第8話2-4.確認作業
室内は麻衣が言っていた通り、サウナやスーパー銭湯にある仮眠室のような造りになっていた。脚が短いローベッド、それもキングサイズのものが幾つか並べられている。
仮眠室にも外部監視カメラとつながっているモニタが壁に設置されていた。しかし、照明の色はピンクで、何故かスピーカーからスローテンポなヒップホップが流れている。殺風景だった応接間に比べると、だいぶいかがわしい雰囲気だ。
「そこに座りたまえ」
麻衣はベッドの一つを志光に指差した。少年はスニーカーを脱いでベッドの上で正座の姿勢をとる。
麻衣もウェスタンブーツを脱ぐと、ベッドの上に立った。続いてクレアもグラディエーターサンダルを脱いでベッドの上に立つ。
二人の女性は何故か満面の笑みを浮かべつつ、舌なめずりをした。二人の変化を感じ取った志光は思わず後じさる。
「あ、あの。これから、何するつもりなんですか?」
「だから、キミの疑問に答えることで、抱えている不安を解消しようと言ってるんだ」
「でも、それにしては嬉しそうな表情になってませんか?」
「思い出し笑いだよ。アタシにだって、クレアにだって人間だった時代がある。悪魔に変身するときは不安だった。その時の気持ちをキミに重ね合わせているんだ。あの頃はまだ初心(うぶ)だったんだなって」
「そ、そうですか? ホントに?」
「本当だよ。キミは邪素を飲んで変身するのが怖いんだろう?」
「はい。そうです」
「だとしたら、既に悪魔化しているアタシとクレアの身体を調べて、どこまで変わっているかを確かめてみれば良い。良い考え方だと思わないか?」
「言われてみれば確かに……」
麻衣の誘いに乗った志光がつい肯定的な台詞を述べると、次の瞬間に二人の女性が身につけていた衣類が宙を舞った。下着姿になった二人の女性は、ベッドの上であぐらをかく。
「志光君。いらっしゃい。今日はこんな事もあるかと思って、ちゃんと勝負下着にしておいたから」
白い下着のクレアが猫なで声を出しながら、少年を手招いた。
「クレアほどじゃないが、私も身体には自信があるぞ。念入りに調べてくれ」
黒い下着の麻衣も技と身体を後方に反らし、少年を挑発する。
「あ、ああ……」
目を血走らせた志光は、二人の女性にそれぞれついている乳房を見比べた。ネットでは散々見たことのある女性の乳房だが、母親や祖母以外のモノを生で見るのは、恐らく人生で初めてだ。
クレアの規格外の大きさも良いが、麻衣の形の良さも捨てがたい。これを自由に触って良いなんて夢みたいだ。
……いや。そういう話では無かった。
これは人間が悪魔に変化した時に、どこが変わったのかを調べる目的で実施されている調査の一種だった。決して、そう決してやましい気持ちがあるわけではない。
志光が性衝動を押さえていると、クレアは彼に見せつけるように自らの乳房を触り、ブラジャーの位置を修正した。
たわわに実った果実を目の当たりにした少年の脳内で、理性という名の安全装置がショートした。彼は四つん這いの姿勢で二人の女性に這い寄ると、手を伸ばして乳房に触れようとする。
「駄目だ、駄目! 失格!」
麻衣は呆れ声を上げて少年の手を叩いた。
「手を伸ばして女の身体を触りに行く奴がいるか。キミは童貞か?」
思わず手を引っ込めた志光は、恨めしそうな面持ちで赤毛の女性を睨む。
「ど、童貞です。彼女いない歴、イコール年齢です。女性と手を繋いで歩いたこともありません!」
「同性愛者なのかい?」
「違いますよ。そんなの、今の態度を見れば判るでしょ!」
「ふむ……なるほど。それでは質問だ。キミの利き手は右かい? それとも左?」
「右利きです」
「つまり、女性の乳房を触ろうとしたら、右手を使うことになるよね?」
「左も使いたいですけど、とりあえずは右ですね」
「よろしい。それでは、仮にキミが左手を怪我か何かで使えないとして、右手だけを使うとしたら、女性に対してどんなポジションを取る?」
麻衣はそう言うと身体の位置を志光の正面にずらした。少年は真正面から赤毛の女性の乳房に手を伸ばそうとして、はっと目を開く。
「その……僕が手だけを伸ばそうとすると、女性との距離はかえって開いちゃうんですね?」
「なかなか勘が良いじゃないか、童貞君。その通り。女性とイチャイチャしたい時は、手を伸ばすなんてもってのほかだよ。手が伸びた分だけ、お互いの身体の距離が離れてしまうからね」
「じゃあ、一体どうすれば良いんですか?」
「まず両手を下ろす」
「はい」
「そのまま身体を左肩を前に出すようにして斜めに曲げる」
「はい」
「その姿勢で前進して、キミから見てアタシの身体の左側の空間に入る。アタシからすると右腕側だ。まずはそこまでやってみようか」
「分かりました!」
志光は麻衣の指示通り、両手を下げた状態で半身を斜めに向け、左肩から彼女の右腕がある空間に身体を移動させた。先ほどと比べると、お互いの距離がはるかに近い。呼吸音が聞こえてきそうだ。
「こ、これでいいですか?」
「それでいいよ。キミはアタシの右側、キミから見て左側のポジションにいるね?」
「は、はい」
「それで右手を自分のヘソの高さまで上げて」
「こうですか?」
「そうだね。それで、アタシの右側にいる状態で、そのまま下から上に手を持ち上げるようにして、乳房の下半分を手で覆う。できるかな?」
「こ……こうですか?」
「そうだよ、できたじゃないか。それが正しい乳房の触り方だ」
「あ、あのですね。ハウトゥセックスの本だったりすると、女性さえ感じればどんな触り方でも良いって書いてないですか?」
「童貞なのにハウトゥセックスの本を読んでるのかい?」
「童貞だから読んでるんですよ! 興味があっちゃ駄目ですか?」
「いや、良いことだよ。それでは答えよう。キミは右利きなんだよね? それなのに、どんなポーズでも胸を触れるのかい?」
「いや、右手で触れない位置では難しいと思います」
「だよね。大した経験の無い連中が、妄想で書いてるような本を本気にするなよ」
麻衣は乳房を揉まれながら、屈託の無い笑みを浮かべて見せた。
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