第17話3-7.魔界への通路
まず、自分が父親から相続した魔界日本の棟梁という立場は、国を動かすための配下がいなければ意味が無いというのは分かり易い。そうならないためには、父親の配下だった悪魔たちを納得させなければならないというのも分かり易い。そこで、全体会議とやらで多数派工作をしなければならないというのも分かり易い。
しかし、会議に参加する悪魔達の顔ぶれがまるで分からない。クレアと麻衣は、既に暗記したので問題ないとして、見附は会ったばかりだし、大工沢に至っては顔も知らない。これは、自分の新棟梁就任に反対するだろうという面子も同様で、大蔵とか記田とか言われても名字を覚えるのが精一杯だ。
しかも、麻衣は自分をおもんばかってくれたようで、他の悪魔たちについて言及していない。彼らの名前と外見を一致させようと想像するだけで気が遠くなりそうになる。
なにしろ、こちらは幼稚園から始まって小学校、中学校、高校と、友達と呼べる人間がほとんどいなかったのだ。祖父母を除けば、一番の顔見知りは小学生時代に足繁く通っていた学校図書館の司書教諭、二番目の顔見知りは中学から本格的に通っていた図書館の司書。こんな人間が、どうやって一癖も二癖もありそうな悪魔たちを説得出来るというのだろうか?
おまけに、大蔵という悪魔が恐らく経験不足を理由に自分を認めないだろうと言われたが、あまりにも正鵠を射ていて反論が出来ない。その通りだ。何せ自分は生まれてからこの方、学校で一度もクラスメイトを率いたこともなければ、利害関係を調整する役割を担ったこともない。ましてや、アルバイトなどでそうした立場を経験したことすらないのだ。
今後のことを考えただけで胃が痛くなってくる。これなら、まだカニ男とやり合っていた時の方が精神的にキツくなかった。
「志光君。そろそろ時間よ」
志光が頭を抱えていると、巨大な対戦車ライフルを片手に持ったクレアが彼の背中を軽く叩いた。どうやら時間が過ぎてしまったらしい。
「覚悟は良い? これから魔界に案内するわ」
「一応聞いておきますけど、酸素はあるんですよね? この地球の空気の成分と同じ%だって意味ですよ。それと、放射能で汚染されている可能性は無いんですよね?」
「酸素はあるし、放射能で汚染はされていないわ。まだ、邪素の青い輝きがチェレンコフ放射に見えるのね?」
「仕方ないですよ。それしか思いつかないんですから……」
「慣れるまで我慢するしかないわ。行きましょう。ゲートを通りながら、今後について話をしたいの」
「解りました」
志光が了承すると、クレアは彼を連れてゲートのすぐ脇に位置を変えた。
「お先に」
既にゲートの前に立っていた麻衣は、そう言うと壁に貼られた巨大な鏡に吸い込まれていった。
「私も行きます」
続いて麗奈も合わせ鏡の通路に入っていく。
二人が消える瞬間を目撃した志光は目を大きく見開いた。合わせ鏡で出来た通路には、歩いている二人の女性の後ろ姿が映っていた。彼女達は部屋に存在していないのに、鏡にはいる。また、合わせ鏡の状態を作るのに使われた、キャスター付きの大型鏡の方には誰の姿も見えない。
「これは……凄いですね。本当に鏡の中に入っていったんだ」
「ええ。私達も、そろそろ移動しましょう」
「はい!」
元気よく返事をしたものの、志光はクレアから背中を押されるようにして、おっかなびっくりといった態度で鏡合わせが作りだした通路に入っていく。
そこには、クレアが言った通り空気があったが、甘ったるいあの邪素の香りに満ちていた。口と鼻を手で押さえていないとむせてしまう。
おまけに温度も高い。この場所に何時間か立っているだけで熱中症になってしまいそうだ。
通路は実体化を始めた邪素の青い輝きに満たされており、まともに前方を見ることすら難しい。志光はよろめきながら魔界への一本道を歩いて行く。
しばらくすると、実体化した邪素が重さを帯びて通路に落ちてきた。空気を覆っていた青い輝きは消え、今度は底部が青く輝き出す。
光の霧が消えたお陰で、通路の内部がきちんと見えてきた。馬蹄型のトンネルで、天井までの高さは三、四メートルはある。ゲートに辿り着くまでの地下通路もそうだったが、天井の高さに比べると幅は狭い。
通路自体も中央部が高い形状で、長方形の石で舗装されており、両サイドには側溝があった。実体化した邪素は通路に落ちると重力に従って側溝に流れ込んでいる。つまり、魔界には重力があるようだ。
邪素が実体化してからの光源は、側溝を流れる邪素と天井についている照明だが、こちらもビンかペットボトルに邪素を詰めたものを使っているようで、簡素というか装飾性がない。
「この道は誰かが舗装した……んですよね?」
周囲を見回しつつ歩いていた志光が、独り言のように疑問を口にした。クレアは少し驚いたような面持ちになって、彼の問いに解答する。
「ええ。魔界にも建築業者がいるから、棟梁が彼らに頼んで工事してもらったのよ」
「なるほど……ちょっとした疑問なんですけど、現実世界と魔界を繋ぐこの通路って、魔界になるんですか? それとも現実世界の延長だと捉えるべきなんですか?」
少年の発言を耳にした女性は眉をひそめて彼の顔を見た。そのあからさまな侮蔑の態度に驚いた志光は、思わず言葉を詰まらせる。
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