#8

 新月と巻雲が住んでいる店舗兼住居。一階は巻雲の仕事場―彼女は洋服の仕立をやっている―。二階は住居だ。その空き部屋に、霞がいた。

「荷物片付けて掃除すれば大丈夫っすよ。ちょっと物置になっちゃってますから」

 新月の言う通り、部屋の中には埃をかぶったダンボール箱がいくつか置かれているが、広さ自体は問題なさそうだ。

「……うむ。すまぬな」

「本当にいいのかよ。あの……なんだ。二月の奴」

 巻雲はどこか気を遣っている。

「……仕方あるまい。それが、あやつのためじゃ」

 そう。ここに来たのは、引越しのため。

 大角山を離れ、新月達の家に厄介になるため。


「霞さーん?」

 運動会が終わって、初めての土曜日。応援してくれた礼のため、皐月は駄菓子を持って霞のところに来ていた。

「おお、皐月か」

 霞はTシャツ姿。軍手もはめている。掃除でもしているのだろうか。

「あれ、掃除でもしてたの?」

「うむ。……ちと、荷物の整理を、な」

 霞は少し言い辛そうにしていた。荷物の整理って、まさか。嫌な予感が頭によぎる。

 いや、ただの片付けだろう。そのはずだ。

「あの、こないだは運動会の応援に来てくれて、ありがとう」

「いや、わしのほうこそ。皐月の格好良いところを見れて、嬉しかったぞ」

 霞がにっこりと笑った。そんなこと、さらっと言わないで欲しい。嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。

「べ、別に……。これ、お礼のお菓子」

「おお、すまぬな。遠慮なくもらうぞ」

 霞は駄菓子を受け取ると、軒先に座った。皐月もその隣に座る。

 すると、霞がすぐ横ににじり寄ってきた。近い、近いってば。

「か、霞さん、近いって」

「……嫌、か?」

「べ、別に、嫌じゃないけど……」

 今日の霞はなんだかいつもと違う。積極的というか、なんというか。お互いに話が切り出しにくくて、沈黙が場を覆った。

「……皐月。ちと、話がある」

 先に口を開いたのは霞だ。なんだか深刻な口調。先程頭によぎった、嫌な予感。それがぶり返す。

「……近々、ここを引き払おうと思っておる」

「えっ!?」

 嫌な予感は当たった。霞の一言に、思わず腰が浮く。霞はうつむいたまま、こちらを見てこない。

「……どうして?」

「……見つかってしもうた。大人に、な」

 霞が大人に見つかった。彼女の口調から察するに、肝試しとか、そんなレベルの話ではなさそうだ。

「写真も撮られた。……これ以上、ここには居れぬ」

 霞の写真が出るところに出れば、彼女を待っているのは晒し者だろう。だから、それを避けるために引っ越す。それは確かに納得ができる。

 だけど、納得ができても、それを受け入れられるかというと話は別。霞がここからいなくなるのは嫌だ。

「……どこに行くの?」

「……新月の家に、世話になることになった」

「……どこにあるの?」

「それは言えぬ。……新月との約束じゃ」

 霞と会えなくなる。それは、引越しのときとは比べ物にならないほどの悲しさだった。その理由はわからない。だけど、霞と会えなくなる。それは嫌だ。

「じゃあ、オレん家に来てよッ!!」

「……皐月?」

「オレ、霞さんのこと、守るからッ!! お父さんもお姉ちゃんも、オレが説得するッ!! だから、だから……ッ!!」

 何を言っているのだろう。ありえない話。無茶な話。だけど、霞とは離れたくない。どうしても。

「うぬぼれるでないッ!!」

 霞の一喝で、何も言えなくなってしまった。

「そなたはまだ子供じゃろう。そなたに何が、何ができる……ッ!」

 霞は声を震わせながら、皐月の両腕を掴む。霞の顔が見れなくなって、思わず俯く。

「わしは、そなたに迷惑をかけとうない……」

 迷惑なんかじゃない。

 そう言いたかった。

 だけど、本当に迷惑がかかるのは、皐月ではなく、父であり、姉である。そのことを考えると、霞を引き止めるのは、ただの自分勝手なわがままなんじゃないかとも思えてきた。

 霞と離れるのは嫌だ。だけど、それが霞のため、そして自分のためになるのなら、大人しく離れるべきなのだろうか。そんなの、どうすればよいかわからない。どんな判断をすればよいかわからない。まだ子供の自分には。

「やだよ、オレ……。霞さんと離れるの、やだよ……!」

 何もできない。ただ泣き言を言うだけ。なんだか自分が情けなくなってきて、目尻に涙が浮かんできた。

 すると、霞は皐月の頭を抱き、胸元に埋めるのだった。突然のことに戸惑う。彼女の胸は柔らかかった。微かな、それでいて良い匂いがした。

「そなたと一緒におった日々は、本当に楽しかったぞ。今までわしが生きてきたなかで、一番楽しい時間であった。嘘ではない。世辞ではない。……本心から、そう思うておるよ」

 霞は優しそうな声で、そう囁いた。

 声の端を震わせながら。


 どれだけの間、霞に抱かれていたのだろうか。長かったのか、短かったのか、よくわからない。

 自分と一緒に居れた日々は楽しかった。

 霞がそう言うのなら、最後まで楽しい気持ちでいてもらおう。自分が嫌がっていては、霞は楽しい気持ちで旅立てないだろうから。

 まだ子供でしかない自分にできるのは、それぐらいだ。

「……霞さん、ここ、いつ離れるの?」

「……次の日曜。新月はそう言っておった」

「……じゃあ、次の土曜日、お別れ会しようよ。ちーちゃんも、新月さんも、巻雲さんも呼んで」

「皐月……」

「オレも、霞さんと一緒にいれた時間は楽しかったよ。だから、霞さんのことは、笑顔で思い出したい。霞さんにも、最後まで楽しい気持ちでいてもらいたいから……」

 泣きそうな声になっていることが自分でもわかった。なんだかかっこ悪い。

「……そうじゃな。最後まで、楽しい気持ちで、おりたいな」

 霞はそっと微笑んで、皐月の頭を撫でた。


 皐月は家路を辿りながら、一つのことを考えていた。

 どうして霞と離れるのが、こんなに嫌なのか。

 引っ越すと聞いたとき。友達と離れ離れになったとき。そのときは確かに悲しかった。嫌だった。だけど、ここまで引きずるなんてことはなかった。それはまたじきに会えるという感覚があったからかもしれない。でも、それを差し引いても、今は本当に沈んでいる。

 じゃあ、霞に感じているこの気持ちは、友達に対しての気持ちではない。

 思わず自転車を停めてしまった。

 人通りの少ない道であるが、急に自転車が停まったことに驚いたのか、反対側を歩いていた中学生がこちらを少し見て、また歩き出した。

 霞に抱いている感情。それは。

「……好き、なのかな」

 思わず声が出た。

「お、キサ坊じゃねぇか」

 成美の声で、思わず振り返る。そこには自転車に乗った成美がいた。今の独り言、聞かれてないだろうか。

「なるちゃん。……どうしたのさ」

「お前こそどうしたんだ? ボケーっとして」

 聞かれてなかったみたいだ。一安心。

「別に、なんでもないよ。なるちゃんは?」

「遊びに行った帰り」

「じゃ、一緒に帰ろうか」

 路上で色々考えるのはよくないかな。話していれば気持ちを切り替えることができるだろうし、成美には感謝しよう。小学校の敷地でショートカットして、国道まで走る。

「そういやさ、変な女がいたんだよ」

 国道の車が途切れるのを待つ間に、成美が口を開いた。

「変な女?」

 まさか、新月じゃ。

 変な女と聞いて真っ先に彼女のことを思い出してしまった。失礼な話なので、彼女には言わないでおこう。彼女は笑い飛ばしそうではあるが。

「おう。大角山の蛇女について聞き回ってる女。大学生ぐらいかな?」

 それって、まさか。霞のことを写真に撮った奴じゃ。

「オレだけじゃなくて、エドワードとか、いろんな奴に聞き回ってるらしいぜ」

「……そんなの聞いて、どうするんだろうね」

 車が途切れたので、国道を渡る。

「さぁ。調べたところでどうするんだろうな。蛇女なんか、いないに決まってるのに」

 いる。本当にいる。

 色んな人に聞きまわっているとなると、千歳はどうなのだろう。彼女が秘密をばらすとは到底思えないが。曲がったことが大嫌いと言っていたし。

 あまり深く聞くのも変かもしれない。このへんで切り上げよう。

「変なことする人もいるんだね」

「そーだな」

 団地に入ったところで、お互いの棟に分かれる。

「じゃあ後でお前ん家行くわ。ゲームしようぜ」

「うん。お姉ちゃん部活だし、大丈夫だよ」

「姉ちゃんいないのか。それはちょっと残念だなー」

「いや、そういうのやめてって」

 成美と別れて、部屋に戻る。その女のことは、後で千歳にも聞いてみよう。


 その日、夕食を終えた後、皐月は玄関に向かった。

「さっちゃん、どうしたのよ。こんな時間に」

 当然、台所で洗い物をしていた弥生が引き止めてくる。

「ちょっとちーちゃんに宿題のこと聞こうと思って」

「宿題、ねぇ」

 これ、何か誤解してないか。訂正するのも面倒なので、サンダルをはく。

「すぐ戻ってくるから」

「迷惑かけないようにしなさいよ」

 ドアを閉める。このドアは重たく、大きな音がするので、夜にはよく響く。この季節、部屋着の半袖シャツは外に出ると肌寒い。腕をさすりながら、隣の部屋のチャイムを押した。

「はーい?」

 出てきたのは千歳の母親。千歳によく似ていて、若く見える。彼女とは顔なじみだ。

「あの、ちーちゃん、いますか?」

「はいはい、いますよ。上がる?」

「あ、いや、大丈夫です」

「じゃあ呼んできますね。ちょっと待ってて。ちぃー、皐月君が呼んでるわよー」

 母親が部屋の中に消えてから少しして、千歳が出てきた。長袖のTシャツにジャージ姿。自分もそんな格好すればよかった。

「どうしたの、さっちゃん」

「ちょっと、霞さんのことで話があって。……外で話せる?」

「……うん、いいよ。お母さん、ちょっと出てくるね。すぐ帰ってくるから」

 千歳と一緒に、階下にある駐輪場の側まで下りる。

「さっちゃん、半袖って寒くない?」

「寒い」

「あはは、即答」

 駐輪場の側にある木陰に辿り着く。先日、巻雲と話した場所とはまた別の場所だが、ここも周囲からは死角になっている。

「それで、霞さんがどうしたの?」

「……今度、引っ越すって」

「えっ!?」

 驚く千歳を尻目に、皐月は言葉を続ける。あんまり長引くと、感情的になってしまいそうだから。

「だから、次の土曜日、お別れ会をしてあげようと思う。ちーちゃんも霞さんの友達だから、どうかなって思って」

「それは……いいよ。絶対行く。でも、どうして引っ越しちゃうの?」

「大人に見つかったって。写真も撮られたから、もうあそこにはいられないって……」

 霞が写真を撮られる。それが意味するところは、千歳も理解したようだ。言葉を詰まらせている。

「……そういえば、みゆが『蛇女を探してる人』を見たって言ってた。その人なのかな……」

 深雪も蛇女を探していた女に出会っていたようだ。本気で探し回っていたのだろう。写真に撮って、どうするのだろうか。雑誌か何かに投稿するのだろうか。それで金儲けを。

 そんなことを考えると、なんだか凄くむしゃくしゃする。

「霞さんが引っ越すとして……さっちゃんは、それでいいの?」

「いいわけないだろッ!!」

 むしゃくしゃしていたせいか、すぐに大声が出てしまった。

「オレだって、霞さんと離れたくないよ! だけど、オレみたいな子供に何ができるんだよ!だから、オレは、せめて、霞さんに、笑顔で……」

 声が震えているのが自分でもわかった。

「……さっちゃん、落ち着いて」

 千歳がそっと手を握ってきた。感情的になっている。落ち着こう。ゆっくりと深呼吸する。一度、二度、三度。

「さっちゃんが、霞さんのこと、大事に思ってるってこと、私だってわかるよ。このことで、歯がゆいって思ってるってこともわかる。付き合いが短い私だって、悲しい気持ちになってるんだもん。さっちゃんはもっと悲しいだろうってこと、わかるよ」

 千歳は優しげな声で続ける。

「霞さんが引っ越すってこと、教えてくれたの、嬉しかったよ。予定、絶対に空けとくから、霞さん、笑顔で送り出そうね」

 だんだん落ち着いてきた。千歳には格好悪いところを見せてしまった。

「……ちーちゃん、ありがとう。霞さんも、きっと、喜ぶと思う」

「ううん。私だって霞さんの友達だよ。友達を笑顔で見送りたいっていうのは、当たり前の気持ちでしょ?」

 千歳はにっこりと微笑んで、階段に向かう。

「あ、そうだ。さっちゃんが泣きそうになってたの、霞さんにはナイショにしてあげるから」

「う、うっさいな!」

「お菓子おごってくれたら、だけど」

 こちらに振り返り、にしし、と笑うのだった。


 水曜日。学校の帰り道。成美と洋一と一緒に帰っていたが、成美が唐突に話を切り出してきた。

「キサ坊、最近元気ねーな」

 霞が引っ越すということを引きずっている。自分でもわかっているが、元気は出ない。出せっこない。

「……あ、ちょっとね」

「何か嫌なことあったの? 僕達でよかったら相談に乗るよ?」

「お前が元気ないと調子出ないからなー」

 洋一と成美の気遣いがなんだか嬉しい。この二人になら、言ってみてもいいかもしれない。

 好きな人が引っ越すということを。

「……ありがとう。相談、いいかな」

「おう。どんと来いよ」

「立って話すのもなんだし、児童公園、行こうか」

 帰りのルートを変更し、アーケードを横切って児童公園へ。もう十七時に近いので、人影はない。手近な遊具に腰かける。

「……実はさ、好きな人が」

「好きな人!? 誰だ、誰だ!?」

「なるちゃん、話の腰折っちゃダメだよ。キサ君、続けて」

 成美が食いついてきたが、洋一の一言で引っ込んだ。

「うん。……好きな人がさ、引っ越すんだ。遠くに。もう会えなくなるかもしれない」

「それって、辛小の奴か?」

「違うよ。年上の、キレイな女の人」

 綺麗な人。本人がいなければスムーズに言えるものだ。

「あ、ひょっとして、こないだ運動会に来てた人か?」

「うん」

 そういえば、成美は遠目にだが、霞を見たことがあった。あのときは世話になった人としか言っていなかったが、よく覚えているものだ。よほど違和感が強かったのだろうか。

「だから、元気がなかったんだ」

「……うん」

「……そうだね。好きな人と離れ離れになるなんて、きっと僕も元気を失くすと思う」

 洋一は自分に当てはめたのか、元気のない声。

「で、キサ坊は、その人に告ったりしたのか?」

「……し、してないよ!」

 していない。霞に自分の気持ちを伝えてはいない。

「じゃあさ、したほうがいいと思うぜ。オレもそういうの、よくわかんねぇけど……」

 成美は恥ずかしそうに頭をかきながら続ける。

「しないで後悔するより、して後悔したほうがいいって、父さんがいつも言ってるんだよ。オレもそう思う。キサ坊、結構カッコいいしさ、ひょっとしたら向こうもキサ坊のこと、好きかもしれないだろ」

「そうだね。両思いだったら、ひょっとしたら、たまに会えたり、文通できたりするかもしれないし」

 しないで後悔するより、して後悔。確かにそうかもしれない。離れる前に、自分の気持ちを伝えないと、絶対に後悔する。いっそのこと、言ってしまったほうがすっきりするだろう。

 霞と離れるのは変えられない運命だろう。だからこそ、自分の気持ちを全部、伝えきってしまおう。成美の言うとおり、ひょっとしたら霞もこちらのことを好きなのかもしれないし。

 決心がついた。今度、お別れ会をするとき。霞に自分の気持ちを伝えてみせる。

「……うん。そうだね。……ありがとう、決心、ついたよ」

「それなら何よりだよ。力になれてさ」

「せっかく相談に乗ってやったんだから、元気出せよな」

「うん。ちょっと元気出てきた。本当に、ありがとう」

「ちゃんと告れよな!」

「それは、ちょっと、秘密かなぁ」

「いや、相談乗ってやったんだからな! 結果ぐらい聞かせろって!」

「やだよ! 恥ずかしい!」

 成美とじゃれる。そう、いつものように。


 土曜日。

 皐月は約束の時間を前に、箪笥の前で頭を悩ませていた。せっかく気持ちを伝えるんだから、変な服装じゃ台無しだ。

「お姉ちゃん、この服、変じゃない?」

「あー、いいんじゃないの」

 弥生はテレビを見ながら、適当な返事。

「もう、適当に返事しないでよ!」

「何さ、唐突に服を気にしちゃって。ひょっとして、デート?」

「そういうわけじゃないよ。だけど、今日は友達のお別れ会があるの。変な服装じゃ悪いでしょ!」

「ふーん。そういうことなら仕方ないわね。どれどれ」

 弥生はテレビから目を逸らし、値踏みするようにこちらを見てくる。

「シャツはこっちのほうがいいんじゃない」

 弥生は皐月の部屋に向かうと、ハンガーにかかっていた別のシャツを持ってきた。それを着てみる。

「うん。まぁ見れると思うわよ。まぁ着てる人が着てる人だからねぇ」

「うっさいな! それはどうしようもないだろ!」

「あはは。寝癖は直しときなさいよ」

「寝癖じゃない、元から!」

 本当にこの姉は人の気も知らずに。財布の入った鞄を持って、玄関に。普段履きとは違う、ちょっと新しい靴を履く。

「じゃあ、出かけてくる。お昼はいらないから!」

「はーい。楽しんできてねー」

 楽しむ、か。楽しめるような流れになればいいが。楽しめるような気持ちになれればいいが。

 ともあれ、千歳の部屋に向かい、チャイムを押す。

「はーい、ちょっと待ってて」

 扉から出てきたのは千歳。

「あ、おめかししちゃって」

「いいだろ、別に」

「私、新月さんと買出ししてから行くから、先に行ってて。私もすぐに行くから」

「そう? じゃあ、お先に。絶対来てよね」

「もう、私がドタキャンすると思う?」

 曲がったことが大嫌いな千歳だった。聞くのも野暮だったかな。

「じゃあ、またね」

「はーい」

 千歳の部屋の扉を閉めて、自転車置き場へ。

 自転車を漕ぐ。いつもよりゆっくりした速度。

 お別れ会をしたら、霞とは離れ離れになる。やはり、そのことは歩みにはっきり現れている。

 だが、いつかは着いてしまう。一歩一歩、踏みしめるように階段を上っていく。

 今までのことを思い出しながら。霞が見せた様々な表情を思い返しながら。霞の声を反芻しながら。

 階段の先。軒先に霞は座っていた。初めて会った時の着物姿。霞はこちらに気付くと、笑顔を浮かべた。

「……よう来たのう、皐月」

 こちらも笑顔を浮かべる。精一杯の笑顔を。

「……こんにちは、霞さん」

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