第二十五回 石勒は上党に義を聚む
「ここに留まってはどうか。手に覚えた仕事があるのではないか」
「商人ですが、農事のほとんどを身につけ、
汲桑の言葉を聞いて言う。
「それならば、しばらくこの家に留まるといい。この家の主人は姓を
▼「屯田司北地監軍」は晋代の官職にない。北地の屯田の管理者というほどの意味であろう。
「吾ら二人は行くに先なく、帰るに家なき身、この家に留まることをお許しいただけるなら、猛虎を撃って
汲桑が願うと、石富は翌日から牛馬羊の家畜の世話を任せ、すべての
※
ある日、汲桑と趙勒が牧地に出て数を改めるうちに帰りが遅くなった。
ちょうどこの頃、主人の石莧は午睡に夢を見た。
牧地に出ると、羊群の中に大小二頭の虎が向かい合って何かを食べている。牧の羊を喰らっているのではないかと疑いながらも襲ってくることを怖れ、隠れて様子を窺う。
その時、閃光を発して小虎が百尺(31.1m)の金龍に変じ、空に舞い上がる。雲が興って雷が閃き、強風が砂を
ちょうど婦人が通りかかって午睡をとる石莧の様子を見るに、満身に滴るほどの冷や汗をかき、顔色は土気色、急いで呼び覚ましたものの、目覚めても震えが止まらない。
た。
夢の次第を詳しく話して聞かせると、夫人は考えて言った。
「龍と虎は非常の物、
石莧はそれより、羊の牧を見に行くことが多くなり、この日も牧地に向かった。
牧地では汲桑と趙勒が羊群の中で食事を摂っている。これが夢の応験かと近づいてみれば、汲桑は石莧に気づいて傍らに
趙勒に向かって名を問うたものの、三度訊いても答えない。
「この子は口が利けないのか」
怒らせようとしてそう言うと、その声に応じて言う。
「口が利けないはずがないだろ」
「それならば、なぜ名を答えないのか。天上より遣わされたわけでも、地下より湧き出たわけでもあるまい。名を問われて答えないとは、どういう了見か。無礼であろう」
石莧がそう言うと、趙勒が目を見張って言う。
「その言葉とおり、天上より遣わされたのであれば、天子と呼ばれるようになってやる」
天子は皇帝と同義であり、その言は不遜極まりない。愕いて仔細に様子を見れば、頭骨が高く、四角い顔に大きな耳、白い歯に紅い唇、容貌は秀抜で只者には見えない。
「名がないわけはあるまいに、この子供に問うても答えようとせぬ。どういう子なのか」
汲桑は
「この子の父は難を避けて遠方に逃れ、姓名は分かりません。それで、
「お前は朋友の子と言うが、恭敬して礼を尽くす様子を見れば、同輩の子であるはずがない。だが、それはいい。吾はこの老年になっても子宝に恵まれぬ。この子を養子としたいが、お前の存念はいかがか」
その申し出を汲桑は応諾した。石莧は家に戻って養子をとることを夫人に相談し、それから趙勒を引き合わせると、夫人が尋ねる。
「お前は私たちの子供にならないかい」
「
石莧と夫人は勒児を石勒と改名して石氏を譲ることとした。
※
夫妻は石勒を愛し、石勒もまた実の父母のように慕って孝行する。それだけでなく学問にも励んだため、家中のすべての者たちに敬愛されて公子と呼ばれるようになった。
十二歳になった頃には、膂力は子供のものとも思えず、相撲をとって力を比べれば大の大人も及ばない。しかし、汲桑は勝手気ままに人と競うことを許さず、同輩たちが鎗棒の術を学んでいるのを見て石勒がそれを望んでも認めなかった。
不憫に思った石莧は一人の師を選び、その姓名を
近隣には、
郷村に豪傑と自負する者がいれば、石勒たちは訪ねていって腕比べをし、郷人たちは彼らを「
隣村の李家には麻を水に晒すための池があってそこに型のよい魚が多く、石勒たちは断りもなく入って漁っていた。その家には
池に入れば、この李暘が駆け出て防ごうとし、誰もこれと勝負する者がない。
独り石勒だけは逃げず、李暘に立ち向かってでも池で
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