第6話

さとみさんと単車で駅にいったのは俺には一生、忘れられないできごとだ。



それは兄貴のアパートで、兄貴が点字翻訳をしているのを見たときから、


ちょうど1年が過ぎたころのことだった。



そのときもやっぱり夏休みで、俺は滋賀の実家に帰省していた。


ふいに兄貴から電話がかかってきた。


「ハヤ坊、俺、結婚したい人がいるんや、会ってくれんか」


俺は、「おめでとうな」と言って、喜んだ。


「もちろん、会うわ!」と答えてから、ふと


「アサさんにはもう会わせたんか?」


と尋ねた。


兄貴は、それに答えなかった。


待ち合わせの喫茶店の名を告げると


「じゃあ、あとでな」


と言って、電話を切ってしまった。




実は兄貴と俺は血がつながっているが、一緒に暮らしたことない。


俺が生まれた時に、兄貴は跡取りがいなかった須賀田家の本家に引き取られていたからだ。


本家と、俺が両親と暮らす分家は、徒歩10分の距離にある。


須賀田の本家は、昔から庄屋として、あたり一帯の土地をしきるような相当なお大尽の家で、


昔から俺と兄貴の間には、なんとはなしに、外からの重圧で、垣根のようなものが作られていた。


もっとも、兄貴はそんなことはまるで気にせず、くったくなく


「ハヤ坊、ハヤ坊」と言って


俺をかわいがってくれた。


浪人した俺のことを責めないで、激怒する父さんから守ってくれて、


こっそりといろいろと援助してくれたのも兄貴だ。




とはいえ、本家の須賀田を仕切る、兄貴にとって義母にあたるアサさんは、


その頃70になっていたが、なかなか一筋縄ではいかないような女豪傑だった。

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