第4話
単車で駆け抜ける風の中、
一心に机に向かっていた、兄貴の背中が浮かんでくる。
あれはまだ俺が20歳で、兄貴はもう鉄道会社に就職して26歳の頃か。
その頃の俺は家を出て、関西で2年目の浪人生活を送っていた。
その時もちょうど帰省して、実家のすぐそばで一人暮らしをする兄貴のアパートに遊びにきていた。
兄貴は本を広げて、一心にノートに何かを書き写していた。
何をそんなに一生懸命、写しとるんや?
俺がひょいと兄貴の背中をのぞきこむと
ノートにはびっしりと、膨大な……(てんてん)が書き込まれていた。
俺は一瞬、目が点になって、こりゃ暗号かと、兄貴の頭を見た。
はちが張って、俺よりもずっと大きい頭だ。
生命の宿った針金みたいな、兄貴の黒い短髪が、ゆっくりと左右に動いた。
「点字翻訳や」
そう言われて、
俺は駅の券売機や、道路にある、でこぼこの〇を思い出し、
兄貴はなんでこんなことをしてるんやと、不思議に思った。
その晩、俺が一人でギターを弾いたり、酒を飲む間にも、
兄貴はずっと机に向かって点字の翻訳を続けていた。
兄貴は、酒も飲まず、
「構ってやれんでごめんな、、
今日は、ここまでやらなかんのや」
と2冊目の本を指さして見せた。
なんだ、仕事かー
と俺は、ふと好奇心で聞いてみた。
「なあ、兄貴、
それ、1冊やったら、一体、いくらになるんや?」
兄貴はくるりと、振り返り、にやりと笑った。
「ハヤ坊が一生かけても、もらえんような大金や」
一冊いくらもなにも、あの点字翻訳ノートは、聾唖者(ろうあしゃ)の施設に寄付するもので、
完全なボランティアで無料だったと知ったのは、ずっとあとのことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます