第39話7-1.東京の白人

 ライトバンの外はアジア人だらけだった。たまに違う肌の色を見かけるが、概ね褐色か黒で、本物の白は数えるほどしかいない。


 ここは日本なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、色つき(カラード)がウジャウジャいると蟻の群れに見える。こいつらが、まともに国家を運営できるのだろうか?


 ホワイトプライドユニオンの棟梁であるゲーリー・スティーブンソンは、車の助手席から池袋駅前の雑踏を眺めながら軽く首を振った。運転席ではマネキン人形のように表情が無い白人男性がハンドルを握っている。


 白いライトバンは東京都道三〇五号線を起点に向かってさかのぼり、池袋東口駅前で左折すると四三五号線に乗り換えた。信号機を三つ超えたところで自動車は首都高速五号線の下に潜り込む。


 一日の平均乗降数が五十五万を超える、新宿に次ぐ日本第二位を誇る池袋駅周辺でも、さすがにここまで来ると人いきれは消える。ゲーリーはほっとした面持ちになると、座席の背もたれに寄りかかった。


 吊り目(スランツ)、吊り目、吊り目……東洋人(オリエンタル)にはうんざりだ。もしも、魔界日本の領土を乗っ取らなければ、こんなところまで来る事は永遠に無かっただろう。


 だが、白色人種の優位性を証明するためにはやむを得ない措置だった。お陰で、不本意とはいえビジネスチャンスも転がり込んできている。


 ただし、計画を成功させるためには、魔界日本の排除を避けて通れない。もちろん、自分達には「それ」をやってのけるだけの知力も実行力も備わっている。


 ゲーリーがぼんやりと考えている間に、ライトバンは右折して雑司が谷霊園沿いの細い道に入った。車はやがて邸宅の前で停車する。


 和風の邸宅は石積みの塀の上に立てられており、入り口にはコンクリート製の傾斜があった。再び動き出したライトバンは短い坂道を上り、邸宅の前でエンジンを切る。


「暑いな」


 車を降りたゲーリーは、湿気の多い日本の夏に渋面を作り、手で額の汗を拭った。綺麗にそり上げたスキンヘッドが陽光を反射する。


「荷物を奥の部屋まで運べ」


 スキンヘッドはマネキンのような白人男性にそれだけ告げると、日差しを避けるように玄関の引き戸を開けた。土間と奥の廊下には数体のカニ男が雨合羽を着けず立っている。


 ゲーリーは彼らを一瞥すると土足のまま室内に入り込み、廊下を右折して突き当たりの左側にある階段を上り、正面の扉を開けた。


 八畳ほどの広さがある洋間は冷房が効いているらしく、室内の温度は低かった。バルコニー近くの豪華そうな椅子に、オフホワイトのスーツを着た男が座っている。


 髪をツーブロックに刈り込んだ男は白人で口ひげを生やしていた。ゲーリーを見た口ひげは、椅子から立ち上がると彼の肩を抱き、頬をすり寄せる。


「よお、首領(カポ)。直々のお出ましか」

「貴方が呼んだんじゃないか、ジョゼッペ」


 ゲーリーはジョゼッペと呼んだ男から離れると、力強く握手を交わす。


「なあ、首領。会って早々なんだが、スーツは着ないのか? 身だしなみをきちんとしないと、下の者に舐められるぞ」


 口ひげはそういうと、黒い長袖のシャツにモスグリーンのカーゴパンツ、黒いスニーカーを身につけたゲーリーを値踏みした。スキンヘッドは軽く首を振ってジョゼッペの提案を却下する。


「申し訳ない。スーツは造形の仕事に向いた服では無いんだ」

「作業の時だけ着替えれば良いじゃないか」

「……分かった。貴方の言うとおりにしよう」


 スキンヘッドはすぐに前言を撤回し、ジョゼッペに同意した。口ひげは納得した面持ちになり、ゲーリーの肩を叩く。


「あんたは下っ端(ソルジャー)じゃない。見た目は大事だぞ」

「確かに」

「まあ、堅苦しい話はここまでにしよう。こちらの状況を説明する」

「頼む」

「六本木での麻薬売買だが、売り上げは順調だ。最初は、あの辺を縄張りにしていた組織が邪魔を散々してくれたが、それも俺が排除した。その時に、奴らが貯め込んだ金も頂戴してある」

「これで池袋と六本木が支配下になったということか?」

「そうだ。ただし、収入源はあくまでも密輸した武器と薬だ。吊り目(スロープ)相手の高利貸しやみかじめ料の徴収はする気が起こらない」

「そこまで貴方にお願いをする気は無い。今だって、日本人だらけの場所を管理させてしまって申し訳ないと思っている」

「首領の命令に従うのは当然だ。それにこの仕事は利ザヤがでかい。何せゲートを使ってアメリカから大麻と武器を持ち込むだけだからな。それじゃ、分捕った金を受け取って貰おうか」


 ジョゼッペは洋室の扉を開け、ゲーリーを手招いた。隣の和室には、金属製の頑丈そうなキャリーケースがいくつか置かれている。


「その中に札束を詰めてある。日本円だ」

「ありがとう。後で確認する」


 ゲーリーは再びジョゼッペの手を握り、感謝の意を表した。


「これで大型の3Dプリンターを購入できる。魔物の量産に目処がつく」

「それは良かった」

「後は有色人種(カラード)を殺した警官の裁判にも幾らか回したい。アメリカ国内の白人優位主義の最前線が警察だからな」

「そいつはあんまり嬉しくない話だな」


 ジョゼッペは不機嫌な面持ちになり、スキンヘッドを軽く睨みつけた。


「首領が何をしようが勝手だが、サツの話は俺にしないでくれ」

「……すまない。貴方とは仇敵だったな」


 ゲーリーは口ひげに謝罪しつつ、心中で舌を打つ。


 自分としたことが、うっかり口を滑らせてしまった。目の前にいる悪魔が、元々はシチリアマフィアの幹部だったことを忘れていた。


 今の組織に、彼のような汚れ仕事が出来る男は貴重だ。ここで喧嘩をするのは得策では無い。

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