第百十四回 張賓は八陣の法を布く

 張賓ちょうひんが諸将に命令を発した。

「吾が定めた軍旗に従って往日の陣法により各々の方位に行き、配置に就け。晋兵の位置を真東として誤るな。また己の配置を死守して乱すな。指示を違えて大事を誤るな」

 将兵は一斉に動き出して陣を布く。

 東の一陣は趙染ちょうせんが主帥となって青龍とその上に八卦はっけしんの卦を著した軍旗を掲げる。左翼には次弟の趙概ちょうがいがつき、の卦を描いた軍旗を掲げる。右翼には末弟の趙藩ちょうはんがつき、かいの卦を描いた軍旗を掲げている。

 それらの背後には副将五人がそれぞれの軍旗を掲げる。その軍旗にも震宮しんきゅうの変化に応じるこうしょうせいずい大過たいかの五卦が描かれていた。

 東陣の軍勢は二万四千、全員が緑の戎装じゅうそうに身を包んで手にした長鎗を林立させている。この一軍が八門の生門せいもんを守る。

 西の一陣は黄臣こうしんが主帥となって白虎とその上にの卦を著した軍旗を掲げる。左翼には弟の黄命こうめいがつき、こんの卦を描いた軍旗を掲げる。右翼には蕃将の脱弓だつきゅうがつき、すいの卦を描いた軍旗を掲げる。

 それらの背後にはこれも副将五人がそれぞれの軍旗を掲げる。その軍旗にも兌宮だきゅうの変化に応じるかんけんけん歸妹きまい小過しょうかの五卦が描かれていた。

 西陣の軍勢も同じく二万四千、全員が白の戎装に身を包んで景門けいもんを守っている。

 南の一陣は関防かんぼうが主帥となって朱雀とその上にの卦を著した軍旗を掲げる。左翼には弟の関謹かんきんがつき、りょの卦を描いた軍旗を掲げる。右翼には従弟の関山かんざんがつき、ていの卦を描いた軍旗を掲げている。

 それらの背後にはこれも副将五人がそれぞれの軍旗を掲げる。その軍旗にも離宮りきゅうの変化に応じる未濟びせいもうかんしょう同人どうじんの五卦が描かれていた。

 南陣の軍勢も同じく二万四千、全員が赤の戎装に身を包み、その色が林立する戈矛かぼうに映じて燃え立つように見える。この一軍が開門かいもんを守る。 

 北の一陣は張實ちょうじつが主帥となって玄武とその上にかんの卦を著した軍旗を掲げる。左翼には弟の張敬ちょうけいがつき、せつの卦を描いた軍旗を掲げる。右翼には邊将の帙蒙てつもうがつき、ちゅんの卦を描いた軍旗を掲げている。

 それらの背後にはこれも副将五人がそれぞれの軍旗を掲げる。その軍旗にも坎宮かんきゅうの変化に応じる既濟きせいかくほう明夷めいいの五卦が描かれていた。

 北陣の軍勢も同じく二万四千、全員が黒の戎装に身を包み、海嘯かいしょうの如き鬨の声を挙げて休門きゅうもんを守っている。

 西北の一陣は胡延晏こえんあんが主帥となって飛虎ひことその上にけんの卦を著した軍旗を掲げる。左翼には次弟の胡延攸こえんゆうがつき、こうの卦を描いた軍旗を掲げている。右翼には末弟の胡延顥こえんこうがつき、とんの卦を描いた軍旗を掲げている。

▼「飛虎」は翼が生えた虎を言う。

 それらの背後にはこれも副将五人がそれぞれの軍旗を掲げる。その軍旗にも乾宮けんきゅうの変化に応じるかんはくしん太有たいゆうの五卦が描かれていた。

 西北陣の軍勢も同じく二万四千、全員が青の戎装と銀鎧に身を包み、画戟がげきを林立させて鉄壁か銅城の如く傷門しょうもんを守る。

 東北の一陣は楊龍ようりゅうが主帥となって勾陳こうちん飛蟒ひもうの上にごんの卦を著した軍旗を掲げる。左翼には楊興寶ようこうほうがつき、の卦を描いた軍旗を掲げている。右翼には桃虎とうこがつき、大畜たいちくの卦を描いた軍旗を掲げている。

▼「飛蟒」は翼が生えた大蛇を言う。

 それらの背後にはこれも副将五人がそれぞれの軍旗を掲げる。その軍旗にも艮宮ごんきゅうの変化に応じるそんけいぜん中孚ちゅうふの五卦が描かれていた。

 東北陣の軍勢も同じく二万四千、全員が褐色の戎装に身を包み、斧鉞ふえつを林立させて石壁か堅城のごとく死門を守る。

 東南の一陣は孟獲もうかくの孫にあたる孟彪もうひょうが主帥となって飛夔ひきの上にそんの卦を著した軍旗を掲げる。左翼には弟の孟豹もうひょうがつき、小畜しょうちくの卦を描いた軍旗を掲げている。右翼には蕃将の没突艧ぼつとつかくがつき、家人かじんの卦を描いた軍旗を掲げている。

▼「飛夔」は「」と同義と推測され、風雨を司る一本足の龍のような神獣。

 それらの背後にはこれも副将五人がそれぞれの軍旗を掲げる。その軍旗にも巽宮そんきゅうの変化に応じるえき無妄ぶぼう筮盍ぜいごうの五卦が描かれていた。

 東南陣の蕃兵も同じく二万四千、全員が青の戎装に身を包み、鋼叉こうさが林立して柵塁さくるいの如く驚門きょうもんを守る。

 西南の一陣は劉伯根りゅうはくこんが主帥となって螣蛇とうだの上にこんの卦を著した黄色い軍旗を掲げる。左翼には若手の陳國寶ちんこくほうがつき、ふくの卦を描いた軍旗を掲げている。右翼には陳國寶の弟の陳國賓ちんこくひんがつき、りんの卦を描いた軍旗を掲げている。

 それらの背後にはこれも副将五人がそれぞれの軍旗を掲げる。その軍旗にも坤宮こんきゅうの変化に応じるたいかいじゅ大壮たいそうの五卦が描かれていた。

 西南陣の蕃兵も同じく二万四千、全員が黄色の戎装に身を包み、鈀槊はさくが林立して岩壁の如く杜門ともんを守る。


 ※


 八門への諸軍の配置を終えると、関河かんか曹嶷そうぎょく夔安きあんたちは命を受けて四万の軍勢で漳水しょうすいの渡しと糧秣の防備に向かった。劉欽りゅうきん靳都きんとは三万の軍勢とともに指揮をおこなう将台の警護にあたる。

 さらに、劉宏りゅうこう靳準きんじゅんが将台に上がって軍旗をとり、諸将への下知に備える。

 東の敵を討つ際には東の軍旗を揚げ、西の敵を討つ際には西の軍旗を揚げることになっていた。軍旗は他にも用意されており、強弱剛柔の命も自在に伝えて八陣が互いに助け合うことができる。

 また、王如おうじょ王伏都おうふくとは八千の精鋭を率いて陣前に留まり、遊軍として危急に応じる手筈とされた。

 元帥の劉聰りゅうそう韓陵山かんりょうさんの西山から陣闘を観覧することになっており、王彌おうび劉霊りゅうれいの二先鋒は八陣には加わらず中軍に留まると定められたことであった。

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