! ちなみに、新棟梁はもう童貞じゃないんですよね?」
「ああ。昨日、クレアがやれるだけやった」
赤毛の女性は少年の代わりに彼の性情報を明らかにした。麗奈は満足そうに頷いて、顔を真っ赤にした志光の傍らに座る。
「気が向いた時に呼んで下さい! 私と何人かの子は処女なんで、最初の相手は新棟梁だねって、みんな言ってますから」
「しょ、処女?」
「はい! 下手くそなんで、クレアさんみたいなのは期待しないで下さい」
「ああ、ええ、はい……」
「あれ? 気のない返事だね。ちゃんと見附の気持ちに応えてあげなよ」
麻衣は意外そうな顔をして、志光の前であぐらを組んだ。彼女はパンチングミットを外して大きく伸びをする。
「ひょっとして、リードしてくれる女性じゃないと駄目とか?」
「いや、父さんは部下の女性に同じ事をしていたのかなって思っちゃって……」
トレーニングルームにした全ての女性が、少年の一言に動きをピタリと止めた。室内を見回した志光は、彼女達の放つ殺気に圧倒される。
「あの……僕、何かマズいことを言っちゃいました?」
「キミのお父さんは、女性の胸部にしか興味のない男だったんだよ」
麻衣も心なしか目を吊り上げて、少年に事情を語り出した。
「胸部って……もしかしなくてもオッパイのことですよね?」
「そうだよ。Fカップ以下の女性はお呼びじゃなかった。ヤツが言い放った名言は今でも忘れない。〝Fカップ以上にあらずんば、女にあらず〟。そういうわけで、私も含めてここにいる連中で一郎氏のお手つきになったのは一人もいない」
「あ、ああ……そういえば、死んだ母さんも胸は大きかったな」
「志光君……ママ自慢かい? そのネタは、ここにいる女性陣全員を敵に回すのと一緒だけど?」
「すいません! すいません! どうリアクションして良いのか解らなかったんです!」
「なんだ、喧嘩を売っているのかと思ったよ」
麻衣は大笑したが、彼女の目は据わっていた。麗奈も微笑んでいるが、眉間に青筋が浮かんでいる。
志光も笑いながら正座の姿勢になると、ジリジリと二人から距離を取った。
これはマズい。父親の性癖のお陰で窮地に立たされた。
自分が本当に知りたかったのは、父親と性的な関係を持った相手の存在だったのだ。父親と寝た女性と「合体」するのはいかがなものかと思ったからなのだが、まさか全員が肘鉄を食らっているとは想像もしていなかった。
美作にも女性から嫌われるなと言われている。ここは何としても穏便に事を収めなければならない。
「あのぉ、ちょっと空気が悪くなっちゃったんで、少し休憩でもしませんか? それで気分転換でもすれば……」
志光がそこまで言いかけた時、麻衣と麗奈がその場から立ち上がった。二人は前後から少年を挟んで逃げ道を封じてしまう。
「休憩? 良いよ」
前から詰めてきた麻衣は、薄ら笑いを浮かべながら志光の肩を叩いた。
「でも、その前にこの部屋にいる女性陣に言うことがあるんじゃないのかな?」
「も、もう謝ったじゃないですか!」
「何を言ってるんですか、新棟梁。私達は貴方の謝罪なんて聞きたいわけじゃないんです」
背後から少年を羽交い締めにした麗奈も、背筋が凍るような声音で囁いてくる。
「な、何? 何を言えば良いんですか?」
「解らないかあ。頭の回転が良いキミらしくないなあ」
「ちょっと麻衣さん! そんな勿体ぶった言い方は止めてくださいよ。顔が恐いですよ!」
「気のせいだよ、志光君。まあ、どうしても解らないというのであれば、アタシが言ったことを復唱してくれれば良い」
「復唱って……何をですか?」
「だから、これからアタシが言う台詞を、なーんにも考えずに繰り返してくれれば良い」
「それさえすれば、休憩になるんですか?」
「なるよ」
「わ、解りました。じゃあ、お願いします」
「私こと地頭方志光は……」
「私こと地頭方志光は……」
「父である一郎と違って女性のえり好みは一切致しません」
「父である一郎と違って女性のえり好みは一切致しません」
「胸の大きさで女性を差別しません」
「胸の大きさで女性を差別しません」
「年齢も気にしません。幼女から老婆まで何でもありです」
「年齢も気にしません。幼女から……って、さすがにそれはマズいですよ! それに、少しぐらいはえり好みさせてくださいよ!」
「ほう……どんな条件なのかな?」
「そうですね。やっぱり性格かな」
志光の解答を聞いた全ての女性たちの眉間に深い皺が刻まれた。般若のような相貌になった麻衣は、先ほどよりも強く少年の肩を叩く。
「性格? 昨日まで女性と一度もつき合ったことがなかったのに、大事なのは性格? どうやって会ったことも無い相手の性格を判別するんだい? ひょっとしてエスパーとか?」
「そこまで……そこまで言いますか。良いでしょう。正直に言いますよ。女性とつき合ったことがないので性格は判りません。概ね顔や服装で判断しています。麻衣さんの言ったとおりですよ。でもね、だからこそ性格が気になるんですよ! 性格に問題のある女性がいたら、そいつに何をされるか分かったもんじゃないですか!」
「なるほど。我が身は振り直さない、ということだね?」
「だ、誰もそんなことは言ってないですよ!」
「キミは純真で騙される側で、悪いのは全て女性……そう言いたいんだね?」
「ち、違います!」
「今、噛んじゃったのはどうしてかな?」
「それは、ですね……」
「まあ、でも実はそんなに怒ってないんだ。キミがそういう態度をとるのは、まだ童貞を卒業してから一日しか経っていないのが理由だってことは、ちゃんと分かってるからね」
空笑いした麻衣は、手首に巻いた帯を外し、指ぬきグローブを脱ぎ捨てた。彼女が目で合図をすると、少年の背後にいた麗奈は彼を解き放つ。
「右ストレートを打つ練習をしていた時に、何となく分かっていたんだ。腰のキレが悪いのは、まだ童貞臭さが抜けていないせいだってね」
赤毛の女性が志光の腰を手の平で叩いている間に、ポニーテールの少女は二人の周辺に立っている部下たちを無言で二つのグループに分け始めた。
「あの……何するつもりなんですか?」
「約束通り休憩だよ。ラブホテルそっくりのお部屋に戻ろうか? クレアの仕込みだけじゃ足りなかったみたいだからね」
「休憩は……ここでしませんか?」
「みんなの前でしたいのかい?」
「あの……するってアレですよね?」
「アレじゃ分からないな? 具体的に言ってくれないか?」
「…………セ×クス」
「正確には、経験者とのセッ×スだね。処女組は見学に回る。分かり易く言うと〝非処女で練習〟だ。嬉しいだろう?」
「嬉しくて死にそうなので、お気持ちだけで何とかなりませんか?」
「みんなに聞いてみれば?」
麻衣に言われた志光は、自分を取り囲んでいる少女達を眺めた。一つのグループには見附麗奈がいるので、あちらが処女組だろう。とすると、残ったこちら側が非処女組か?
「あの……」
志光が口を開くや否や、ピンク色の下着を着けた少女が彼の背中に回り、片手で口を押さえた。彼女は目で麻衣とやりとりしながら、少年にまくし立てる。
「先ほどの宣言に感動させていただきました。新棟梁は前棟梁と違って女性を差別されないとのことで、私達も凄く期待しています。つきましては、私達で十分に鍛錬なさって下さい。ネットにもよく書いてあるじゃないですか。〝非処女は中古〟とか〝処女とするまで中古肉便×で練習だ〟とか。そういう下品な気持ちで練習されると、きっと腰もキレキレになるし、ボクシングの練習にも良い影響が出ると思うんです」
ピンクの下着が長広舌をふるっている間に、オフホワイトの下着を着けた少女が志光の両足首を握った。更に別の少女が少年の腰の下に手を差し込む。
「じゃあ、みんな寝室に行こうか」
麻衣が手を叩くと、三人の少女が志光を抱え上げた。くぐもった悲鳴を上げながら、自室に連れ戻される少年の後を、下着姿の少女達がぞろぞろとついていった。
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