第9話2-5.身体検査

「どうだい? 悪魔の胸は。人間のモノと比べて、だいぶ違う感じがするかな?」

「申し訳ないんですが、死んだ母親以外のおっぱいを触ったのは、たぶん生まれて初めてなので、人間と悪魔の区別がつきません! 童貞ですみません! でも嬉しいです!」

「仕方ないな。左手もちゃんと使って調べれば、分かるかも知れないよ。左手は私の背中側に回せるだろう?」

「は、はい……こうですか?」

「そんな遠慮せず、お尻をちゃんと触りたまえ。どんな感じがする?」

「オッパイに比べると、ずっと弾力があります」

「そりゃそうだろうね。胸の大半は脂肪だけど、臀部の大半は筋肉だからね。それで、人間と悪魔の違いは分かったかい?」

「申し訳ないんですが、女性のお尻を触ったのは人生で初めてなので、人間と悪魔の区別がつきません! 童貞ですみません! でも嬉しいです!」


 麻衣と志光が頓珍漢なやりとりをしている間に、モニタに映っているカニ男の数が十人を超えた。楽しそうに二人を眺めていたクレアは、何気なく顔の向きを変えてその事実に気づき、柔らかい調子で警告を口にする。


「そろそろ外の皆さんも、突入の準備を始めているみたいよ。残念だけど、私の番までは回ってこなさそうね。本題に入りましょう」


 背の高い白人女性は手にした水筒のフタを回し、口に近づけた。


「今から、毒が入っていないことを証明するために、私がこの邪素を飲むわ。その残りを志光君が飲めば、毒入りかも知れないという不安感が少しでも無くなると思うの。どうかしら?」

「……分かりました。クレアさんの飲んだものなら、僕も飲めると思います」


 志光が同意すると、クレアは水筒に入った青い液体を思い切り煽った。続いて彼女は手の甲で口の端を拭い、いきなり無言で少年に抱きついてくる。


「な、ななな、何! 何するんですか!」


 志光が悲鳴を上げている間に、クレアは彼を仰向けに押し倒した。そして片手を少年の首の後ろ側に潜り込ませて逃げられないように固定すると、彼の唇に自分の唇重ね、口移しで液体を飲ませようとする。


「!!」

「そうきたか。やられたね」


 麻衣が舌打ちをしている間に、志光の口内は青い液体でいっぱいになった。彼は反射的に邪素を飲み干してしまう。


 液体はやや甘く、泡立っていないにもかかわらず炭酸水のような感じがした。志光が邪素を飲んだのを確かめると、クレアは唇を離してくれる。


「ファーストキスね?」

「や、やることが滅茶苦茶ですよ! ど、どうしてこんな……」

「私だって悪魔ですもの。己の欲望には正直でありたいわ。すぐそばに童貞君がいて、まだキスもしたこともないとなれば、それが欲しいと思うのはごく自然な成り行きじゃないかしら?」

「自然って……」


 絶句した志光は、それでも気を取り直して半身をベッドから起こした。少年は身体をさすってみたが、特に劇的な変化があったような感じはしない。


「焦っても仕方ないよ。邪素は粘膜からも吸収されるけど、他の食物や水分と同じように大部分が小腸で吸収されるんだ。悪魔化ぐらいの大きな変化になると、飲んですぐに効果が出るわけじゃあない」


 軽く伸びをした麻衣が、頭の後ろで手を組んだ。


「ああ……そういうことですか。さっきは唇に触れただけで効果があったから、てっきりすぐに変わるんじゃないかと思ってました」

「違うよ。それと、もしもキミが〝スペシャル〟なら、体の一部か全体が青色の輝きに包まれる」

「〝スペシャル〟って?」

「〝レア〟ともいう。悪魔の中でも特別な存在だ」

「どういう風に特別なんですか?」

「それは個々人で違いがあるから、今の段階では何とも言えないね。ただ、普通の悪魔とは違って、邪素を特殊な能力に利用する事ができるんだ。たとえばアタシみたいに……」


 赤毛の女性は、そう言うと後頭部に回していた両手を前に出した。彼女がゆっくり息を吐くと、手のひらは青い光に包まれる。


「これは……カニ男と戦った時にも出てませんでしたか?」

「うん。出したね」

「その手のひらの輝きにはどんな力があるんですか?」

「衝撃が伝わった範囲に液体がある場合、それをエタノールに変化させる」

「エタノールって……お酒のことですよね?」

「そうとも言うね」


 麻衣は笑いながら両手の輝きを引っ込めた。志光の脳裏で、彼女と初めて会った時に見た潰されたアルミ缶の山が蘇った。


「お酒……好きそうですもんね」

「そうだね。アル中になって、アルコール性肝硬変になったぐらいは好きだね。もしも悪魔にならなかったら、そのまま死んでいただろうね」

「ああ……そういう経緯があったんですか」

「でも、今はアタシの過去話をしている場合じゃ無い。邪素を吸収したキミの体が、どう変化するのを確認しないとね」

「そ、そうでした。どうすれば、それが分かるんですか?」

「変化があれば、あった体の一部が、さっきアタシがしたように輝くんだ。だから……」


 麻衣はそことで言葉を句切ると、クレアと視線を交わしてから口角を上げた。


「ちゃんと調べるためには服が邪魔なんだよね。言っている意味は分かるかな?」

「その……ここで僕に服を脱げってことですか?」

「有り体に言えば、そうなるね」

「…………全部ですか? その、下着までって意味ですけど」

「当然だよ。もしも、だよ。もしも仮にキミの股間に邪素が集中していたら、アタシもクレアもキミが〝レア〟かどうかの判断が出来なくなる」

「あの……単に僕の裸が見たいとか…………そういうわけではないんですよね?」

 志光の質問を受けた麻衣とクレアは、再び視線を交わしてから平坦な口調で回答した。

「ないない。童貞のチ××を見たいなんて、そんな気持ちはこれっぽっちもない」

「麻衣の言う通りよ。そんな気持ち、全くないわ」

「本当に、ホントーにないんですか?」

「キミも疑り深いな。女性の裸体と男性の裸体、どちらが世間では価値があると思われているか、キミだってよくわかっているはずだろう?」

「女性です」

「その通り。そして、アタシもクレアもキミの疑いを晴らすべく、こうして下着姿でいるわけだ」

「確かに、お二人とも下着姿ですね」

「にもかかわらず、キミは服を脱ごうとしない。おかしな話だと思わないか? それともキミはなんだ? 女性は裸体、男性は着衣というシチュエーションが好きなのかな? 確かそう、CMNF……」

「分かりました、分かりました! 脱ぎますよ! 脱げば良いんでしょ!」


 麻衣の言葉を遮った志光はベッドの上で立ち上がり、仁王立ちになって半袖シャツのボタンに手を掛けた。彼は顔を赤らめながらシャツを脱ぐと、続いてズボンのベルトも外す。

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