第6話
「ない?」
ある日、私は会社のデスクの引き出しを開けて、焦った。
「Q」対策の特製ボディクリームがなくなっている。
朝、家でつけていっても夜には効果が落ちててしまうので、昼にいつも塗り直さなければならなかった
私は唇を噛んだ。
決算期で残業の続く今、よりにもよって、盗まれるなんてと恐怖が背中を抜けた。
盗まれたのは、それだけじゃなかった。
デスクの奥に手を突っ込むと、引き出しの上に貼り付けておいた「緊急避妊薬」もなくなっていた。
万が一、「Q」のせいで強姦などされた時、せめて妊娠だけはしないようにと、
会社のデスクにこうして隠しておいたのに。
ボディクリームもない、避妊薬もない。
スタンガン一つで、今日一日、私は私の「Q」から身を守り切れるだろうか?
昼休み、病院に緊急避妊薬をもらいに行こうかと考えていると、
会議室の方で騒がしい声がした。
会議室に行くと、ホワイトボードに「落とし物」というプレートと、私の「緊急避妊薬」が留められていた。
ホワイトボードには、定規を使って書いた直角な文字で台詞が書き込まれていた。
筆跡がばれないようにという工夫だろう。
「これ 、避妊薬→」
「いつで
も臨戦態勢w」
「誰の?」
「いつも電動〇〇〇を持ち歩いてるQさんのだと思いま~す?」
私は眩暈がした。
胃がきりきりと痛む。
でも取り戻さなきゃ、あれは私の大事な…。
震える足取りで私が掲示板に向かおうとすると、誰かが肩を掴んだ。
それは同期で営業部の速水君だった。
イケメン、と周りから言われている27歳で独身の速水君は、
私に向かって
「ここは俺に任せて」
と囁いた。
速水君はつかつかとホワイトボードに歩み寄って、薬を外した。
「これ、俺のだけど。
悪い?
俺、彼女いるし、避妊は男の責任だし、普通っしょ」
そう言ってニッと笑うと、去っていった。
私の横を通る時に「これ、あとで渡すよ」と囁いて。
私の向かいにいた中原先輩が、それを見て、鬼みたいな顔で私を睨んだ。
あー、まいったな。
よりにもよって中原先輩に見られるなんて。
中原先輩は私の三つ上で、三十歳になる独身女性だ。
速水君のことが好きで、あれこれ話しかけているのをよく見かけるけど、速水君の方はその気がないみたいだ。
私ももちろん速水君には興味がないんだけど、周りに変に誤解されると、また意地悪がエスカレートしてしまう。
さっぱりしたショートカットがよく似合う姉御気質で
仕事ができる中原先輩のこと、
私は全然嫌いじゃないし、むしろ好きなんだけど、「Q」のおかげで虫か九瀬かってくらい、嫌われ抜いている。
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