第16話3-6.制服姿の少女

 麻衣と志光の姿を認めた少女は、棒を持ったまま深々と頭を下げた。しばらくして顔を上げた彼女は、赤毛の女性と目で意思疎通する。


「こちらが棟梁の息子さんの地頭方志光君。彼女は一郎氏の身辺警護をしていた見附麗奈さん。日本の組織にたとえると、ボディガード兼警察みたいな感じになるのかな?」


 麻衣は少年少女に対してお互いの素性を明かした。麗奈はぱっと顔を輝かせると、改めて頭を垂れる。


「初めまして! 見附です。よろしくお願いします!」

「こ、こちらこそ父がお世話になりました。地頭方です。よろしくお願いします」


 志光もつられて学生服姿の少女に返礼する。


「挨拶は済んだところで本題に入ろう。ゲートを開いた瞬間に、キミが現実世界に来たということは、あっちで何かが起きたと言うことだよね?」


 礼儀正しい挨拶が終わると麻衣がさっそく麗奈を問いただした。少女は深く頷き、赤毛の女性に事情を語り出す。


「はい。四時間ほど前から、上空に空飛ぶ魔物が現れて、攻撃を受けています。こちらの反撃を躱しやすいように、高所を飛んでいる分だけ被害はほとんど無いんですけど、逆にこちらも撃ち落とせなくて……」


 麗奈の話を聞いた麻衣は、志光に顔を向けて眉間に皺を刻んだ。少年は返事の代わりに斜め上を見上げてみせる。


「あの……何かあったんですか?」

「こっちも襲撃があったんだ。志光君を殺そうとして、現実世界に魔物を送り込んできたんだよ。相手の正体も見当がついている」

「ホワイト・プライド・ユニオン……ですよね?」

「間違いなくそうだね」

「じゃあ、こちらへの襲撃は目くらましですか?」

「後はここに援軍を送らせないための足止めだろうね」

「頭良いですね」

「普通だよ!」


 麻衣が頭を掻きながら麗奈をたしなめていると、クレアが対戦車ライフルを抱えて部屋に戻ってきた。彼女は制服姿の少女を認めると片手を上げる。


「あら、見附さんまでこっちに来たの? ということは……」

「はい。魔界でも敵の攻撃を受けていています」

「人種差別主義者のわりには頭が良いじゃない」

「クレア。そんなのは普通だから!」

「でも、相手は悪魔化しても肌の色に固執している連中よ?」

「肌の色に固執するのと、合理的な作戦を考える能力は別物だからね。相手を舐めるのはマズいよ。それで、ウニカは上手く護衛の役割を果たしてくれそうなのかい?」

「もちろんよ。地上出入り口は、人間の力では押し開けられない程度に塞いだわ」

「それなら、全員で魔界に移動って事で良いかな?」

「全員と言うことは……一郎さんの息子さんも悪魔化したってことですか?」


 赤毛の女性の提案に、麗奈が口を差し挟んだ。クレアが軽く頷いて、それまでの事情を簡潔に説明する。


「二時間ほど前に、邪素を飲んで悪魔化したわ。しかも両手にレアの印が出たの。更に、悪魔化したことでウニカが志光君を主人と認めたわ」

「ということは……一郎さんの遺言が執行されるということですか?」

「そうよ。私の責任で、一郎氏の権利は息子さんである志光君に譲られることになるわ」

「それは新棟梁という解釈で合ってますか?」

「ええ。ただし、まだ候補という扱いになるわ」

「ということは、私の新しい護衛対象がこの方と言うことで良いんですか?」


 麗奈は「ということは」という言葉を連呼しながら志光を凝視し始めた。少年は彼女の視線から逃れるべく、麻衣の背後に身体をずらす。


「まだだよ」


 麻衣は片手を振って麗奈の推測を否定した。


「クレアの言った通り、志光君には棟梁の遺産を受け継ぐ権利がある。ただし、魔界日本の棟梁になるためには、幾つか超えなければならないハードルがある」

「まずは〝全体会議〟ですね?」


 麗奈の質問に麻衣は小さく二度頷いた。二人の会話を聞いていた志光は、新しい単語の出現に苛立ちを募らせる。


 全体会議? 一体それは何を意味しているのだろう? 新たにウニカと見附が出てきただけでも情報を整理するので手一杯なのに、加えて全体会議という怪しい呼称の何かの話をされるのは精神的に厳しい。混乱してしまう。


「志光君。大丈夫?」


 少年の異変を感じ取ったクレアは、彼に優しい口調で声をかけた。志光は何度か深呼吸してから、正直に自分の気持ちを吐き出した。


「すいません。話についていけなくて、イライラしてしまいました。全体会議って何ですか? それが僕の越えるべきハードルってどういう意味なんですか?」


 爆発させかけた感情を抑え込む志光の様子を見た麻衣は、少し嬉しそうな面持ちになった。彼女は先ほどよりゆっくりした口調で少年の知らない情報を開示する。


「魔界日本は小所帯だが、とりあえず最低限の政府機能を備えている。分かりやすく言うと、棟梁の手下だ。アタシもその一人だという説明はしているよね?」

「はい」

「アタシも込みで、大多数の悪魔が棟梁によってスカウトされている。だから、後継者としてキミが来ても、彼らの何人かは新棟梁としてのキミを認めない可能性がある」

「僕が血縁関係という理由だけで遺産を相続されるからですか?」

「そういうやっかみもあるだろうし、キミの経験不足を懸念する者も出てくるはずだ。何せキミは悪魔になって何時間も経っていない。もしもキミの配下になりたくないと思った悪魔は会議を抜ける。そうなると、ただでさえ棟梁不在で機能が滞っている魔界日本が崩壊してしまう危険すらある」

「それじゃ、権利があっても意味が無いですよね?」

「そうならないために、アタシとクレアが手はずを整えるつもりなんだけど、当然のことながらキミにも頑張って貰わなければならない」

「その全体会議で僕が父さんの後継者として認められるためには、どんなことをすれば良いんですか?」

「まずは多数派工作をして、会議でキミを後継者の資格ありと認めさせることが必要だろうね」

「そんなこと、僕には無理ですよ!」

「分かっているよ。でも、多少の芝居はして貰わないと困るのも事実なんだ」

「会議の参加者を味方につけるためにですか?」

「そうだよ。確実に味方になるのは、アタシ、アドバイザーとして加わるクレア、それからそこにいる見附の三名だろう」

「会議に参加するメンバーはそれよりもずっと多いんですよね?」

「そうだね。十人は超えるよ。そのうち、キミの権利をすんなり認めてくれそうなのが大工沢美奈子だ。魔界日本の建設作業全般を仕切っている悪魔で、棟梁との関係も良好だった」

「それで合計四人ですか……逆に絶対に反対しそうな人はいるんですか?」

「アタシは大蔵がそうなると思う。魔界と現実世界の物流を管理している担当者だが、保守的でキミの経験不足を不安に感じるだろう。同じ理由から、経理を担当している記田も大蔵に同調する可能性がある」

「魔界にも経理がいるんですか?」

「経理無しで、どうやってまともな組織を運営できるんだい?」

「ま、魔法とか?」

「なるほど。会計計算をしてくれる魔法ねぇ……」

「……すみません、僕が間違ってました。それで、その二人が反対派になると?」

「アタシはそう踏んでいる。残りは態度を保留するだろう」

「どうしてですか?」

「棟梁無しで魔界日本は回らないことが証明されているが、キミが新棟梁に相応しいかどうかが分からないからだよ」

「どうすれば僕の味方になってくれると思いますか?」

「最低限の条件として、これまで棟梁が保証してきた報酬や特権を彼らに認めることだろうね。分かり易い言い方をすれば、現状維持ってヤツさ」

「なるほど……少し考えさせて下さい」

「いいよ。でも、一、二分したら魔界への移動を開始するから、そのつもりで」

「はい」


 赤毛の女性から許しを得た志光は、再び頭の中で新たに加わった情報を整理し始めた。

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