第15話3-5.ゲート接続

「ウニカ。この先の地下通路を塞いで、敵がここまで入ってこられないようにしろ」

「細かい指示は私が出すわ。一部の命令権を私に譲渡して」

「ウニカ。細かい指示はクレアさんから聞いてくれ」

「……」


 無表情に戻ったウニカは、主人の前で頭を垂れた。


「行きましょう、ウニカ」


 クレアはウニカの肩を抱くようにして、ゲートのある部屋から出て行った。志光から咎めるような眼差しで睨まれた麻衣は、それでも顔に笑みを浮かべたまま少年に対応する。


「気にするなよ。ちょっと茶化しただけじゃないか」

「酷いですよ! 人がせっかくアドバイスしたのに!」

「日本語喋ってるのに、ラテン語で名前をつけるのが?」

「イメージですよ! イメージは大事じゃないんですか?」

「もちろん大事だよ。でも、今はそれより大事なことがある」


 赤毛の女性はそう言うと鏡が貼ってある壁を正面から見て右側の壁に近寄った。そこには、キャスター付きの大きな板が何枚かあった。


「魔界との通路を繋ぐ。見たくないかい?」

「それは、もちろん見たいですけど、どうやって作るんですか?」

「悪魔と言えばあれに決まってるじゃないか。合わせ鏡だよ。さあ、立って」


 麻衣に促された志光は、折りたたみ式の椅子から立ち上がった。


「このボードの反対側を持って」


 少年は赤毛の女性の指示に従って、キャスターがついた板の一枚の端を両手で掴む。

 板の反対側には、壁に貼ってあるのと同じ大きな鏡が張ってあった。大きさは高さが3メートル、幅が四メートル程度だろうか? 図体が大きい割りには軽く、二人がかりで押せば簡単に動く。


「壁の鏡と向かい合わせて」

「はい」


 麻衣と志光はキャスター付きの大型鏡を、壁面の鏡と向かい合わせた。鏡はお互いの鏡を映しあい、まるで鏡面の奥に通路でも出来たかのような光景が浮かび上がる。


「これでゲートが出来たんですか?」

「まだ、魔界とはつながってないけどね」

「どうすれば分かるんですか?」

「奥の方を見ていれば、すぐに分かるよ」

 麻衣は壁面側の鏡の一点を指差した。少年はそこに青色の輝きを視認する。

「あれは邪素ですか?」

「うん。現実世界から魔界に流れ込もうとしている邪素が、ゲートを通過中に実体化して青く光り輝くんだ」

「なるほど……」


 志光はゲートの美しさに声を失った。それは、インフィニティーミラーによく似た光景だったが、鏡とライトを組み合わせたインテリアでは照明が鏡に作られた疑似空間の奥へ行くほど光量が減っていくのに対して、ゲートは奥に行くにつれて光量が増しているのが異なっていた。まるで青く光り輝く世界が、その先に待っているかのようだ。


「そろそろ良いだろう。行こう」


 頃合いを見計らっていた麻衣は、志光に魔界への移動を促した。少年は背後のドアを振り返る。


「クレアさんを待たないんですか?」

「後で合流すれば良い。アタシは向こう側の状況を確認しておきたい」

「魔界日本の?」

「そうだよ。常識的に考えるのであれば、攻撃がここだけで済むはずがないからね」

「ああ……同時攻撃ってやつですか?」

「白誇連合がアタシ達との戦争を真面目に考えているのであれば、必ず仕掛けてきているはずだよ」

「真面目に考えていないことを祈るのみですね……」

「さすがに、そこまで抜けているとは思えないけどね」


 麻衣は笑いながら壁面側の鏡の前に立った。志光は彼女の隣に移動してから、疑問を口にする。


「合わせ鏡をすれば、どこでもゲートが出来るというわけでは無いんですよね?」

「そうだね。邪素はどこからでも魔界に入ってきているような印象だけど、それ以外は特定の場所で合わせ鏡をしなければ、現実世界と魔界の間を往き来できないという感じかな? 一応、地下で合わせ鏡をした方が、確率が上がると言われていて、実際にそうなんだけど理由ははっきりしない」

「標高と関係があるんですか?」

「いや、単に四方を土に囲われているのが良いみたいだね。だから、山の中腹にある洞窟みたいな場所が、ゲートの入り口になっているケースも結構あるらしい」

「へえ……」

「ただし、圧倒的に多いのはここみたいな場所だね」

「ビルの地下という意味ですか?」

「ああ。個人住宅の地下というケースもあるけど、商用ビルの地下にある部屋で合わせ鏡をしたら見つかったという話が多いね」

「じゃあ、都市が発展するまでゲートの数もそんなに多くなかったってことですか?」

「だと思うよ。実際に、都市部が発達していない地域につながっているゲートはほとんど無いし、そうした地域出身の悪魔もほとんどいないからね」

「そんな貧富の差みたいなものがあるんですね」

 志光が麻衣の説明に相づちを打っていると、ゲートの奥に人影が現れた。真っ青な光のベールに包まれているために、外見ははっきりしないが、そのシルエットから長い棒を持っていることと、スカートらしきものを履いているのは判る。

「あれは……」

「たぶん見附君だね。こっちがゲートを開いたのに気づいて来たんだろう」

「みつけさんって言うんですか?」

「そうだよ。可愛い後輩というか部下みたいなものかな?」


 麻衣が喋っている間に、青いゆらめく光で満たされた空間を通りぬけた見附の姿がはっきり見えるようになった。


 背丈は麻衣より低く、平均的な日本人女性よりは高い。恐らく一六〇センチ前半ぐらいだろう。髪の色は黒で前髪は揃えてあり、後ろはポニーテールに結んでいる。


 特徴的なのは着ている服で、ブレザー系の学生服に見える。上半身は白いブラウス、少しクリームがかかった白いニットベストにえんじ色のリボンで、下半身は青系の短いチェックのスカートだ。


 魔界に学校があると言う話は、麻衣もクレアもしていなかった。ひょっとすると、どこかの児童文学のように、魔界には魔法学校があって現実世界では居場所のない子供達も楽しく生活できたりするのだろうか?


 学生服姿の少女は、ゲートを出ると素早い動きで首を左右に振った。彼女の手には、二メートル近くある金属製の棒が握られている。


 また、棒の上側には長く尖った棘を想わせるアイテムが装着されていた。どうやら武器として使うもののようだ。

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