#6

 九月一日。二学期が始まる日。皐月は始業式で全校生徒に紹介された後、六年二組の教室にいた。この学校は一学年四クラスということで、前にいた小学校よりも一クラス多い。担任に連れられて歩いた感じでは、建物はまだ新しく、たとえ半年しか通わないといっても、なんだか嬉しくなった。

「それじゃ、さっきも紹介があったと思うけど、転校生を紹介するぞー」

 担任が皐月の名前を黒板に書いたので、その横に立って一礼する。

「えっと、月野町の西高田小から来ました。如月皐月です。あと半年だけですけど、よろしくお願いします」

 噛まずに言えて一安心。拍手が起こって、なんだか照れくさい。教室を見渡してみれば、エドワードこと洋一、千歳の友達だという深雪とあおば、そして千歳の姿があった。世の中狭い。ひょっとして、千歳と同じ学校にいたからこのクラスになったとか。だとしたらラッキーだ。知らない人ばかりのクラスではないのだから。

 そして、成美も教壇の真横に机を構えていた。反対側にも机がある。よくわからない席順だ。

「席は後ろ、白雪の隣が空いてるから、そこに座ってくれ」

「はい」

 中庭側の窓際の席だ。なかなかいい席じゃないか。席に向かっていると、千歳が小さく手を振ってきたので、こちらも小さく手をあげて返答。

「や、白雪深雪だよ。花火大会のときに会ったよね」

 席につくやいなや、深雪が声をかけてきた。花火大会のときも思ったが、人懐っこい性格のようだ。

「そうだね。よろしく」

「ちぃちゃんの幼馴染なんだってね。世の中狭いね」

「それはオレも思ったよ。それよりも、あの席、何?」

 さっきから気になっていた、教壇を挟むように設置されている席。片方には成美が座っている。

「あー。あれはスペシャルシート。授業中に五回怒られたら、あの席で反省しなきゃならないんだ。先生の横で話を聞くためのありがた~い席なんだよ」

 確かに先生の真横なら、授業中も大人しくせざるを得ないだろう。ということは、成美はあの席に座るだけ怒られているということか。なんというか、イメージどおり。

「あたしも前に一回座ったからさ、如月君も注意しなよ」

 黒板の隅に「白雪」と「衣笠」という文字がある。それぞれ一回ずつ怒られているようだ。

「大丈夫だよ。オレ、真面目だから」

「ホントかなぁ~」

 なんてことを話していたら、自己紹介が始まるとのことなので、そちらに集中する皐月であった。


 今日は始業式なので半ドンである。休み時間の質問攻めですっかりくたびれてしまった。

「よ、如月。大人気だな」

 市販のリュックサックを背負った成美が声をかけてきた。この学校はランドセルだけでなく、普通の鞄でもいいみたいだ。制服もないので、ずいぶんと自由な感じがする。

「疲れたよ、ほんとに」

「新入りだもん。しょうがないよ。つうかぎれい、ってやつ?」

 洋一のほうはランドセルだ。

「難しい言葉知ってるな」

「伊達にエドワードじゃないよ」

「意味わかんないって」

「とにかく、一緒に帰ろうぜ」

「うん、そうだね」

 二人について行くようにして下駄箱に向かう。六年生の教室は二階にあり、階段を下りて、売店の前を通って下駄箱に。上履きから下足の運動靴に履き替えて、南側の校門に向かう。ちょうど下校時間なので、下校している生徒は数多い。

 成美や洋一と、昨日のバラエティ番組やプロ野球、ゲームの攻略法といった多愛ない話をしながら辿る家路はとても楽しくて。

「じゃ、飯食ったらそこの自販機に集合な!」

「うん、りょーかい!」

 と、近所の児童公園で遊ぶ約束を交わすのだった。


 その週の土曜日。第一土曜日、半ドンである。

 やはり、学校に行きだしたら、霞とは会いにくくなった。六時間目まで授業を受けていたら、帰ると四時を回るし、なんだかんだで成美達と遊ぶ約束を交わしてしまう。今日は用事を作ったことにして、霞のところに行くことにした。

 昼食として、作り置きの焼き飯をレンジで温めてから食べる。食器を片付けて、いつものように駐輪場へ。

 すると、駐輪場には見知らぬ少女が腕組みして立っていた。引越してきてから半月、少しずつ顔見知りも増えてきたが、この少女は見たことがない。長い前髪で瞳を隠していて、どこかミステリアスな感じのする少女だ。

「……アンタが二月?」

 自転車に乗ろうとしたところで声をかけられた。尊大な態度のとおり、随分と高圧的な口調だ。

 というか、二月って。ひょっとして新月の知り合いか何かだろうか。

「二月じゃない、如月」

「どっちも同じでしょーが。……ふーん……」

 少女はこちらを品定めするかのように、じろじろと見てくる。早いところ動きたいのだが。

「なーんか、パッとしないわねー」

「何だよ、いきなり。失礼だろ」

「ホントのこと言って悪い?」

 そこまで目を引く容姿ではないことは確かに自覚している。だけど、改めて他人から言われると、なんだかイラっとするのも事実だ。それもこんな少女から。

「……で、何か用でもあるの?」

「そうよ。ちょっとツラ貸しなさい」

 少女はこちらの腕をいきなり掴むと、人通りの少ない物陰へと連れ込んだ。駐車場と植木と田んぼに囲まれた、人目につかない場所。思わず身構える。

「何の用だよ。用事あるから、早くしてくれないかな」

「口の聞き方ってのがあるでしょうが。アタシ年上だよ? えらいんだよ?」

 少女が腰に手を当てて胸を張る。なんだか無理矢理自分を大きく見せようとしているように見えた。

 というか、この体格で年上? やはり、霞や新月と同類なのだろうか。

「まぁ、アタシも長話はしたくないわ。新月から聞いてるわよ。アンタ、霞の友達だってね」

「そうだよ。……新月さんの、知り合いなの?」

「そーよ。言葉で説明するよりも、実際に見せたほうが早いかしらね」

 少女はくるりと横に一回転。煙が周囲を覆った後、現れたのは、予想通りの異形のモノだった。腰から下が蜘蛛の身体。脚は六本。残り二本は腕ということだろうか。不気味といえば不気味な姿であるが、その体格は変身前と変わらず、皐月が見下ろす形。見た目の迫力は少ない。

 正直、慣れてしまった。

「アタシは巻雲(まきぐも)。見ての通りの蜘蛛女さ」

「蛇、烏、次は蜘蛛かぁ……」

「何だよ、あんまり驚いてないね」

「三度目となれば、ね。それに……」

「それに?」

「巻雲、ちっちゃいし」

 巻雲の背丈は人間の時点で皐月よりも小さかった。蜘蛛の姿になってみれば、さらに小さい。蜘蛛女というイメージからはどこか異なっている。

「うっさいなー! っていうか呼び捨てやめろ! アタシ年上、いいね!」

 ムキになっている姿のせいで、余計に年上とは思えない。でも、小柄なのは気にしているところかもしれないし、ほどほどにしておこう。

「すみません、巻雲さん」

「よし。で、要点だけ言うよ」

 そうだ。巻雲は何か用事があってここに連れ込んできたのだろう。

「あんまり霞に深入りしないほうがいいよ。覚悟がないんならね」

「覚悟?」

「そうよ。アタシ達は妖。アンタ達は人間。そもそも住んでる世界が違うのよ」

 前髪のせいで、巻雲の表情はよくわからないが、その口調は威圧的だ。妖とは霞や新月、巻雲といった、人間とはちょっと異なる者のことだろう。

「そのうち、面倒なことになるかもしれないよ。それを、アンタは、アンタみたいな子供は、乗り切れるかしら」

 面倒なこと。霞と友達だということがばれたとき。どういう結果が訪れるのか、それはなんとなく予想できる。

 だけど、それでも。

 霞とは友達でいたい。

「……覚悟、か、どうかはわかんないけど。オレは、霞さんと友達でいたいよ。新月さんとも」

「ま、そのへんはアンタの自由よ。アタシは忠告に来ただけだしね」

 巻雲は人間に化けると、皐月の肩を叩いて、立ち去ろうとした。

 あ、そうだ。新月の知り合いだというのなら、先日彼女と会ったときに買っていたCDは巻雲のものだろうか。ちょっと聞いてみよう。

「ま、がんばりな」

「そういえば巻雲さん、アイドルとか好きなの?」

「は!? 何だよ唐突に!」

「いや、こないだ新月さんがCD買ってて、『一緒に住んでる人が好き』って言ってたから、ひょっとしてって」

「あ、あれはだな、ほら、流行りの曲だから!」

 巻雲はだいぶ焦っているようだ。別にそんなに否定するような話でもないと思うが。

「いや、別に悪いことじゃないと思うけど……」

「だからそんなんじゃないよ! 調子乗んな、バカ!」

 巻雲は皐月の肩にパンチして、早足で立ち去っていった。結構痛い。これ、嫌な印象を与えたのかも。

 巻雲が言ったこと。覚悟がなければ深入りするな。それはわかっている。

 果たして、自分に覚悟はあるのだろうか。

 そんなことを考えても仕方ないが、自転車をこいでいる間、そのことは頭から離れなかった。


「それじゃ、お大事に」

 千歳は深雪の母親に一礼し、彼女の家から出た。深雪の家は小学校の北側、山側にある。

 今日は風邪で休んだ深雪にプリントを持ってきていた。深雪の風邪もそんなに重くなさそうで何よりだ。土曜日で半ドンだから休んだ、ってところだろう。何せ、部屋でゲームをやっていたぐらいだから―口止めをされたが―。よくわからない戦争のゲームだった。女の子としてそのゲームはどうかな、と思わなくもない。

 さて、今からどうしようか。一度家に帰り、自転車で来ているので、商店街に住んでいるあおばの家まで遊びに行ってもいいかもしれない。そんな矢先、千歳の前を自転車で走り抜ける少年がいた。

 皐月だ。

 どこに行っているのだろうか。皐月の交友範囲はある程度把握しているつもりだが、このあたりに友人はいないはず。

 暇だし、ちょっと後を尾けてみようかな。

 千歳は好奇心に駆られ、皐月の後を追う。国道のバイパスを渡り、山のほうへ向かう。この地区に同じクラスの人は住んでいないと思うのだが、どこに行くのだろう。他に施設といえば、浄水場と老人ホームぐらいなので、遊ぶようなところもない。

 疑問に思いながら後を尾けていると、皐月が自転車を停めた。周囲には何もない。

 いや、あった。

 大角山の蛇女。

 こっちに引っ越してきてから、何度か噂に聞いたことがある。子供をさらって食べてしまうという噂。小さい頃は怖がっていたが、今となっては単なる噂話、都市伝説。

 なら、皐月がここに来た理由というのは、それを確かめに来たのだろうか。意外と子供っぽいところがあるものだ。

 蛇女なんて、いるわけない。実際、今までそんな話は聞いたことがないのだから。

 だけど、もし、本当に蛇女がいたら。

 皐月は階段を上っていく。本当に蛇女がいたら、皐月が危ない。蛇女のことも気になるし、ここまで来たなら最後まで尾けよう。千歳は皐月の後を追い、階段を上っていった。


「かーすーみーさんっ」

 いつものように声をかける。

「うむ、皐月か」

 霞がひょっこりと姿を現した。今日も着物ではない。着ているのは白いワンピース。

 可愛い。思わず見とれてしまう。

「うん? どうかしたか?」

 霞が首を傾げた。

「あ、いや、いつもの着物じゃないな、って」

「洗濯して乾かしておる。これは友人からの貰い物でな。似合っておるか?」

 霞は上半身を左右にひねり、ワンピースの細かいところを見せてくる。似合っているか、と聞かれたら答えは一つしかない。

「……似合ってる、よ」

「そうか!」

 霞は笑顔を浮かべ、両指を組んで喜んだ。そういう仕草も可愛らしい。

 ……なんだか今日の自分、おかしいかも。

「友達って、ひょっとして、巻雲さん?」

 話をそらさないと。というわけで、巻雲に会ったばかりだし、彼女の話をしてみる。

「そうじゃよ。なんじゃ、巻雲を知っておるのか」

「うん。ちょっと前に会った」

「そうか。あやつは服を作るのが趣味らしゅうてのう。これはあやつの手作りじゃよ」

「へぇ、上手だね」

 意外な一面があるものだ。ひょっとして、蜘蛛の糸で編んだりしているのかも。べたべたするだろうし、それはないか。

「……さっちゃんー?」

 千歳の声だ。思わず立ち上がる。

「……どうした?」

「……幼馴染の声がした」

 どうして千歳がここに。というかなぜ自分の名前を。いや、自転車を停めていたから、千歳なら皐月の自転車だと気付くだろう。

 どうするべきか。霞には隠れてもらうか。それとも霞を友人として紹介するか。

『あんまり霞に深入りするんじゃないよ。覚悟がないんならね』

 巻雲の言葉が蘇る。

「……皐月、そなたの友人だというのなら、わしは隠れていようか?」

 霞はなんだか申し訳なさそうだ。そして、悲しそうな口調。

 いや。霞は自慢できる友人。そう言ったのは自分自身じゃないか。なら、筋を通さないと。

「……霞さん、そのままでいいよ。大丈夫。ちーちゃん……千歳は悪い子じゃないから」

「しかし……」

「霞さんは、オレの友達だから。こないだ言ったでしょ、自慢できる友達だって。それを隠すのは、なんだか変だと思うから」

 霞の返事を聞かないまま、皐月は霞を遮るような位置に立つ。少しして、階段のほうから千歳が顔を出した。

「あ、やっぱりさっちゃんだ……」

「ちーちゃん。どうしたのさ」

「いや、たまたまさっちゃんを見かけて、こっちのほうに来てたから、どうしたのかな、って……。なんだかごめんね、後を尾けたような形になっちゃって」

 考え事をしていたせいか、全然気付かなかった。

「さっちゃん、ひょっとして、蛇女のこと、調べに来たの?」

「……ちょっと違う、かな」

 そう、調べに来た訳ではない。会いに来たのだ。なんだか緊張してきた。思わず拳を握る。

「……ちーちゃんに紹介するね。オレの、友達」

 千歳に霞を見せるかのように、体をずらす。

「友達?」

 千歳は首を傾げながら、霞のほうを見る。そして――。

「きゃああああっ!?」

 蛇女だということを理解したのか、千歳は後ずさり、尻餅をつく。

「あ、大丈夫?」

「へ、蛇女……!? ホントに、ホントにいたんだ……」

 千歳の声は震えている。落ち着いてもらうべく、彼女の背中を撫でた。

「大丈夫。霞さん、いい人だから。怖くなんかないよ」

 霞も覚悟を決めたのか、こちらに這い寄ってくる。そして、尻餅をついている千歳と目線を合わせた。

「……千歳と言うたか。驚かせて、すまぬな。わしは霞。皐月の……友人じゃよ」

 霞の声は優しげだ。千歳はというと、落ち着こうとしているのか、何度も深呼吸をしている。

「……霞さん、ですか」

 千歳は少し落ち着きを取り戻したのか、声に震えは混じっていない。

「蛇女、本当にいたんだ……。それに、さっちゃんの、友達なの?」

「うん。こっちに引っ越してきて、最初にできた友達。最初にちーちゃんと会ったとき、あのときも霞さんのところに行った帰りだったんだ」

「子供をさらう、という噂があるようじゃが、あれはあくまで噂じゃ。本当にさらうのなら、とうの昔に皐月をさらっておる」

「……言われてみれば、確かに。……あの……」

 すっかり落ち着きを取り戻したのか、千歳が立ち上がる。

「うん?」

「ごめんなさい。思いっきり怖がっちゃって」

 千歳が頭を下げた。皐月と同じことを言っている。霞もそれを思い出したのか、くすりと笑った。

「……よい。怖がられるのには慣れておる」

「だけど、私も怖がられるのは嫌だから。霞さんも、慣れてるかもしれないけど、嫌でしょ?」

 千歳の言葉ははっきりとしていた。先程までの怖がっていた姿からは想像できない。というか、千歳がこんなにはっきりとものを言うとは思わなかった。

「……皐月と似たようなことを言うのじゃな」

 霞はくすりと笑い、曲げていた腰を伸ばした。

「立ち話もなんじゃ。千歳、そなたも座るとよい」

「……じゃ、じゃあ、遠慮なく」

 霞が軒先に座る。それを見た千歳もおずおずと霞の隣に座った。自分だけ立っているのもなんなので、霞の隣に座る。

「蛇女、本当にいたんですね……。肝試しに行った子、みんな『いない』って言ってたから、てっきり噂話かな、って思ってたのに……」

「子供が来たら、隠れるようにしておるのじゃ。子供を怖がらせても、あまりいい気はせぬからのう」

 初耳だ。じゃあ、どうして皐月が最初に訪れたときは姿を隠さなかったのだろう。

「え、じゃあ、どうしてオレが来たときは隠れてなかったの?」

「そなたは肝試しに来ているようには見えなかったからのう。律儀にお参りまでしおって」

 確かに前情報はなかった。というか怖い話は苦手なので、前情報があったら来なかっただろう。

「それに……そろそろ変わらねば、と思ったからのう」

「……変わる?」

「人の視線を恐れて、隠れるのはよそうと、な。そして話してみれば、皐月は良い男であった」

 霞は恥ずかしそうに頬をかいた。

「こうして千歳と顔を合わせることができたのも、皐月のおかげじゃ」

 霞はにこりと笑った。千歳の前でこんなことを言われるのは正直恥ずかしい。

「べ、別にお礼なんかいいよ。好きでやってることだし」

 千歳の反応がなんだか気になり、ちらりと覗いてみると、微笑んでいた。いったいどういう微笑みなのだろうか。

「……それにしても霞さんって、キレイですね……」

 千歳の言葉を聞いた霞は、慌てて振り向いた。

「そ、そのようなことはない!」

「いや、横顔、女優さんみたいでしたよ。ワンピースも、似合ってます」

 さすが女性同士。皐月が恥ずかしくてなかなか言えなかったことを、よくもまぁさらりと言えるものだ。

「ね、さっちゃん?」

 こっちに振るなって。

 霞もなんだか期待しているような、恥ずかしがっているような、複雑な表情でこちらを見てきた。頬が赤い。なんだか可愛い。

 だからおかしいって、今日の自分。

「……ちーちゃんの言うとおり、似合ってるし、キレイだと、思う」

「~~~ッ!」

 霞は言葉にならないような声を出し、顔を手で覆った。顔を覆いたいのはこっちもだ。

 千歳のほうを見てみると、彼女はいたずらっぽく笑い、ピースサインを出した。


「二人とも、ではな」

「うん。おやすみなさい」

 霞に手を振って、千歳と一緒に階段を下りていく。あの後は千歳の質問攻めだったり、皐月の昔のことを話したり。千歳のオンステージ。

「あの、ちーちゃん」

「なぁに?」

「霞さんのこと、秘密にしてよね」

 皐月が危惧していたこと。千歳を信用していないわけではないが、釘は刺しておかないと。

「見損なわないで。私、そんなことは絶対にしないから」

 千歳の口調は強かった。その口調と表情に嘘は感じられない。

「霞さん、寂しかったんだなぁ、って、私でもわかったもん。やっと友達ができて、楽しそうにしてる姿を見ちゃったら、邪魔なんかできないよ」

 確かに、今日の霞は楽しそうだった。それは千歳のおかげだろうか。

「大丈夫、安心して。私、曲がったことが大嫌いだから」

 千歳は笑って、自転車にまたがる。

「私、先に帰るね。一緒に帰ってるとこ見られたら、変な噂が立っちゃうかも」

「それもそうだね」

 引っ越してきたときは平気だったが、同じ学校の、同じクラスの女子と一緒に帰っているところを見られると、変な噂が立っても仕方がないだろう。

「じゃあ、またね。霞さんと会うとき、私にも声かけてよ」

「できれば」

 千歳はくすりと笑って、自転車で走り去っていった。千歳、あんなにはっきりと喋って、あんなにいたずらっぽい性格だったっけ。小さい頃のイメージとは大きく違う。引っ越してきて最初に会ったときからも。ひょっとして、あれは猫を被っていたのかもしれない。

 まぁ、月野町にいた頃からはもう何年も経っているのだ。変わっていても不思議ではない。

 それにしても、曲がったことが大嫌いって。変な言い方。

 皐月は苦笑して、自転車をこぎ出した。


 千歳は普段とは少し違うルートで家路を辿っていた。

 蛇女、霞。

 彼女は悪い人じゃなさそうだ。悪い人なら、とうの昔に皐月に危害を加えているだろうし、自分も無事じゃすまなかったはずだ。

 それにしても、あの反応。

 ひょっとして、霞は皐月のことが好きなんじゃないか。そして、皐月もまんざらじゃないのだろう。皐月に褒められてあんなに恥ずかしがっているのだから、皐月も気付いておかしくないと思うのだが、そこは鈍感なのだろう。

 人と蛇女との恋。

 なんだかいいな、応援したいな。

 そう思ったら、善は急げ。おせっかいかもしれないけど、残念。千代田千歳はおせっかい焼きなのだ。

 千歳はUターンすると、霞のもとへ戻るのだった。

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