第7話

その夜、私は八時まで一人残って残業していた。


みんなは仕事を私に押しつけて、とっくに帰ってしまった。


中原先輩の差し金だ。


でも、一人の方が、私の「Q」が誰にも迷惑をかけずに済むんだから、ちょうどいい。


朝塗ってきたボディクリームの効果はとっくに切れているし。


さああと少し、と「んーっ」と伸びをしたところで、


「九瀬、コンビニ行ったから、差し入れ~」


と明るい声とともに速水君が入ってきた。


私がお茶を入れて、休憩室で二人でおにぎりを食べた。

男の人と二人でご飯を食べるのは初めてだった。


「おいしいね」


と私が言うと、


「だな」


と返ってきた。


おにぎりを食べ終えると、速水君は

「はい、これ、返す」


と私の手に「避妊薬」を載せた。


お礼を言うと、速水君は


「いいよ、別に。


あーでも、ちょっと嫉妬。


九瀬って彼氏いたんだ」



あ、速水君、もしかして「Q」に感染している?


私を覗き込む速水くんの瞳を、私は見つめた。


大丈夫、


普通の穏やかな目をしてる。



私はホッとして、正直に話した。


「ううん、彼氏はいないけど、護身用に持ってるの」


「ふぅん、訳ありなんだ。


いつも肌身離さず、携帯スタンガン持ってるもんな」


「知ってたんだ」


「ん、まー…」


それからしばらく黙ったあと、速水君は


「俺さ、前の彼女がレイプ被害に遭ってさ。


何かわかっちゃうんだよな。


そういう風にいっぺん、心を壊されちゃった、女の人って」


「その彼女とは?」


「んー。彼女の傷が癒えなくて。


俺と一緒にいられなくて別れた。


一年前かなー」



速水君の理性や心は強い。


この距離で私の「Q」を全身に浴びているはずなのに、優しい穏やかな顔をしている。


「俺、九瀬のこと、好きなんだけど」


不意に速水君が、遠くを見るような顔で言った。


付け足すように伺うように、言葉が継がれる。


「俺のこと、無理かな…?」



「Q」に感染しない、こういう速水君のような男の人となら私も、もしかしたら…

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