第21話3-11.〝スペシャル〟発動

「私から行くわ。少し離れて」


 志光がバーベルシャフトと弾薬箱を岩の上に置いて後ろに下がると、背の高い女性は五〇キロ近いライフルを上空の怪物に向けた。彼女はよく狙った上で引き金を引くが、派手な爆発音に反して空飛ぶ蛇に当たった気配はない。


「バーベルシャフトを一本だけ持って」


 銃口を魔物に向けながら、クレアが志光に指示を出した。


「はい!」


 少年は膝をついて帯をほどき、持ってきたバーベルシャフトと棘を組み合わせた武器を両手に持つ。槍は重かったが、腕が伸びきるほどではない。どうやら邪素を消費して怪力を得る方法は、スイッチさえ入ってしまえば継続するようで、常に呼吸を整えている必要は無さそうだ。


「持ちました!」

「銃口と同じ方向に先端を向けて。私が撃った直後に槍を同じ方向に発射するのよ」

「発射方法が解らないんですけど!」

「邪素を利用した能力の多くは、呼吸と強い相関関係があるわ。息を止める、息を吐く、逆に息を吸う……そうした行為がスイッチになっている場合が多いの。後は意識ね」

「意識?」

「志光君の場合、両手に印が出たから、そこをじっと見たり、後は指先の神経に意識を集中することで、消費する邪素をコントロールできるはずよ」

「意識すればするだけ、邪素を多く消費できると言うことですか?」

「例外はあるけど、基本的にそうね。まずはそこからやってみましょうか」

「はい」

「焦らなくて良いわ。あの羽のついた蛇は、見附さんが言っていた通り陽動役を任されているだけで、こちらに襲いかかってくる可能性は低いわ。私は引き続き射撃をしているから、志光君は順備に入って」

「解りました!」


 背の高い女性が対戦車ライフルを定間隔で撃っている間、志光はバーベルシャフトを握った両手に視線を落とした。同時に指先の感触にも意識を向けていると、両手が青く輝き出す。門真麻衣の時とよく似た現象だ。


「手から青い光が出てきました!」

「良い調子ね。槍の先端を上に向けて。私の方に飛んできたら恨むわよ」

「はい!」


 志光は対戦車ライフルの銃口と同じ角度に槍の先端を向けた。そこには相変わらず、空を飛ぶ蛇の姿があった。


「最初は当てようとしなくて良いわ。呼吸と発動の関係を確かめるの」

「具体的にどうすれば良いんですか? 息を吐くんですか? それとも吸うんですか?」

「吐く方が楽だと思うわ」

「そうします」


 志光はそう言うとゆっくりと息を吐いた。しかし、バーベルシャフトに変化は現れない。


「駄目です。動きません」

「今度は勢いよく吐いて」

「勢いよくって、どうすれば良いんですか?」

「前歯の間に少しだけ隙間を作って一気に息を抜くのよ。麻衣がその方法を使っていたわ。シッという息が抜ける音がするはずよ」

「む、難しそうですね」


 槍の穂先が空を向いているのを確かめた志光は、息をゆっくりと吸い込んでから、前歯に隙間を作って一気に吐き出した。


「シッ!」


 すると、手にしていたバーベルシャフトが目にも留まらぬ速さで上方に飛翔する。二メートル近い武器は、空飛び蛇のすぐ脇を通り抜け、放物線を描くようにして消えた。それは怪物の気を惹くには十分な攻撃だった。


「と、飛んだ! 飛びました!」

「良かったわ。でも、相手もこちらに気がついたのは良くないわね」

「ええ?」

「あいつはここに来るつもりよ。私を認識したんでしょう」


 クレアは足下に落ちた薬莢を見て美貌をしかめた。


「私は後二発ぐらいで弾切れよ。交換している暇は無さそうね」

「新しいバーベルシャフトを持ちます!」


 岩場にしゃがみ込んだ志光は二本目の槍を拾い上げると、その先端を再び黒い空に向けた。自らの羽が放出する青い光に照らされた蛇は、既に頭部をこちらに向けて降下を始めている。


「ホントだ! こっちに来ます!」

「私か志光君を殺す方が、ハラスメントよりも重要だと判断したんでしょうね」

「さっきと同じ方法で攻撃しますか?」

「ええ。でも、今度は私の合図を待って。引きつけてから仕留めるわよ」

「はい!」


 少年は再び両手の触感に意識を集中させた。両手から青い粒子が立ち上るのを認めた少年が正面を向くと、空飛ぶ蛇が間近に迫っていた。


 予想以上に大きい。頭部だけでも一メートル近くはありそうだ。真正面から向き合っているような状態なので全長までは解らないが、最低でも二〇メートルは超えているだろう。


 こんなのに突っ込んでこられたら、いかに悪魔でも単純な運動エネルギーだけで吹き飛ばされそうだ。相手もそれを狙っているのだろう。


 死にたくなければ倒すしかない。死ねば相手は黒い塵になるのだ。


 覚悟を決めた志光は深く息を吸い、クレアからの合図を待った。


「今よ!」


 背の高い女性の号令を耳にした志光は、歯の隙間から勢いよく息を吐き出した。二本目の槍は一本目の時よりも高速で少年の手を離れ、青い尾を引きながら蛇の頭部を直撃する。


 バーベルシャフトに装着した棘が、空飛ぶ蛇の頭部を貫いた。怪物が大きく口を開けると、そこにクレアが二〇ミリ弾を叩き込む。


 立て続けに攻撃を食らった魔物は、力を失ったものの斜め上から岩の上に落下した。クレアと志光は地面に転がって、敵の体当たりをかわす。


 大きな音と共を出しながら岩場に激突した空飛ぶ蛇は、みるみるうちに黒い塵となった。地面にへたり込んだ少年は、引きつった面持ちで塵が魔界の風に吹かれて流される様子を見守った。

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