第三十四回 周處は兵を行なう

 黄臣こうしんの言を聞き、張賓ちょうひんが策を案じて言う。

周處しゅうしょ梁王りょうおうが不仲であれば、計に陥れるのも易きこと、周處が将となって攻め寄せれば、吾らは城を堅守して出戦せず、持久戦に持ち込めばよい。必ずや寄せ手に変事が起きよう。梁王は皇室に連なる身で心は驕っている。周處は生来の剛直ゆえにそれも憚るまい。二人が和せようはずもない。周處の献策は用いられず、出戦を求めても梁王は先日の敗戦に懲りて許すまい。梁王が堅守すると言い、周處が勇を誇って抗弁すれば、いよいよ険悪になる。その不和に乗じて挑発すればよい。周處は内心に不平を蓄え、ついに兵を分けて出戦を図るだろう。事がここに及べば、計略により誘い出す一方で晋の軍営に流言を撒き、梁王を疑心暗鬼に陥れればよい。周處と梁王に隙が生じた後、周處を伏処に誘い込んで包囲するのだ。周處が窮地に陥ったところで、梁王は私怨に駆られて援軍を送るまい。周處は意志堅牢にして性格がはげしく、とりことなるより死を選ぶ。周處さえ討ち取れば、雍州ようしゅうは戦わずして吾らの有に帰す。梁王と解系かいけいに城を背に討ち死にする覚悟はあるまい」

 張賓が掌を指すように計略を立てると、齊萬年せいばんねんもそれに賛同して言う。

「憂慮は周處を制しがたいことのみ、張謀主の計略に従えば、その命は吾らの掌中にある」

 すぐさま軍令を発して堅守を命じ、晋軍の到来を待った。


 ※


 周處は軍を進める間も多くの斥候を放ち、州境に齊萬年の軍勢が駐屯して梁王と戦い、晋軍を散々に打ち破ったと知ると、昼夜兼行で雍州に到った。雍州刺史の解系が属官を率いて迎えに出て、周處を城中の館に招じ入れる。

 周處は館に落ち着くと解系に問う。

趙王ちょうおう、梁王は何ゆえに羌賊きょうぞくに破られたのであろうか」

「賊中に齊萬年なる者がおり、甚だ勇猛にして万夫不当の勇があり、戦陣にあっては老練、諸将の中にこれに比肩する者がおらぬがゆえ、彼の者に志を得さしめたのです」

 周處はその言葉を聞くと怒って言う。

下官げかんはこれまで数多の強敵を打ち破ってきた。氐羌の醜虜しゅうりょの横行を許すとは、大晋の国威を損なうこと甚だしい。明日たちどころにこの賊を斬って先の敗戦の恥を雪ごう。諸公はただ見物しておればよい」

 そう放言すると、諸将とともに城に登って梁王に拝謁した。儀礼の後に梁王は周處に座を与えて言う。

「齊萬年は聞きしに勝る難敵、英雄勇猛の男であって端倪たんげいすべからざるものがある。将軍におかれては、よくよく意を払って賊徒を打ち破って欲しい」

「数日後には陣を出て戦い、擒として大王の御目にかけましょう。意を払うにも及びません」

 周處の大言に梁王は言う。

「いやいや、も先日までは彼の者を侮って二人の将軍を喪い、今となっては後悔しても及ばぬ有様となってしまった。将軍も齊萬年を侮ってはなるまいぞ。寸毫すんごう蹉跌さてつであっても大晋の国威を大いに損なう。血気に逸っては匹夫の謗りを免れまい」

「許史、許坑の兄弟は万夫不当の勇者ではありましたが、兵略を欠いておりました。それゆえ敗戦の憂き目を見たのです。明日には出戦して齊萬年を擒として御覧に入れよう」

 周處の大言を聞き、梁王はそれが己と将士の無能を嘲っているように思われ、怒りを発する。

「お前の意気は高いが、口ほどに腕が利かず齊萬年を擒にできなければ、軍士たちにわらわれるであろう。大言壮語もほどほどにするがよい」

 梁王があてこすると、周處も憤然として言い返す。

「下官の出戦が許されないのであればともかく、齊萬年と相対して擒にできなければ大いに哂われるがよいでしょう」

 その放言を梁王は不快に思い、城外に軍営を構えて駐屯するよう周處に命じた。


 ※


 夜明けとともにさっそく軍勢を率いて挑戦したものの、齊萬年は軍営から出て戦おうとはせず、攻めかかっても堅守に徹して戦にならない。周處は一日攻め続けたが軍営を崩せず、ついに日暮れとなって兵を引いた。そこに梁王が使者を遣わして問う。

「将軍は今日出戦したようであるが、齊萬年は擒にできたか」

「賊兵は吾が威名を畏れて出戦せず、擒にする機会がありませんでした。賊が軍営を出て来れば、必ずや擒として御覧に入れるところです」

 周處の言葉を使者が報じると、梁王は再び使者を遣わして申し遣る。

「将軍の言葉によると、一度城を出ればすぐさま賊帥を擒にするとのことであったが、その言葉通りにはならなかった。これはつまり、将軍の計では齊萬年を擒にはできないということである。慎重に情況を観て行動するべきであろう。無闇に功を焦って事を破り、軍の鋭気を挫いて大晋の威名を損なってはなるまい」

「大王も大晋のために力を尽くして叛賊を討ち、自軍の将を哂い者になさらぬよう」

 周處の返答を聞くと、梁王は使者を遣わして言う。

「教えは謹んでお受けする。明日そちらの陣に出向いて罪を謝そう」

 梁王が軍営に来ると聞いて周處は喜ばず、下知して言った。

「明日こそ全力を尽くして敵の軍営を攻め破るのだ。必ずや齊萬年を斬ってその軍営を奪い取り、吾が梁王に申し上げた言葉のとおりにせよ」


 ※


 翌日の辰の刻(午前八時)、周處が軍営を出ると三軍は勇を奮って鬨の声を挙げる。その響きが天を震わせるや、軍勢は齊萬年が籠もる軍営に攻めかかり、砲声が響く中で力攻がつづく。

 時刻が午の末(午後二時前)を迎えると、諸葛宣于しょかつせんうが諸将に言う。

「晋兵は猛攻していますが、策もなく戦を求めているに過ぎません。その懈怠けたいを突いて反攻し、鋭鋒を挫いてやるのがよいでしょう。ここで少しく破れたとて、晋軍はまた隙を見せるでしょうから、ご心配には及びません」

「吾もそう考えていたところだ。一つ策を施してみよう」

 張賓も賛同し、齊萬年とともに出戦の用意を整えつつ諸将の分担を定めた。齊萬年をはじめとする諸将に命じて言う。

「腹ごしらえを済ませた後、弓弩兵きゅうどへいにはいつでも矢を放てるように備えさせ、二千の精鋭を軍営の門に伏せよ。晋兵が攻め疲れて退く隙を窺い、砲声を合図に弓弩を一斉に射かけ、崩れたところに打って出る。吾が二千の兵を率いて後詰ごづめとなるので、敵の伏兵にかかるおそれはない」

 張賓の策に従って齊萬年、張敬ちょうけい胡延攸こえんゆう黄命こうめい趙概ちょうがいの五将が営塁の門内に伏せた。

 晋兵は未の刻(午後二時)まで猛攻を繰り返したが軍営は静まりかえって反応もない。鹿柴と土塁に守られた軍営は堅固で落とせそうになく、晋兵には侮って臥す者もあり、坐する者もあり、備えもせずに大声で喚いて罵りはじめる。


 ※


 張賓は櫓に登って様子を窺い、諸将に下知した。

「晋兵が引き下がろうとしている。手筈通りに打ち破れ」

 それを合図に諸将は騎乗して合図を待つ。

 砲声が鳴り響いて晋兵が慌しく身構えたところ、軍営の門が開いて一斉に矢が放たれた。矢はいなごのように乱れ飛び、それを追うように五将の率いる騎兵が門を駆け抜けて襲いかかる。

 射たてられて乱れた晋兵は騎兵の突撃に抗う術もなく、ついに総崩れとなった。周處の指麾も及ばず、ついに刀を抜いて逃げる晋兵を斬り殺していく。そこに軍営から飛び出した黄命と王情おうじょうが馳せ向かい、気づいた周處が大喝する。

「賊将めが、無礼にも吾に手向かうか」

 迎え撃つ周處は一合で王情を擒とし、張敬の麾下の董綦とうきが奪い返さんと駆けつける。左手に王情を抱えた周處は、右手の抜き打ちに董綦を斬り殺す。すでに日は暮れて彼我を分かたず、齊萬年も兵を引く。

 敗れたとはいえ一将を擒として一将を殺し、面目を施した周處は使者を遣って梁王に捷報しょうほうを告げた。

 梁王は報に接して喜びの色を表さぬまま問うた。

「擒にした将は齊萬年か」

「擒にした賊将は王情、討ち取った賊将は董綦と申します」

「齊萬年を擒にできず、無名の小将を擒にしようと手柄にならぬ。その上、多くの士馬を喪って兵器を損ない、それを功などと言い張ることができようか」

 梁王は使者を叱りつけて退けた。


 ※


 一方、軍営に戻った齊萬年は諸葛宣于と張賓に言う。

「周處の驍勇は聞きしに劣らず、王情を擒にして董綦を斬り殺した。並大抵のものではない。晋の軍営を覆して王情を奪い返したい。何か策はないだろうか」

「事を急いてはならぬ。周處が王情を擒としたにも関わらず、梁王はそれを功とは見なさなかったと聞く。梁王と周處の溝は深く、これより先に心を一つにして互いを救うことはあるまい。兵法に『後詰を欠けば軍は必ず敗れる』と言う。しばらく推移を見守り、数日後に来るであろう戦機に周處と黒白をつけるがよい」

 張賓はそう言って齊萬年を抑え、翌日からは前日までと同じく堅守に徹することとなった。その一方、張賓は諸将とともに軍営を出て周囲の地勢を見て回る。

 涇陽から涇水けいすいを南に渡ったところにある長平ちょうへいにまで来ると、道幅は広いものの曲折した坂がある。その左には一面の沢があって涇湖けいこといい、今では泥濘となって深さは土地の者も分からないという。

 その周囲を巡るように荒れた道があり、諸葛宣于と張賓はそれを見て言った。

「ここで周處は擒となるだろう」

 埋伏する場所を指示すると一行は軍営に戻り、張賓は将士を集めて次のように命じた。


 周處は昨日の一戦で王情を擒え、心気が驕っている。吾らが出戦しなければ、怯懦と見て攻め寄せてくるであろう。

 胡延攸こえんゆう馬寧ばねいは五千の兵を率いて長平の左に伏せ、

 張實ちょうじつ楊興寶ようこうほうは同じく五千の兵を率いて長平の右に伏せ、それぞれ厳しく道を遮れ。

 黄臣こうしんと張敬も五千の兵を率いて涇湖の東にある沢路の入口に伏せよ。

 劉霊りゅうれい趙概ちょうがいは五千の兵を率いて涇湖の西にある沢路の入口に伏せよ。

 黄命と郝欽かくきんは五千の兵を率いて長平の半ばで待て。

 涇湖の沢路では、趙染ちょうせん胡延顥こえんこうが五千の兵を率いて東路の傍らに伏せ、木石を隘路に積んで道を塞げ。

 胡延晏こえんあんは三千の兵を率いて遊軍となり、劣勢になった軍勢を救え。

 吾は馬蕙ばけいとともに五百の兵を率いて涇陽山けいようさんの上から諸将に下知する。砲声が挙がれば伏兵を発し、軍旗の動きに応じて動け。軍旗が東を指せば東に囲み、西を指せば西を囲め。

 齊永齢せいえいれい(齊萬年、永齢は字)は五千の兵を率いて晋兵を誘い出せ。まずは互角に戦った後に劣勢になったように見せかけ、敵を深追いさせよ。

 吾らの策に乗ってくるなら挑発して伏処に誘い込み、伏兵で湖沢の中に追い落とせ。この沢の泥は深く、脚をとられて馬も自由に動けず、戦どころではあるまい。

 周處は驍勇の将であれば、力だけでは制しがたい。知恵により擒とするのだ。各々謹んで任に務めよ。囲みを突き崩されそうになれば、乱箭を発して勢いを殺せ。その時は人を射ずに馬を射よ。馬を喪った兵は逃がさず囲んで討ち取れ。


 諸将は各々の役割を心得て準備を始め、戦いを待ち受けたことであった。

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