第7話
喫茶店に入って、「さとみさん」という、その女性を見たとき、
俺は息を飲んで、言葉を失った。
「この世の人じゃないみたいだ」
という不謹慎な言葉が頭に浮かぶくらい、とてもきれいな人だった。
秋田の生まれだというさとみさんは、
肌が雪のように真っ白で、
黒茶がかった大きな目で、まっすぐに俺を見ていた。
「はじめまして、弟の隼人です」
俺が頭を下げると、
彼女は目を見開いて、黙って深くお辞儀した。
黒くて長いまつ毛は、つやつやとして、喫茶店のライトの光に映えていた。
挨拶が終わって、三人とも席についたあとも
さとみさんは、兄貴の横で黙って、にこにこと笑っていた。
メニューをオーダーする時になっても、彼女は黙って指を指さすだけで一言も話さなかった。
兄貴も彼女に向かって何も話さなかった。
やがて、飲み物が運ばれてくると、兄貴が言った。
「さとみな、耳が聞こえないんや」
え?
俺は、動揺を、目の前にいるさとみさんに悟られないように、
慌てて、コーヒーを飲んだ。
「言葉もほとんどしゃべれない」
さとみさんは、天使みたいに、にこにこして、
運ばれてきたオレンジジュースに顔を近づけて、
すうっとその匂いを確かめた後、
ストローに口をつけて、
嬉しそうにジュースを飲んだ。
二人は、兄貴が点字翻訳のボランティアをしている施設が主催する
集まりで出会ったという。
そのとき、俺は兄貴とどんなことを話したのか、あまり覚えていない。
たしか話題はアサさんのことが多かったような気がする。
さとみさんとは、一言も話していない。
それでも、帰り際、ボストンカバンからメモ用紙を取り出して
「ハヤタさん、とても優しい、いい人ですね」
と書いて、俺に見せてくれた。
それはとても綺麗な字で、
美人は文字まで、美人なんだと俺は変なことを思ったものだ。
「優しい」
という言葉に
俺は、なんだか胸を衝かれた。
真っ赤になって、
さとみさんには聞こえないとわかっているのに
「ありがとうございます」
と言わずにはいられなかった。
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