第八十回 漢軍は邯鄲を攻む

 汲郡きゅうぐんを平定した劉聰りゅうそう張賓ちょうひんと議論して言う。

「吾が兵威は大いに振るっておる。破竹の勢に乗じて中原を席捲せっけんし、大事を成そうと思うが、次はどこに軍勢を進めるべきであろうか」

 張賓が言う。

邯鄲かんたん常山じょうざん、汲郡の近くにあってまず取るべきところです。しかし、刺史の龐鷹ほうようという者があり、これは龐會ほうかいの子、龐徳ほうとくの孫です。牛の角を引き抜く大力があり、百歩先の柳の葉を射抜く弓の腕前と聞きます。弟の龐鷂ほうようの勇も兄に次ぎ、千斤(約596kg)の石を挙げる強力ごうりきで百斤(約59kg)の矛を振るい、趙人は二人を邯鄲の二虎と呼んでおります。易々とは討ち取れますまい。しかし、邯鄲を捨てて他郡を攻めれば、彼らに救援を求めるでしょう。強力な外援があっては攻略は難しくなります。まずは邯鄲を攻めて龐兄弟を討ち取れば、その余の郡は物の数ではありません。諸将が臣の計略をおこなってはじめて龐兄弟を討ち取れましょう」

▼龐徳の子は龐會、龐會の子の名は伝わらない。

 張賓の言葉が終わる前に劉霊りゅうれいが進み出て言う。

「汲郡を取るにあたってそれがし寸功すんこうも立てられませんでした。この度は某が先駆となって龐鷹をとりことして御覧に入れましょう」

 張賓が言う。

劉子通りゅうしつう(劉霊、子通は字)がこの任を務めてくれるのであれば、龐兄弟を相手にして懸念はない」

 王彌おうびも進み出て言う。

「先鋒を一人に限る必要はございますまい。龐氏の兄弟は二人いるのですから、旧に同じく劉将軍と二路に分かれて軍を進めたいと存じます。吾らが助け合えば、必勝を期せましょう。また、成功した暁には、功績は劉将軍のものとして頂いて異論はありません」

 劉霊が言う。

「功は分けるものでも他人より譲られるものでもない。吾はすでに先鋒の任を受けておる。それをお前も得ようとは、何の道理があろうか」

 王彌が言う。

「ただ国家に力を尽くすにあたって、労苦を争って褒賞を求めることなどあろうか」

 傍らより張實ちょうじつが口を挟んだ。

飛豹ひひょう(王彌、飛豹は字)の言は至理というものだ。将を斬って旗を奪うだけが功績ではない」

 それを聞いた張賓が言う。

「吾が弟の言に理がある。ならば、劉子通を左路の先鋒とし、王飛豹を右路の先鋒とする。吾が弟は後詰ごづめとして遊軍を務めよ。良卿りょうけい黄臣こうしん、良卿は字)、國珍こくちん楊興寶ようこうほう、國珍は字)は左右の督護とくごを務めよ。吾らとともに大軍を率い、連繋して事にあたれ。必して事を誤ってはならぬ」

 その言葉を潮に諸将は順を追って軍を発していった。


 ※


 晋では属縣からの急使が走り、漢軍が邯鄲を目指して発したことが報じられた。龐鷹は報告を聞くと僚佐を集め、軍議を開いて言う。

「今や漢賊どもは吾が州境にある。出戦するか籠城して守るか、いずれを選ぶべきか」

 僚佐は口を揃えて言う。

「漢賊は猖獗しょうけつを極めると聞きます。ただ城を堅守して時を稼ぎ、一方で渤海郡ぼっかいぐんに人を遣って救援を求めるのがよろしいでしょう。さらに、洛陽らくようにも使いを出して六郡が漢賊に襲われている旨を上奏し、救援を願い出るのです。渤海の援軍と洛陽からの大軍があれば、漢賊が劇寇げきこうであろうと破れぬわけはありません」

 邯鄲の謀士を務める参軍さんぐん張翮ちょうかいが進み出て言う。

「余人の議論など聞くに及びません。吾に一計があり、それで漢賊に対抗できましょう。漢賊を城下に迎えては守るに利がなく、洛陽からの援軍も急場の頼みとはなりません」

 龐鷹が方策を問えば、張翮が答える。

紫石山しせきさんの傍らに馬服山ばふくさんという地があります。道が狭くて守るに有利な地形です。漢賊は必ずやここから郡内に攻め入って参りましょう。ゆえに、一将と五千の兵を遣わして防備を固めれば、漢賊は空を飛んだところで越えられますまい。兵法に『まず高所に拠る者は克つ』と申します。これは楚漢の頃に李左車りさしゃ井陘せいけいの隘路に拠って韓信かんしんやくした術です。将軍がこの策を採用されれば、必ずや漢賊を破れましょう」

▼「井陘」は山西さんせい山東さんとうを結ぶ山道にある難所を指す。

 龐鷹は張翮の献策を容れて言う。

「それならば、参謀と吾が弟は城中に残って守りを固めよ。吾が馬服山に出向いて漢賊どもを防ごう」

 すぐさま五千の軍勢を率いると馬服山に向かい、険隘の地を選んで柵を設け、漢軍の到来を待ち構えた。


 ※


 漢の先鋒を務める劉霊、王彌が二路を進んで紫石山に近づいた頃、斥候が報せる。

「馬服山には一條の道筋があり、その他には獣道やきこり間道かんどうもございません」

 二将は合流して馬服山を目指すこととし、いよいよ山に差しかかる頃、前軍の急使が駆け込んで来た。

「山頂には旌旗せいきが樹間に見え隠れし、晋軍が険要を押さえているようです」

 王彌はそれを聞いて言う。

「吾らもしばらく軍を止め、張謀士(張賓)の到来を待って軍議をおこなうのがよかろう」

「水に遭えば橋を架け、山に逢えば路を開くのが先鋒の任、敵が前を阻むのであれば、破って路を通すのが当然である」

 劉霊はそう言うと鉄砲と火矢を用意させ、軍勢を率いて馬服山を抜ける路に進んだ。

 砲声が一斉に響き渡り、鬨の声を挙げて山道を進んでいったところ、前方の軍営より金鼓きんこの音が鳴り響く。柵門が開くや一人の猛将が馬を馳せて駆け下ってきた。その身は長く面は広く、目は盛んに燃える炬火きょかのよう、鬚は鉄針のようにはね上がっている。

 赤いたてがみの駿馬しゅんめに打ち跨り、太刀を抜き放って大音声に言う。

「国に叛く羌奴きょうどども、函谷関かんこくかんの西、成紀せいき龐凌霄ほうりょうしょう(龐鷹、凌霄は字)ありと聞き知らぬか。吾が郡境を犯すとはいい度胸だ。すみやかに馬より下りて投降すれば、身命だけは保たせてやろう。少しでも遅れるようなら屍を千万に砕いてやるぞ」

 劉霊が罵り返す。

「大言を吐く愚か者め。お前は許戌きょじゅつ典升てんしょう徐玖舒じょきゅうじょ張牛ちょうぎゅうと比べてどれほどの者か。吾が名を聞き、首をすくめて逃げ出すがよい。虎の鬚を触るような愚かなことは止めておけ」

 龐鷹は大いに怒って刀を舞わせ、漢陣に斬り込んでいく。

 劉霊もまた蛇矛だぼうを引っ提げ突きかかり、二人は約して軍勢を退け、高く捲き上がる塵砂じんさは天の河に届き、白日もその光をかげらせる。戦の有様は二匹の龍が大海を波打たせ、二頭の虎が山中で争うかのような激しさ、五、六十合を超えても勝敗は決さず、軍士はいずれが勝つかと心配し、声援が馬服山の木々を震わせた。

 まさにの敵手に逢っていずれも譲らぬよう、二人は左右に分かれて息を吐くとまた馬を寄せて戦い、さらに三十合を超えて戦をつづける。

◆「棋の敵手に逢っていずれも譲らぬ」は未調査。

 龐鷹はにわかに勝ちがたいと見るや、一計を案じて太刀の狙いを外し、馬頭を返して逃げ奔る。劉霊はそれを誘いと思わず、そのあとに追いすがる。龐鷹が顧みれば、劉霊は馬を責めてひたすらに追い、身の備えもしていない。

 暗に喜んで大刀を納めると、馬の手綱たづなくらの間に挟んで弓を取る。箭を抜くや猿臂えんびを伸ばして引き絞り、振り向きざまに箭を放つ。

 劉霊は弓弦ゆんづるの音が聞こえるや馬の背に身を伏せる。龐鷹の箭は兜にあたって弾かれた。

 劉霊は罵って言う。

狼心ろうしんいぬめが、吾に及ばぬと見て隠し矢で射殺そうとするとは。大丈夫だいじょうふのおこないとも思えぬ。必ずや報いを与えてやろう」

 そう言うや馬に鞭して追いすがる。龐鷹は劉霊が引かぬと見て二本の箭を抜き放つ。

「この者は生半なまなかな手では射殺せまい。連珠貫射れんじゅかんしゃの術を使うよりない」

 そう思い定めると、ふたたび箭をつがえて射放った。

 劉霊はその箭を掴み取るも、瞬きをせぬ間にもう一本の箭が眼前に迫る。首を動かしてその箭をかわすと、口にくわえて噛み止めた。

 さすがの龐鷹も愕き、軍営に引き返そうと馬を返す。劉霊も今日はこれまでと山を下って陣営に馳せ戻っていく。

 それを見るや、龐鷹は馬を返して劉霊の背後より力の限り矢を放つ。劉霊は弓弦の音を聞くより鞍に伏して馬を急がせ、誘き出そうと駆け逃げる。龐鷹は箭を受けて逃げ奔ったと思い込み、馬を飛ばして跟を追う。

 劉霊は誘うように馬を馳せて曲がりくねった谷間に到り、馬を停めて死角に潜むと背後の様子を窺った。

 龐鷹は計略とも知らず、馬に鞭して道を急ぎ、死角に潜む劉霊を通り過ぎる。劉霊が背後に姿を現すと、急いで馬頭を返そうとする。

 劉霊は蛇矛だぼうを引っ提げて龐鷹に迫り、穂先を左腿に突きたてる。分厚い鎧に穂先を阻まれ、傷は浅手に止まった。

 龐鷹は落馬もせずに馬を馳せて逃げ戻る。劉霊が矛を構えなおすと、その背はすでに十余歩も先に離れている。大いに怒ってその背を追うも、龐鷹は山頂の軍営まで逃げ戻って柵を閉ざした。

 劉霊も半ばまで追い上ったものの、軍営からは木石を投げ下ろし、どうにも柵門までは進めそうもない。

 怒りを抑えて馬を返し、山の麓まで駆け戻っていった。


 ※


 加勢に来た王彌と行き会うと、劉霊は口を歪めて負け惜しみを言う。

「飛豹がもう少し早く来ておれば、龐鷹の賊めを擒としていたであろうに」

 二人して山麓に戻って軍営を置き、その日はそこで夜を明かしたことであった。

 翌早朝には劉聰が率いる大軍とともに張賓も到着し、劉霊は昨日の戦いを論じて龐鷹の武芸が高く優れていると評した。

 張賓が言う。

「吾が探ったところ、龐兄弟は許戌、典升、張牛、徐玖舒の輩に過ぎず、計略に陥れるのは容易い、ただ参軍の張翮は謀略に長けており、並の計略では見破られよう」

 劉聰が問う。

「それならば、どのように邯鄲を陥れるのか」

 張賓が答えて言う。

「この馬服山は険阻とはいえ陰平いんぺいの険に及ばず、越えようと思えば越える路もある。明日、劉子通(劉霊)は軍勢を率いて文翰ぶんかん(趙染、文翰は字)とともに馬服山の麓に軍営を構え、龐鷹を防ぎ止めよ。子通の矛を受けておれば、すぐさま挑んでくることもあるまい。王飛豹はこの隙に一千の歩兵を率いて紫石山の西にある峡谷の低地を切り拓き、一條の道を通せ。楊興寶、夔安きあん曹嶷そうぎょくの三将は歩戦に練達しているゆえ、飛豹が道を通せば、ただちに邯鄲の郡境に出よ。大いに威勢を張って『邯鄲に攻めかかる』と流言を撒け。必ずや張翮が来て龐鷹を城に帰らせ、軍議を開こうとするであろう。龐鷹が馬服山を下れば易々と山上の柵を抜き、山道を進めよう」

 その時、関河かんかが進み出て言う。

「龐鷹の賊を城に帰さず、帰路で釘付けにしてもよいのではありますまいか。願わくば吾が馬を引いて紫石山を越え、邯鄲への路に柵を連ねて塞ぎたく存じます。背後より大軍が攻め寄せれば挟撃して擒にできましょう」

 張賓が賞して言う。

関継遠かんけいえん(関河、継遠は字)の意見は甚だ吾の意に叶う。王飛豹に山を開いて道を付けさせるのも、そのためである。望み通りにやってみるがよい」

 諸将はそれぞれに張賓の命令を受け、軍勢を率いて軍営より発していった。

 王彌、関河、楊興寶たちは兵を督して道を拓き、けわしい岩は削り去って三日で山上に登りついた。見下ろしてみれば、その先は思いのほか平らかな下り坂になっている。

 三人は喜んで言う。

「ここから先なら車馬を通すのも難しくはない」

 軍士に命じて軍営を整えるとともに、張賓に報告させた。張賓も大いに喜んで言う。

「それならば龐鷹を擒とすることも容易かろう」

 黄臣こうしん胡延顥こえんこうを呼んで命じる。

「お前たち二人は五千の軍勢を率いて山を越え、馬服山の麓から十里(約5.6km)のところで道の左に埋伏せよ。また、関防と麻哈まこうはともに行き、その右側に埋伏せよ。胡延晏こえんあん胡延攸こえんゆうの二人は五千の軍勢を率いて新造の道を抜け、馬服山の麓に潜んで吾らが山上の柵を攻めるまで待て。砲声を合図に背後から攻め上れば、柵は必ず抜けよう」

 命令を受けた諸将は軍勢を整えてそれぞれの持ち場に向かった。


 ※


 翌日、劉霊が馬服山に着いてから五日目に龐鷹は山上の柵を固め終わり、城に使いを立てようと考えていた。ちょうどその時、間諜が戻って報せる。

「漢賊どもがこの間に岐峡ぎきょうの岩石を穿うがって道をつけ、そこから軍勢を通して城を攻めようとしております。山上を将軍と争うつもりはないように見受けられます」

 龐鷹は大いに愕いて言う。

「この賊どもはそこまで詭計を弄するか。それならば柵を捨てて城に戻り、漢賊を防ぐよりない。ただ、計略ならば険要の地を捨てるに等しい。どうしたものか」

 思案しているところに城からの急使が駆け込んで書状を呈する。開いて見れば龐鷂の筆跡に間違いない。

 書状には次のように記されていた。

「賊兵はすでに間道より郡境に入り、その軍容ははなはだ盛んで城は厳しく囲まれております。賊将どもは詭計が多く、容易には打ち破れません。馬服山の麓を包囲されては糧秣がつづかず、窮地に陥るおそれがあります。すみやかに兵を返して城を守り防ぐのが上策かと存じます」

 読み終わった龐鷹は居並ぶ将佐に言う。

「漢賊どもが郡境を越えたならば、ここに拠っても無益である。旌旗せいきを樹木に差し挟んで吾らがいるように偽装し、すみやかに城に退く」

 その夜の四更よんこう(午前二時)には数人を山頂に残すと城に退いていく。翌早朝に劉霊が攻め寄せたものの、柵の内はせきとして人声がなく、矢石も落ちてこない。

「本営に報じよ。龐鷹は柵を捨てて城に向かった。吾は進んで龐鷹の跟を追う」

 そう言うと砲声を鳴らして先に進んでいく。

 その砲声を合図に攻め上った胡延晏、胡延攸の兄弟が柵に着くと敵の影も形もない。柵を閉ざす関鎖を切り落とすと、柵外にいた劉霊と軍勢を合わせて山を下り、ともに龐鷹を追って進んでいった。


 ※


 張賓は劉霊からの報告を聞き、張實、趙染、王如おうじょを呼んで命じる。

「すぐに軍を発して先行する諸将を助け、龐鷹を追って邯鄲の城に入らせるな」

 張實たちは軍勢を整えると風のように馬服山を去って龐鷹の跟を追う。

 龐鷹は箭のように一直線に城を目指すも、十里(約5.6km)ほど進んで大道に近づいたところで、にわかに砲声が鳴り響いた。馬を止めて前方を見れば、立ち並ぶ軍旗の下に一人の漢将が現れ、刀を手に馬を躍らせて大音声に言う。

「そこにいるのは龐凌霄であろう。お前は利害を知る者と聞き及んでいる。事ここに及んで、なお馬から下りて吾らとともに功名をなそうとは思わぬか。漢軍に典升を擒にした王彌将軍ありと耳にしたことはないか」

「狂胡めが妄言を抜かす。天朝の官将を冒涜するとは身の程を知るがよい」

 龐鷹はそう罵ると、馬を馳せて刀を舞わせ、道を阻む漢軍に斬り込んでいく。

 王彌も刀を抜いて迎え撃ち、二人の戦いは一進一退、左に馳せれば右に突いて閃光のよう、たちまち三十余合に及ぶ。それでもなお勝敗は決さず、龐鷹はすぐにも敵を斬り殺して城に向かおうと怒りも荒々しく、王彌は半歩も城に近づけるまいと横ざまに道を阻んで逃がさない。

 そこに八十斤(約47kg)の大鎚だいついを振りかざして一人の歩将が打ちかかる。

 龐鷹が刀を振るって斬り殺そうとするや、楊興寶は大喝して言う。

「お前に楊将軍の大鎚を止められるか」

 王彌と龐鷹が刀を交えるその間に、楊興寶が横ざまから打ちかけ、龐鷹は刀でもって支えようとするものの、ともすれば劣勢に追い込まれる。城に急ぐ龐鷹は戦を捨てて左に逃れ、馬を拍って走り抜けた。

 その先にはまた一人の歩将が大斧を手に飛ぶように躍り出る。

「漢軍に汲郡を落とした夔将軍ありと聞き知らねえか。王先鋒とともにお前の到来を待ちかねておったぞ。よもやここから逃れられると思っておるまいな。早く下馬して縛につけや」

 周りを囲まれたと悟った龐鷹は取り乱し、左の間道へ逃げ奔る。王彌たちは何を思ったかその跟を追わず、龐鷹は追手がないと知って轡を緩める。

 その先を五里(約2.8km)も行かないうちに砲声が鳴り響く。慌てて馬を正したところ、五千ばかりの鉄騎が左右一字に開いて攻め寄せてきた。

 その軍旗には金字で「武安ぶあんは大漢のいさおたすけ、雄継ゆうけいは劉氏にいさおを立つ」と書され、中央には関の字が大書されている。関氏の旗を目にし、龐鷹は逃れられるまいと肚を括った。


 ※


 中央に馬を立てる関防は声を烈しくして言う。

「お前の父の龐會ほうかいがかつて蜀に入った時、吾が伯父の関平かんぺいの一家を族滅したことを思い出したか。お前を久しく待っておったぞ」

 威風あたりを払う関防が大刀を手にしているのを見て、龐鷹は右の田畝たうねに馬を入れ、後も見ずに走り去る。

 わずかに離れたかと思った時、ふたたび砲声が響いて五千ばかりの軍勢が姿を現した。軍旗には関防と同じく金字で「五虎名臣のすえ、三朝老将の孫」と記されている。

 中央の漢将は刀を手に馬を横ざまに立てて道を阻み、待ち構えている。龐鷹に戦う心はないものの、何とか切り抜けて城に戻ろうと、刀を舞わせて斬りかかる。関謹はそれを迎え撃ち、二人の刀が幾度となく斬り結ばれて馬は幾度も入れ替わる。

 まだ十合にならぬうちに、さらに一軍が攻め寄せてきた。漢将は赤い瞼に虎のうなじ、獅子のような額に長い鬚、一丈八尺(約5.6m)の長鎗を手にその声は雷鳴のように響き渡る。

「賊めが、逃げるを止めよ」

 龐鷹がそちらを見れば、軍旗には「燕邦えんぽう熊虎の将、蜀漢帝の皇親」と大書され、中央に張涿州ちょうたくしゅうの三字が記されている。これは張飛の末裔であろうと思い、合戦を避けて敵のいない場所を目指して駆け抜ける。

 張實もその跟を追わず、龐鷹はそこから南につづく道に逃れた。

 その先に翻る軍旗を見れば、「胡延、原姓は魏、蜀に附いて再び羌を興す」の十文字が大書されている。その下には雄偉ゆうい赫赫かくかくたる二人の漢将がおり、その左右に城壁のように将兵が居並ぶ。

 漢将たちに追い込まれたと覚った龐鷹は左に折れて東に逃れ、胡延兄弟を振り切ったかと安心したところ、関防が先の場所に留まっているのを見て引き返し、麦畑の中を進んでいく。

 そこに蕃将ばんしょうの麻哈が降魔ごうま鉄杵てつしょを挙げて前を阻む。龐鷹は大いに怒って刀を振るい、斬り上げる刀を麻哈が鉄杵で受け止める。一進一退の戦いをつづけること三十余合、ついに龐鷹の一刀に麻哈は馬から下に斬り落とされた。龐鷹は麻哈の首級も挙げず、馬を蹴って奔り去る。

 関防は麻哈では龐鷹を阻み得ないと思い、軍勢を率いて道を塞いでいたが、その様子を見ると刀を抜いて道を遮り、静かに言う。

「賊将、逃げるのを止めよ。鷹という名であっても翼がなくてはどうしようもあるまい。凌霄という字であってもそらを凌ぐことはできまい。ただすみやかに馬より下りて義に従うがよい。そうすればお前の罪も許されよう」

「吾は賊の言には従わぬ。軍旗からお前が関羽かんうの裔とは分かっている。関羽はかつて樊城はんじょうにあって二度まで吾が祖の令明れいめい(龐徳、令明は字)により擒となるべきところ、于禁うきんが功を嫉んで果たさなかった。関羽は令明に敵し得なかったがため、詭計により河を決し、七軍に水をそそいで吾が祖を害した。お前を擒にして仇に報いたとて、礼に背くものではない。腕に覚えがあるならば、馬を進めてかかってくるがよい」

 関防はそれを聞くと大いに怒り、偃月大刀を車輪に回して陣から飛び出していく。

 龐鷹も精神を奮い立たせて平生の武勇を奮い、斬り結んで一歩も譲らない。二人は互いに喉首をやくして馬を足掻あがかせ、三十余合を超えてわずかの隙もない。そこに鬨の声が上がり、劉霊が軍勢を率いて攻め寄せてくる。

 龐鷹は大いに愕き、戦を捨てて逃げ奔っていく。それでも関防はその跟を追わず軍を留めて見送ったことであった。

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