第13話
墓所についた。
日差しの中、夏の匂いがする。
単車をとめる。
10年前、さとみさんが、俺にノートの文字を見せるため、
ろうそくを立てた平らな庭石も、そのままそこにある。
もちろん、兄貴が眠る須賀田家の本家の墓も、変わらずある。
遠くから見た時と同じように、兄貴の墓は光っていた。
白くきれいな光に包まれて。
俺が、兄貴の墓の前に行こうとした時、携帯電話が鳴った。
かけてきたのは、警察だ。
俺は電話に出た。
今、俺は愛知県に住んで、編集プロダクションを経営している。
半年前に、名古屋で路上狙いにあって車から財布を盗まれた。
この財布の中には、命より大事な物が入っていた。
通夜の夜に兄貴の頭から切らせてもらった、兄貴の遺髪だ。
それを俺は小さな布袋に収めて、財布に入れ、お守りのように持っていた。
「お金もキャッシュカードも、そんなものはどうでもいい。
ほしいなら、くれてやる。
だが、どうか、兄貴の遺髪だけは、返してくれ。
どうせ、お前が持っていても意味がないだろう。」
俺はその車上荒らしの犯人に、腹の底から怒るような気持ちで、
この半年、ずっとそのことばかりを願っていた。
「窃盗犯の自宅から、お兄さんの遺髪が見つかった」
と警察から、実家に電話があったのは、
財布に入れていたドナーカードのおかげだった。
売ることも、捨てることもてきないものとして、
俺が実家にいた頃に記入したドナーカードと遺髪は、一緒になっていた。
なんでも警察から聞いた話では、俺の財布を盗んだ車上荒らしは、
全国規模で動くような相当大きな犯行グループだったという。
その主犯格の男が車上荒らしの現場を人に見られ、
逃げる途中で、事故に遭って死んだことで、
犯行の全貌が顕(あらわ)れ、男の家の家宅捜査が行われ、
遺髪とドナーカードが見つかったという。
その男の死に関しては、因果応報といえばいいのか。
とにかく兄貴の遺髪は、俺の元に戻ってくる。
俺に電話をかけてきた警察の人が言った。
「実は、ちょっと不思議なことがありまして、
一つ、確認したいんですけれど」
「ええ、何でしょう?」
「死んだ男の部屋から、
お兄さんの眞人さんの遺髪に、よく似た、
というか本当に同じとしか思えない、
袋に入った遺髪とドナーカードがもう一組、見つかったんです。
そのドナーカードの名前は、
『〇〇さとみ』さん
という女性なんですが、
親戚の方か何かですか? お知り合いなんでしょうか?
何かご存知なら教えていただけないですか?」
俺は、それには答えず、警官に聞き返した。
「そのさとみさんという人も、
俺と同じ車上荒らしの犯行グループの被害にあったんですね」
「ええ、そのようですね。
もっとも犯行は秋田ですがね」
「そうですか。
そのもう一つの遺髪が、俺の兄の遺髪とおなじように、
無事、彼女の元に戻ることを願っています。」
それから、近いうちに警察署に兄貴の遺髪を取りに行く約束をして、
ご連絡、ありがとうございます
と言って、俺は電話を切った。
さとみさんの苗字は昔と変わっていなかった。
今もまだ、兄貴を想って、独りで生きているのだろう。
俺は、通夜の晩、さとみさんが焼香を済ませたあと、
開けた棺の中にあった、兄貴の穏やかな顔を思い出した。
その兄貴の髪の毛は、ほんの少し、切り取られていた。
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