第19話3-9.専用武器

「な、何なんですか、この仕掛けは?」

「ゲートの最終防衛拠点よ。ここを楯にして、下から上がってくる敵を攻撃するの」

「現実世界の入り口と一緒ですね」


 志光は執拗な防御設備に感心しながら、浮き上がった石を見上げた。高さは二メートルほどだろうか? 階段と鳥居を遮るようになっており、鳥居側の方にある石は逆に沈み込んでいる。ここに入り込んで、階段を上がってくる敵を銃撃するなどの方法で対抗するのだろう。


 しかし、自分はドムスの近くに行く予定ではなかったのだろうか? ここで最終防衛拠点を起動させる意味が分からない。


「そこに立っていて」


 志光がいぶかしんでいると、クレアは凹みに飛び降りた。彼女はその中でしゃがみ込むと、濃緑色をした樹脂製のケースを引っ張り出す。


「これを凹みから一メートルぐらい離れた場所に置いて」


 ケースの持ち手を掴んだ少年はあまりの重さに呻き声を上げた。すると、背の高い女性はすかさず少年に助言する。


「ゲートの前で練習したことを思い出して。邪素を使うのよ」

「……はい!」


 クレアに返事をした志光は、息を吸ってから吐くのを止めて、腹部に力を入れた。少年の全身がうっすらと青いオーラを帯びるのと同時に、腕が抜けそうなぐらい重かったケースがすっと持ち上がる。


「嘘みたいだ。軽くはないけど、簡単に持てる」

「良かったわ。これから幾つかの荷物を運んで貰うことになるから」


 志光は樹脂製のケースを指定された場所に置くと、それを指差した。


「これは何なんですか?」

「弾薬ケースよ。アモカンと呼ばれることもあるわ。この中に対戦車ライフルに使う弾薬が入っているの」

「ここには弾薬が隠してあったんですね」

「他の武器もあるわ。重要拠点の近くには大抵あるわ。これを準備しておかないと、空から飛んでくる魔物を打ち落とすのは無理でしょうね」

「僕はその銃を持っていないんですが……」

「射撃訓練の経験は?」

「ありません」

「だとしたら、同じ武器を渡したとしても弾の無駄ね」

「じゃあ、僕は何もしなくて良いんですか?」

「まさか。敵が襲ってきているのに棒立ちだったという噂が広まったら、逃げ回っていたよりも評判が酷いことになるわ。私に考えがあるの。協力して」

「はい」


 志光が返答するよりも先に、クレアは再び凹みに身を屈めた。彼女はそこからメッキを施された金属棒を何本も引っ張り出してくる。


「これは?」

「バーベルシャフトよ。長さは二メートルで、直径は二八ミリあるわ」

「バーベルシャフトって……あの重量挙げに使うバーベルの棒ですか?」

「そうよ。この世界では接近戦でよく使われる武器の一つなの。重さが十キロあるし、バネ鋼だからしなる分だけ使いやすいのよね」

「十キロ!」

「オリンピック競技用のシャフトは二十キロあるわよ」

「あの……忙しいのは判っているんですけど、少しだけ訊いて良いですか?」

「何かしら?」

「そのですね……まあ、仮にですよ。そういう現実世界から輸入してきた量産品じゃなくて、魔界の鍛治が作った伝説の武器みたいなものは無いんですか?」

「伝説の武器?」

「アーサー王伝説のエクスカリバーとか、北欧神話のグングニルとか……英雄とか神様だけが持てるスペシャルな奴ですよ」

「現実世界の冶金術が、こんなに発展しているのに?」

「ロマン! ロマンの話ですよ!」

「言いたいことはなんとなく理解できるんだけど、その伝説の武器って一つしか無いんでしょう?」

「そうじゃなければ希少価値が無いですからね」

「それで、その武器が壊れちゃったらどうするの?」

「そりゃあ、壊れたら負けじゃないですかね?」

「だとしたら駄目ね。私なら、戦争が始まる前にその武器を壊すか使用者の命を狙うわ」

「そういうロマンのない話はしないで下さいよ! 僕が訊きたいのは、僕専用の何か格好いい武器がないのかなあって、そういう話なんですよ。父さんの遺品であればバッチリじゃないですか」

「ウニカがいるじゃない」

「あれは人形じゃないですか。こう、もっと分かり易い武器武器しいものですよ。どこかの漫画に出てくる、とんでもなく分厚くて重いドラゴンを殺害できるような剣とか……」

「解ったわ志光君。後でそのバーベルシャフトにマジックで〝志光専用〟って書いてあげるから、それで我慢しなさい。名前も英語じゃなくてドイツ語読みの方が格好良いかも……と思ったけど、バーベルシャフトはドイツ語でもバーベルシャフトね。バーベルが造語だから仕方ないけど」

「嫌がらせですか!」

「時間が無いのよ。これ以外にも運んで欲しいものがあるの」


 クレアはみたび凹みの中にしゃがみ込み、今度は長く尖った棘のようなアイテムを幾つも取り出した。志光はその形状を見て、初めて麗奈が持っていたものと同一の武器だと気がついた。


「見附さんが持っていたのは、これだったんですね」

「ええ。この棘はこちらの世界で製造しているのだけれど、折れやすいのよ。その代わり、悪魔を貫くことが出来るわ」


 凹みからジャンプして軽々と通路に降り立ったクレアは、棘とバーベルシャフトをソケットで繋ぎだした。


「志光君に使って欲しいのはこの武器よ」

「これなら、練習しなくても何とか使えそうですけど、相手は空を飛んでるんですよね?」

「そして、貴方の両手には触れたものに推進力を与える独自の能力があるわ」

「ああ……それを使って、この槍を飛ばせってことですか?」

「その対戦車ライフルに使っている弾丸は重さが一二〇グラムで、発射した時の初速は秒速九〇〇メートルなのよ」

「どういう意味ですか?」

「この弾丸が発射されたときの運動エネルギーは?」

「ええっと……運動エネルギーは質量に速度の二乗を掛けて、半分に割れば良いから…………一二〇×九〇〇×九〇〇÷二で、一二〇は一〇〇+二〇になるから……(一〇〇+二〇)×八一〇〇〇〇÷二……(八一〇〇〇〇〇〇+一六二〇〇〇〇〇)÷二だから四八六〇〇〇〇〇ですか?」

「正解よ。それじゃ、次の質問。これと同じ運動エネルギーを、このバーベルシャフトで得るためには、どのぐらいの速度で射出すれば良いと思う? バーベルシャフトの重さは一〇キロ換算で良いわ」

「四八六〇〇〇〇〇に二を掛けた数字を一〇キロ、つまり一〇〇〇〇グラムでわれば良いから簡単ですね。九七二〇です」

「それを秒速に直すと?」

「九七二〇が速度の二乗なので、これも簡単ですね。だいたい秒速九九メートルから九八メートルの間です。九九×九九は九八〇一ですからね」

「正解。それでは、秒速九九メートルを時速に変えると?」

「一時間は六〇分、一分は六〇秒だから、一時間は三六〇〇秒。九九メートルは一〇〇メートルの九九%だから、三六〇〇×一〇〇-三六〇〇で出ます。だいたい時速三五六.四キロです」

「つまり、志光君が時速三六〇キロ近くで、このバーベルシャフトを打ち出せれば、そこにある対戦車ライフルと同じだけの運動エネルギーを敵に与えられる事になるわよね?」

「ようやくクレアさんのしたいことが解りました。僕のスペシャルを実戦で使わせたいんですね? でも、相手は空高く飛んでいるんですよね? そんな遅い速度で当たるんですか? 時速三六〇キロってレースカーが出せるスピードですよ。弾丸と速さが違いすぎる」

「速い速度で撃てれば遠距離攻撃にも使えるし、遅い速度なら近距離だけで使えば良いわ」

「まあ、そうですけど」

「それに、少なくとも薬莢を弾丸よりも速く射出できることは証明済みよ」


 全てのシャフトに棘を装着したクレアは、どこからか持ち出してきた帯のようなものでそれらをひとまとめにした。

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