第20話3-10.魔界の風景
「これもお願いね」
志光はシャフトを担ぎ上げたが、さすがに重い。合計七本だから最低でも七〇キロはあることになる。人間の時だったら引きずって移動するのも難しかったはずだ。
「あら、いけない。忘れていたわ。口を開けて」
全ての準備が整うと、クレアは思い出したように水筒を取り出した。彼女は両手が塞がっている少年に、邪素を追加する。
「志光君が持っている固有の能力を使っても邪素は消費されるわ。事前に補給しておかないと、使えるまでにタイムラグがあるから」
「ありがとうございます」
「じゃあ、そろそろ行きましょう。これだけ時間を浪費すれば、門真さんと見附さんがドムスの周りの警備員を説得し終わっているでしょう。それに、運が良ければ相手が退散している可能性もあるわ」
「僕は格好だけでも戦わなければいけないんじゃないんですか?」
「貴方を新棟梁として担ぎたい人たちならそう考えるでしょうね。私の役目は志光君にお父様の遺産を相続させることだから、本音を言えば相続が完了するまで誰とも会って欲しくないぐらいよ。実際には不可能だけど」
石畳に置いた長大な対戦車ライフルを担ぎ上げたクレアは、ゆっくりと階段を降りだした。左手に弾薬箱を持ち、右肩にバーベルシャフトを抱えた志光は彼女と並んで歩き出す。
現実世界と同様にゲートの出入り口周辺は厳重に警備されているようだったが、人工的に掘った穴の奥に設けられているのではなく、自然に作られた地形を利用していた。洞窟内部は主に黒い石で形成されていたが、形状は不規則で天井に照明もない。
しばらくすると、熱い空気が動いているのを表皮の神経が捉えた。風だ。どうやら外が近づいているようだ。
最奥に両部鳥居のある洞穴の入り口には、やはり胸壁を思わせるような石壁があった。風は壁の左右から洞穴に吹き込んでいた。側溝はこの胸壁の下側に入って暗渠(あんきょ)になる構造で、先がどこに続いているのかは判らない。
胸壁の両端には、麗奈と同じ格好をしてバーベルシャフトを改造した武器を持っている少女がそれぞれ一人ずつ立っていたが、クレアと志光の姿を目にすると、慌てて顔をそむけた。恐らく麻衣や麗奈から、そうするように指示をされているのだろう。
背の高い女性も彼女達に挨拶することなく、無言で胸壁の脇を抜けて屋外に出た。
「うわあ……」
彼女の後から屋外の光景を見回した志光は言葉を失った。
まず、空気の温度が鳥居があった場所よりも更に上がっている。しかも、湿度が高いので風が吹いているのに少しも涼しくない。そして、空には光源となるような存在、つまり太陽も月も星も見えない。真っ暗だ。
その代わり、青く輝く邪素の滴が雨のようにしたたり落ちてきている。しかし、その光量は決して強くなく、すぐ闇に飲まれてしまう。
「足下に気をつけて。戦闘中だから灯りは使わないわ。よく目を凝らして注意してね」
クレアはそう言うと、どんどん前に歩いて行く。志光は地面に落ちて筋になった邪素を頼りに、必死になって背の高い女性の後を付いていった。
それにしても、魔界とはよく言ったものだ。周囲は真っ暗で地面も土ではなくて完全な岩。落ちた邪素のたまり具合から、岩に爬虫類のうろこに似たひび割れがあるのが見える。
これと似た形状をネットの写真で見たことがある。柱状節理だ。あれは柱のような岩が集まって平面を作っているような感じだった。恐らく、ここも同じで石の柱は場所によって段差がある。
クレアはこの段差を徐々に降りているようだった。志光は抱えた荷物を落とさないようにしながら、柱状節理のような岩場を進む。
熱風の勢いが強くなった。歩いている右側は岩の縁で、真下に魔界の海が広がっている。海には青く輝く潮流と、黒い潮流が渦巻いており、まるで大理石のような模様を水面に描いている。
風は下から上に向かって吹いているので、海そのものが熱いのが判る。もっとも降ってくる邪素も温かいので、それが特に気になるわけではない。ここで凍死する危険はまず無いだろう。
岩場の縁を降りた先には、それほど広くない平地があった。そこには、窓のない壁で囲われた、直方体に近い黒い建築物が建っていた。
「これがドムスよ。志光君の邸宅になる場所だわ。でも、今は中に入っている時間は無いけど」
「窓がほとんど無いんですね……」
「魔界の風景はほとんど変化しないから、大半の悪魔は観ているうちに飽きるし、それよりも狭い空間で少しでも防壁の役割を果たしてくれる壁が欲しいのよ」
クレアがドムスについて語っていると、遠くから銃声が響いてきた。会話を止めた二人は耳を澄まし、何発もの銃声を確認する。
「こっちに近づいているかもしれないわね」
「確かにどんどん破裂音が大きくなってるような気がしますけど、何が近づいているんですか?」
「もちろん、魔物よ」
背の高い女性がそう言うや否や、光のない空に長い蛇のような怪物が現れた。黒い大蛇は頭に近い部分に小さな鳥を思わせる羽が、胴体の中央部からやや後ろにも大きな鳥の羽がついていた。
空飛ぶ蛇は、羽から邪素を噴出しながら漆黒の空間を飛び回っていた。
「ケツァルコアトルみたいですね」
志光は思わず自分が知っていた神の名を口にする。
「ケツァルコアトル?」
「ええ。アステカ神話に出てくる農耕神で、羽を持つ蛇という意味らしいです」
「じゃあ、あの魔物はその神話上の生物をモチーフに創られたのかも知れないわね」
「あれもカニ男と一緒でまがい物って事ですか?」
「ええ」
「ちなみに、魔界にも固有の生物はいるんですか?」
「存在するけど、その質問に答えている暇はないわ」
志光の言葉を遮ったクレアは、長大な対戦車ライフルを構えた。羽を持った蛇は、こちらに気がついていないようで、地上から飛んでくる弾丸を悠々とかわしている。
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