第4話
野営テントを取り払った岸壁下に、歪な黒い塊が蠢いていた。
それは瞬く間に扇状に広がり、装甲車めがけ押し寄せてくる。
「俺の腕の見せ所だぜ! しっかり掴まっててくだせぇよっ、隊長!」
片眼のザキが、コクピットに飛び込むなり叫んだ。
セロは裏切り者のガスが、これ以上の小細工をしないようにベルトを使ってでシートに縛り付け、上部ハッチを上げる。二つあるハッチの一つは既に白髪のシンが上げ、機関銃で迫り来る『イービル』を掃射していた。
機関砲のバスケットには爆薬専門家、片腕のロドが張り付き細く口笛を吹いた。
「ヒュッ! すげえ数だ、逃げ切れませんよ隊長!」
うねる黒い津波となり、醜悪な蟲共が押し寄せるのを眺めセロは苦笑する。
「女王一体に、約千匹のオスで群れを作るらしいからな……ガスが起動した装置で群れが一つ動いたんだろう。幸い移動速度は速くない。砂漠を抜ければ振り切れるから、それまで近づけるな!」
しかし砂地では、三〇体節からなる節足歩足で移動する『イービル』が断然有利である。切り立つ岩を避けながら走る装甲車との距離を、見る間に縮めてきた。
このままでは、装甲車ごと溶かされ餌になる……。
シンを救うことで、弟の仇を討ちたかった。アドミルに報復を果たせない口惜しさで歯噛みする。
ところが突然、『イービル』の群れは大きく左右に分かれた。
装甲車を遠巻きにV字形状で追ってくる。取り囲み逃げ場を塞ぐつもりだろうか? それほどの高い知能があるのか?
「音波撃退装置を起動しました。少しはヤツらの速度が落ちるはずです」
声のした隣を見ると、シンが機銃の横に三〇センチ四方ほどの箱を設置していた。
「なんだそれは……いつのまに?」
「ガスが呼び寄せに使った装置は女王が出す特殊な音波を利用したモノですが、これは改良型の周波数変更が出来るモノで、ヤツらが嫌う音波が出せる。アドミル大佐が持たせてくれたんですよ……言ったでしょう? この任務を達成することが唯一、生き延びるチャンスだと。俺の任務は、あなたを助け一緒に生き延びることです」
「アドが……? いや、しかし……どういうことだ?」
機銃の弾薬を補充しながら、セロは混乱する思考に戸惑う。
「セロ少尉は、犬死にするような人間じゃないと大佐は言った。必ず最後は、死力を尽くすって。だから少尉を守って欲しいと頼まれた。俺も、生きられる望みがあるならと、引き受けた」
シンを送り込んだのは、アドミルの計画だというのか?
この少年を救うためにセロが、戦い生き延びる道を選ぶと確信していたのだ。
だが何故、弟を見捨てておきながらセロを助けようとするのか解らない。
酷い言葉を投げつけアドミルから離れていったセロに、まだ想いがあるのだろうか……。
「……大佐の思惑は関係ない。私は生き延びることを選んだ、それだけだ。シン、暫く離れる。ここを頼んだぞ!」
改めて自身に言い聞かせたセロは、ハッチから下りコクピットのナビゲーター席に座るとモニターで地形を確認する。
「ザキ、進路を真南に変更だ」
「そっちは砂漠を抜けたらすぐに崖ですぜ? 逃げるには不利になる」
眉を寄せたザキにセロは、モニターの電子コンパスと重なる地図を指さした。
「ヤツらから、なるべく距離を取って、この高台の上を走れ。この車にヤツらを引きつけ、崖に落とす」
「うえっ?、ヤツらと心中するつもりですかい? ま、まあ、生きながら溶かされ喰われるよりは、マシな死に方ですがねぇ……」
「馬鹿を言うな。シンが持ち込んだ音波撃退装置の波長を変えれば、群れ一つくらいは『イービル』を引きつけられる。ヤツらは動くモノなら何でも喰らうが、崖の手前で飛び降り高台の下まで滑り降りて動かなければ、やり過ごせる」
「あぁっ、はぁ! なるほど了解っ!」
片方しか無い目を瞑り、ザキはニヤリと笑った。
『イービル』の距離と装甲車を捨てるポイントまでの距離を測り セロが音波装置の周波数変更のためハッチから頭を出そうとしたとき。
ひゅっ、と、黒いモノが目の横をかすめた。
「ぎゃあぁあっっ!」
いつの間にか三体の小型『イービル』が装甲車上部に乗り移り、機関砲を操っていた片腕のロドに襲いかかった。
「クソッ! 成虫前の半幼生には効かねぇのかよっ!」
シンが大型ナイフを手に銃座を離れ、ロドに絡みついた一体を引き剥がそうと格闘する。
他の一体が口角から滴る液体で装甲板を溶かし、中に入り込もうとしているのを見てセロは、急ぎコクピットに戻ろうと出しかけた半身を戻した。内部で暴れられたら、勝ち目は無い。
頭が車内に隠れる寸前。応戦虚しく鋏角に挟まれた片腕のロドが地に引きずり落とされ、黒い塊に覆われていく光景に目を背ける。
コクピットではザキが、装甲を溶かし頭を突き出した『イービル』相手に片手でハンドルを握り片手でナイフを振り回していた。跳弾で電子機器や自身が傷つく危険があるため、むやみに銃は使えない。
せめて、あのハサミ状付属肢の動きを抑えることが出来れば……。
大口径の短銃を手に焦るセロは、頭上にシンの叫びを聞いた。
「いまだ、隊長!」
声と同時に、『イービル』の動きが一瞬止まった。その期を逃すセロでは無い。
素早く至近距離に近付き、三つ並んだ目の真ん中に銃口を押しつけて、あらん限りの弾を打ち込んだ。
どさりと、半分に寸断された『イービル』の上体が目の前に落ちた。シンがナイフで切り離したのだ。
セロは後部ドアを開いて、車の外に足で蹴り出す。。
「狭い車内じゃ、動きがとれない。隊長だから、あんたが頭。俺がしっぽ」
『イービル』が開けた穴から顔を覗かせたシンが、ニヤリと笑った。
「じき砂漠を抜ける! 隊長、急いでくだせぇ!」
安堵の間もなくセロは音波装置の周波数を変更し、シートにベルトで固定した。そして拘束したままの裏切り者のガスを解放しようとして気が付いた。
ガスは既に、息が無かった。
泡を吹いているところを見ると、口腔内に薬物でも仕込んでいたのだろう。
ナイフでベルトを切り、シート下に装備されている毛布を掛けた。
「上に出ろ! 飛び降りたら出来るだけ下まで転がって離れてから、岩陰で死体になりきるんだぞ! GO!」
装甲車がバウンドし、崖に落ちる寸前。
セロは車上から左下の坂に身を翻した。丸太のように三十メートルほど転がり落ち、少し平らになった場所で止まると素早く岩陰に身を隠す。
金属パイプが擦れ合い軋むような耳障りな音が延々と頭上を通り過ぎ、どれほどの時間が経っただろうか……。
ようやく訪れた静寂にセロは、静かに目を開いて安堵の息を吐いた。
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