第三十四回 周處は兵を行なう
「
張賓が掌を指すように計略を立てると、
「憂慮は周處を制しがたいことのみ、張謀主の計略に従えば、その命は吾らの掌中にある」
すぐさま軍令を発して堅守を命じ、晋軍の到来を待った。
※
周處は軍を進める間も多くの斥候を放ち、州境に齊萬年の軍勢が駐屯して梁王と戦い、晋軍を散々に打ち破ったと知ると、昼夜兼行で雍州に到った。雍州刺史の解系が属官を率いて迎えに出て、周處を城中の館に招じ入れる。
周處は館に落ち着くと解系に問う。
「
「賊中に齊萬年なる者がおり、甚だ勇猛にして万夫不当の勇があり、戦陣にあっては老練、諸将の中にこれに比肩する者がおらぬがゆえ、彼の者に志を得さしめたのです」
周處はその言葉を聞くと怒って言う。
「
そう放言すると、諸将とともに城に登って梁王に拝謁した。儀礼の後に梁王は周處に座を与えて言う。
「齊萬年は聞きしに勝る難敵、英雄勇猛の男であって
「数日後には陣を出て戦い、擒として大王の御目にかけましょう。意を払うにも及びません」
周處の大言に梁王は言う。
「いやいや、
「許史、許坑の兄弟は万夫不当の勇者ではありましたが、兵略を欠いておりました。それゆえ敗戦の憂き目を見たのです。明日には出戦して齊萬年を擒として御覧に入れよう」
周處の大言を聞き、梁王はそれが己と将士の無能を嘲っているように思われ、怒りを発する。
「お前の意気は高いが、口ほどに腕が利かず齊萬年を擒にできなければ、軍士たちに
梁王があてこすると、周處も憤然として言い返す。
「下官の出戦が許されないのであればともかく、齊萬年と相対して擒にできなければ大いに哂われるがよいでしょう」
その放言を梁王は不快に思い、城外に軍営を構えて駐屯するよう周處に命じた。
※
夜明けとともにさっそく軍勢を率いて挑戦したものの、齊萬年は軍営から出て戦おうとはせず、攻めかかっても堅守に徹して戦にならない。周處は一日攻め続けたが軍営を崩せず、ついに日暮れとなって兵を引いた。そこに梁王が使者を遣わして問う。
「将軍は今日出戦したようであるが、齊萬年は擒にできたか」
「賊兵は吾が威名を畏れて出戦せず、擒にする機会がありませんでした。賊が軍営を出て来れば、必ずや擒として御覧に入れるところです」
周處の言葉を使者が報じると、梁王は再び使者を遣わして申し遣る。
「将軍の言葉によると、一度城を出ればすぐさま賊帥を擒にするとのことであったが、その言葉通りにはならなかった。これはつまり、将軍の計では齊萬年を擒にはできないということである。慎重に情況を観て行動するべきであろう。無闇に功を焦って事を破り、軍の鋭気を挫いて大晋の威名を損なってはなるまい」
「大王も大晋のために力を尽くして叛賊を討ち、自軍の将を哂い者になさらぬよう」
周處の返答を聞くと、梁王は使者を遣わして言う。
「教えは謹んでお受けする。明日そちらの陣に出向いて罪を謝そう」
梁王が軍営に来ると聞いて周處は喜ばず、下知して言った。
「明日こそ全力を尽くして敵の軍営を攻め破るのだ。必ずや齊萬年を斬ってその軍営を奪い取り、吾が梁王に申し上げた言葉のとおりにせよ」
※
翌日の辰の刻(午前八時)、周處が軍営を出ると三軍は勇を奮って鬨の声を挙げる。その響きが天を震わせるや、軍勢は齊萬年が籠もる軍営に攻めかかり、砲声が響く中で力攻がつづく。
時刻が午の末(午後二時前)を迎えると、
「晋兵は猛攻していますが、策もなく戦を求めているに過ぎません。その
「吾もそう考えていたところだ。一つ策を施してみよう」
張賓も賛同し、齊萬年とともに出戦の用意を整えつつ諸将の分担を定めた。齊萬年をはじめとする諸将に命じて言う。
「腹ごしらえを済ませた後、
張賓の策に従って齊萬年、
晋兵は未の刻(午後二時)まで猛攻を繰り返したが軍営は静まりかえって反応もない。鹿柴と土塁に守られた軍営は堅固で落とせそうになく、晋兵には侮って臥す者もあり、坐する者もあり、備えもせずに大声で喚いて罵りはじめる。
※
張賓は櫓に登って様子を窺い、諸将に下知した。
「晋兵が引き下がろうとしている。手筈通りに打ち破れ」
それを合図に諸将は騎乗して合図を待つ。
砲声が鳴り響いて晋兵が慌しく身構えたところ、軍営の門が開いて一斉に矢が放たれた。矢は
射たてられて乱れた晋兵は騎兵の突撃に抗う術もなく、ついに総崩れとなった。周處の指麾も及ばず、ついに刀を抜いて逃げる晋兵を斬り殺していく。そこに軍営から飛び出した黄命と
「賊将めが、無礼にも吾に手向かうか」
迎え撃つ周處は一合で王情を擒とし、張敬の麾下の
敗れたとはいえ一将を擒として一将を殺し、面目を施した周處は使者を遣って梁王に
梁王は報に接して喜びの色を表さぬまま問うた。
「擒にした将は齊萬年か」
「擒にした賊将は王情、討ち取った賊将は董綦と申します」
「齊萬年を擒にできず、無名の小将を擒にしようと手柄にならぬ。その上、多くの士馬を喪って兵器を損ない、それを功などと言い張ることができようか」
梁王は使者を叱りつけて退けた。
※
一方、軍営に戻った齊萬年は諸葛宣于と張賓に言う。
「周處の驍勇は聞きしに劣らず、王情を擒にして董綦を斬り殺した。並大抵のものではない。晋の軍営を覆して王情を奪い返したい。何か策はないだろうか」
「事を急いてはならぬ。周處が王情を擒としたにも関わらず、梁王はそれを功とは見なさなかったと聞く。梁王と周處の溝は深く、これより先に心を一つにして互いを救うことはあるまい。兵法に『後詰を欠けば軍は必ず敗れる』と言う。しばらく推移を見守り、数日後に来るであろう戦機に周處と黒白をつけるがよい」
張賓はそう言って齊萬年を抑え、翌日からは前日までと同じく堅守に徹することとなった。その一方、張賓は諸将とともに軍営を出て周囲の地勢を見て回る。
涇陽から
その周囲を巡るように荒れた道があり、諸葛宣于と張賓はそれを見て言った。
「ここで周處は擒となるだろう」
埋伏する場所を指示すると一行は軍営に戻り、張賓は将士を集めて次のように命じた。
周處は昨日の一戦で王情を擒え、心気が驕っている。吾らが出戦しなければ、怯懦と見て攻め寄せてくるであろう。
黄命と
涇湖の沢路では、
吾は
吾らの策に乗ってくるなら挑発して伏処に誘い込み、伏兵で湖沢の中に追い落とせ。この沢の泥は深く、脚をとられて馬も自由に動けず、戦どころではあるまい。
周處は驍勇の将であれば、力だけでは制しがたい。知恵により擒とするのだ。各々謹んで任に務めよ。囲みを突き崩されそうになれば、乱箭を発して勢いを殺せ。その時は人を射ずに馬を射よ。馬を喪った兵は逃がさず囲んで討ち取れ。
諸将は各々の役割を心得て準備を始め、戦いを待ち受けたことであった。
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