第5話
メットの奥で、風に打たれてボオオオオと鳴るジャケットの音が響いている。
緑と雲と、たくさんあるお寺さんと、全部ごたまぜにしたような
俺の好きな滋賀の匂いが、鼻腔いっぱいに満ちる。
俺は思う。
さとみさんも、この匂いを、肺にうんと入れていた。
この地の匂いをどう思ったんだろう。
好きだと思ったのか、悲しいと思ったのだろうか。
電車に乗り込む直前に、ちょっと立ち止まって、目をつむり、
胸元が大きく動くほど、すうっと息を吸い込んだ、
彼女の横顔を思い出す。
声にならない声で、兄貴の名前を呼んで呼んで、
泣いて泣いて泣いたあと、大きく息を吸い込んで、
寒い寒い自分の地へと、帰っていった、さとみさんの全部を思い出す。
単車から見る景色は、高速で後方に流れていく。
やがて、前方に墓所が見えてきた。
道路に面した小高い山のてっぺんに兄貴の墓はある。
緑と土の茶と白、黒、灰色と色とりどりで無数に並ぶ墓石。
俺は、メットごしに兄貴の墓のあるあたりを見た。
そして、兄貴がかえってきたことを、確信した。
兄貴の墓、そこだけが、白くくっきりと光っていた。
「滝人のこと、教えてくれて、ありがとな。
おかえり、兄ちゃん」
俺がメットの中で呟くと、
「当たり前やろ、ハヤ坊。
俺が、お前を一人にするわけないやろ」
と兄貴が言っているような、そんな気がした。
「兄ちゃん。ちょっと待ってな。
あとで、そっちに行くわ」
俺は、スピードを緩めてかけていた単車に、アクセルをかけた。
行き先を変えて、
墓所じゃなく、
駅に向かおうと決めていた。
昔、さとみさんと二人、単車に乗って向かった駅に。
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