第6話2-2.魔界へのゲート
「〝邪素〟は何らかの方法で魔界に入り込み、そこで実体化するわ。それをいろんな方法で分離して液状にしたものが、その液体よ」
「どうして感知できない物質を、人間が放出していると断言できるんですか?」
「〝魔界〟から現実世界に出てきた者には、短時間だけれど目視することが可能だからよ。ただし、濃度が濃い場所に限るわ。例えば都会とか」
クレアは自らの青い瞳を指差した。
「その〝邪素〟を飲んで肉体が変質した存在を〝悪魔〟と呼んでいる。つまり、我々のことさ」
台車の傍らに立っていた麻衣が、背の高い女性の説明を補足する。
「ということは、僕の父親も皆さんと同じように〝悪魔〟だった。そういうことですか?」
「ただの悪魔じゃ無い。大悪魔だよ」
赤毛の女性はそう言いながら、段ボール箱の中から新しい黒い水筒を引っ張り出した。
「でも、僕は人間ですよ。ひょっとして、僕は人間と悪魔のハーフということになるんですか?」
「その説明も難しいの。〝悪魔〟は邪素を吸収して変身した存在だから、人間的な部分も相当残っているの。生殖能力もその一つよ」
クレアも麻衣にジェスチャーで新たなボトルを要求した。赤毛は背の高い女性に、黒い水筒を投げて寄越す。
「……この液体を飲むと、変身するって事ですか?」
「ええ。ただし、効果に個人差があるわ。〝悪魔〟と呼ばれるためには、あるハードルを越える必要があるの」
「それはどんなハードルなんですか?」
「現実世界では無い空間への移動よ」
「そこで異世界話が出てくるんですね」
「異世界と呼んで良いのかどうかはよく解らないけれど、現実世界とかなり違うのは事実ね。魔界と現実世界は、先ほど〝ゲート〟と呼んだものでつながっているわ。その〝ゲート〟が、この部屋の奥にあるの」
「ここまで奥に隠されているって事は、〝ゲート〟は悪魔にとって重要な場所だと言うことなんですか?」
「特定の悪魔には重要ね」
「どんな悪魔ですか?」
「魔界に自分の領土を所有している悪魔よ。我々の間では〝棟梁〟と呼ぶのが習わしになっているわ。一郎氏も、その〝棟梁〟の一人だったの。そこにいる麻衣さんは彼の副棟梁を務めていたわ」
「付き合いはそれなりに長かったよ」
麻衣は片手で水筒を軽く放り上げつつ、志光に向かってウィンクした。
「それで志光君、キミが相続できる遺産の話が出てくるわけさ。キミには棟梁が所持していていた魔界の領土を相続する権利がある。ただし、キミが悪魔にならない、もしくはなれないのであれば、そもそも相続することが出来ない。クレアがお金にならない遺産、と言っていたものの正体だよ」
「正確にはそれだけでは無いけれど、一番重要なのはそこね」
「……ちょっと待って下さい。混乱してきたので整理して良いですか?」
志光が額に手を当てて顔をしかめると、二人の女性は同時に頷いた。
「どうぞ」
「分からない事があったら、何でも質問してくれたまえ」
「まず、この〝邪素〟を飲むと悪魔に変身できる場合もあるんですよね」
「そうだよ」
「じゃあ、変身できない場合もあるって事ですよね?」
「そうなるね。何を考えているのかは解るよ。変身できなかった場合、身体に害があるかどうかを尋ねたいんだろう?」
「はい」
「無いよ。単なる飲料水のような役目しか果たさない」
「悪魔になれなくても、変化した場合は?」
「大半は超常的な力は持てず、怪我や障碍の治療にとどまる。〝邪素〟を吸収した肉体は可塑性(かそせい)が高くなるからね」
「可塑性って、要するに外部から力を加えられると変化する能力のことですよね?」
「そうよ。人間は神経系を除けば可塑性が低い生物なの。寒い地方で生活したからといって、身長が三メートルを超えることも無ければ、砂漠での生活に適応して長期間水なしで生きられる機能がつくわけでも無いわ」
麻衣から受け取った水筒を机の上に置いたクレアは、そのふたを指で叩いた。
「でも、悪魔になれなくても、その点だけが劇的に改善する場合があるわ。それが障碍の治癒だったり、外見の変化だったりするの。たとえば、貴方のように」
「え? 僕が? どういうことですか?」
「キミは既に少量の邪素をクレアから飲まされているんだよ。唇を指で触れられたんだろう?」
麻衣は目を細めつつ、黒い水筒を頬につけた。
「は、はい。駅でされました」
「その後、何か変わったことは?」
「いつも緊張すると言葉が上手く出てこないのに、それからは急にすらすら話が出来るようになりました……まさかですけど、それが…………」
「そうだよ。それが邪素の力だ。最初にアタシと電話で話をした時も、キミはつっかえつっかえでまともに話が出来なかった。正直に答えて欲しいんだが、キミは軽度のトゥレット障碍じゃないか? 急に顔をしかめたり、言葉が上手く出なかったりという経験は?」
「……怖くて病院に行っていないので診断はされてないですけど、多分そうです。緊張するとでます」
「今は症状が出ているかい?」
「いいえ。でも、それがその邪素の効果というのは……簡単に信じられません」
「だろうね。でも、アタシはそのことでキミを納得させるつもりは無い。今はキミの疑問に答えることが先だ」
麻衣はそう言うと、手のひらを上に向けて話の引き継ぎをクレアに依頼した。背の高い白人女性は赤毛の女性に頷いてから、質疑応答を再開する。
「話を続けましょう」
「じゃあ、次の質問をさせて下さい。悪魔になれば〝ゲート〟を使って〝魔界〟に行けるわけですよね?」
「行けるわ」
「そのですね、仮にですよ。僕が悪魔にならない場合は、その〝ゲート〟を使って〝魔界〟には行けないと言うことになるんですか?」
「ええ。貴方はここに残る事になるわ」
クレアの回答を聞いた志光は、反射的に外部監視カメラのモニタがある場所に目を向けた。少年の意図を察した麻衣はモニタのすぐ側まで歩いて行くと、映像を確認する。
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